15 デュコトムス対ケルベイン:1

「畜生……キツイな」


 デュコトムスの操縦席の中で、トーマスの弱音が機体の駆動音に掻き消された。二基の魔導炉を連動させているデュコトムスが伝えてくる振動は独特の共振感がある。尻の下から伝わってくる振動に機体のコンディションは良好であることを理解する。

 

 残エーテライト量はこれまでの様に覗き穴から残量を把握するのではなく、液化エーテライトの量をそのまま計器に表示される形に改められている。模擬戦開始から10分。その程度ではまだまだ残量はたっぷりとある。だがその反面、予測される消費量を超えているのも事実だった。欲張って装備を目一杯に詰め込んだのは短期決戦は兎も角、長期の作戦行動には向かない。トーマスは模擬戦が終わったらカルロスに報告しようと頭の中に書き留める。試験操縦者となって身に付けた技術の一つだ。操縦中に感じた事は操縦者にしか分からない。それを自分の中に留めずに外へと報告すべしと。

 

 今回の試験フィールドは岩場のある平地だ。ウルバールで岩を運び込んだり、創法で障害物となる様に作ったりした環境だ。バランガ島の地形をトーマスはかなり詳細に把握しているが、それによる不均衡を正す為にハルス側の直接かかわっていない二王家の人間によって更に地形に手を加えられている。丸っきり別物となってしまった試験場にある岩場の一つで、トーマスは機体を屈ませて視認性を下げて隠れ潜んでいた。

 

「こういう時……デカい機体は不利だな」


 格闘戦ならば体格の違いで押し込めるが、それ以前の索敵、遠距離戦に置いて大型機と言うのは不利だ。言うまでも無くサイズが大きい分見つけやすく、当てやすい。こうして隠れられる場所も限られる。開始直後に先制攻撃を受けたトーマスはその不利を痛い程に体感していた。

 

 ケルベインによる不意打ち。それを避けられて、こうして仕切り直しの状況を得られたのは運が良かった以外に表現のし様が無かった。偶然岩場が崩れ日が差し込んだことによって、背後にいるケルベインの存在を影で察知する事が出来たのだ。そのまま近場の岩場に逃げ込み、偶々そこが誰かの作った迷路のような複雑な地形だった事から相手を撒けただけに過ぎない。

 

 デュコトムスの装甲強度ならば背後から数発銃弾を撃ち込まれたとしても行動不能には至らない。それでも最初から損傷を受けたとなれば少なからず意識をせざるを得なかっただろう。加えて相手は二機だ。損傷した背面に再度攻撃を受ければ今度こそダメージは深刻な物となる。

 

「まずは敵の位置の把握だが……くそっ」


 先ほどは味方してくれた岩場だが、今は敵になる。エーテライトアイは結局の所障害物を透過させるような能力は無い。とは言え、それならそれでやりようはあった。

 

「頼むぜ……」


 岩場の影からそっとデュコトムスが指先を出す。人差し指の先が微かに煌めく。デュコトムスの大型化した掌。必然指も大きくなり、機構に余裕が生まれた。こうしてエーテライトアイを仕込み、第三の目とする事が出来る程度には。頭部に設置されている物と比べればサイズは小さい。その為距離も視界も本来の物と比べればお粗末な物だが、物陰の先に敵がいるかどうかの判断くらいは付けられる。何時もより荒い画像に映し出された映像にトーマスは小さく息を吐く。

 

「……近くにいるな」


 その根拠となったのは地面に刻み込まれた足跡。デュコトムスの物よりも小さなそれは間違いなくケルベインの物だろう。歩数的に一機分。自分とは反対方向に進んでいるらしい。追いかければ先ほどの奇襲のお返しが出来るか……と考えた所でトーマスはハッとする。

 自分はここに来るまでに足跡などの痕跡を消して来ただろうか。

 

 気付いてからの行動は早かった。最悪の状況を想定する。相手は二機。一機は進行方向にいる。ならばもう一機は。元来た道を逆走する。隠匿など考えない騒音を撒き散らしながらの移動。これで仮に見つかっていなかったしても見つけられただろう。だがその行為は無駄にはならなかった。背後の物陰。そこに潜んでいたケルベインの一機を見つける。

 

「見つけたぞ!」


 岩場で一時的にでも見失う事を厭って接近していたのがケルベインには徒となった。既にここはデュコトムスの戦闘領域だ。クロスボウを立て続けに二発放ち、敵の動きをけん制する。逆走してきたデュコトムスを見た時は一瞬の動揺の気配を漂わせていたが、今は立て直してきている。細かいステップでボルトを回避した後は手にした銃を向けて発砲。小回りの利かないデュコトムスは手にした盾を構えてその銃弾を弾く。大型機に合わせて大型化させた盾は防御力を飛躍的に上げてくれた。更に両者の距離が縮まる。この距離ならばクロスボウよりも接近武器。そう判断した彼は迷うことなくクロスボウを手放した。

 

 ケルベインも同様だ。銃を足元に落とし、腰に佩いた長剣を引き抜く。トーマスはデュコトムスに背中に背負った岩斧を片手で握り締めさせ、一息に振り抜く。大型機特有の高出力に裏打ちされた運動エネルギーと、一度高く振りかぶられた事で生じた位置エネルギーをたっぷりと乗せた一撃は回避に成功したケルベインであっても抉った地面から飛ばされた土塊で僅かなダメージを与える。

 大物を振り抜いた隙を突こうとケルベインは最短距離での攻撃を選択する。即ち突き。一直線に突き進む剣先。それを迎え撃ったのは常軌を逸した速さで切り返された岩斧。バックハンドで振るわれた巨大な岩塊に鉄で打たれた長剣はあっさりと圧し折れた。辛うじてケルベインは手放し後方に飛びずさった事で機体へのダメージは避けた。だがこれで全ての武装を手放したことになる。

 

(――いや)


 違うとトーマスは己の直前の判断を否定する。まだ相手には初見の武装らしきものがある。小型の盾にも見える左腕に取り付けられたそれ。カルロスから聞いていた新装備だろうかとトーマスは考える。だがその正体が見えない。使わないのか使えないのか。それ以外は無手となった今でも使おうとする気配が無い。

 

 その理由にまでトーマスに斟酌する必要はない。合流されたら面倒な事になる。ここで一機仕留めようと岩斧を振り上げる。途端、目の前のケルベインがデュコトムスに突撃してきた。全く予期せぬタイミング。そこに意識が割かれる。

 そこでトーマスは全く意識しないままに機体を動かしていた。岩斧では無く、膝での迎撃。跳ね上げた膝はケルベインの操縦席の辺りを強かに打ち据える。吹き飛ばされていくケルベインを見送る事も追撃する事も無く、トーマスは振り向いて構えた盾に機体を隠す。

 

 次の瞬間、飛来した一発の弾丸が盾に弾かれた。背後――先ほど痕跡を発見したケルベインが僚機の危機を察して舞い戻ったのだ。その存在を無意識に察したトーマスの本能がそれに対処するための行動を取らせた。もしも岩斧を振るっていたら大きな隙を晒したデュコトムスは背面に少なくない損傷を負っていただろう。

 

 前後をケルベインに挟まれたデュコトムス。窮地にトーマスは乾いた唇を舐めた。

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