14 トライアル後半戦開始

 その日の朝は何時もと様子が違った。デュコトムスとケルベインの模擬戦。選考会の最大の焦点とも言える戦いが始まろうとしていた。これまでの流れに漏れず、一回やって終わりでは無い。様々な状況、地形を考慮して幾通り物条件設定をして行われる一月にも渡る戦い。その予兆を島自体が感じ取っているかのようだった。

 ログニス側はデュコトムス一機。ハルス側はケルベイン二機。算出された運用コスト面からそう定められた。倍のコストがかかるのならば、倍の成果を挙げる必要があった。

 

 ログニスの工房で最終調整を終えたデュコトムスが起動する。操縦者は変わらずトーマスだ。開発当初から乗り続けてきた試験操縦者でもある彼は、今最もデュコトムスの操縦に精通した男だ。例え操縦系を換装した事によってトーマスにとっては乗りにくい結果になったとしても彼以上の適任者はいない。

 背中に岩塊を削り出して作った大斧。右腕にクロスボウ。左腕には大型化した盾。そして腰には新規開発されたログニス製の銃――クレアの命名によって散弾銃と名付けられた――を装備したフル武装体勢だ。ウルバールではこれだけの重装備をした時点で動くことも出来ないだろうが、デュコトムスの有り余るパワーは規格外の武装を可能にした。

 

 それでも二対一である。楽な戦いにならない事は分かっていた。運用の上で問題はある。相手にもまだこちらに見せていない武装がある。それでもカルロスは確信している。性能――質に関して言えば自分たちは決して負けてはいないと。

 

「何か一言あるか。カルロス?」


 発進直前のトーマスが、閉鎖する前の操縦席からそう問いかけてくる。カルロスは何かを言おうと口を開き掛け、止めた。代わりに笑みを浮かべて声を張り上げる。

 

「勝ってこい!」

「任せろ。全員の度肝を抜いてやるよ!」


 操縦席のハッチが閉鎖される。機体に魔力が行き渡り、デュコトムスの全身に命が吹き込まれる。開発初期と比べれば飛躍的に向上したスムーズさで足を踏み出す。操縦者の宣言通りこの戦いを見ている全員に衝撃を与え、開発者の言葉通りに勝利を得るために。

 

 ◆ ◆ ◆

 

 ハーレイは最終調整を進める自分の子供を見つめて考える。

 テジン王家で開発した新たな二種の武装。その内の一つは間違いなく革新的な物だ。恐らくはアルバトロスでさえあれほどの武装は手にしていないだろう。問題は、その特性がケルベインと噛み合っていない事だ。むしろあれは競合相手であるデュコトムスの方が向いているだろう。

 

 正直に言えば、最初はログニスなど歯牙にもかけていなかった。タタン王家に先を越されたとはいえ、テジン王家には数多くの技術蓄積がある。代々優秀な人材を登用し、場合によってはその価値を見出さない他王家からの引き抜きを掛けてでもその先進的な水準を維持してきた。そうした引き抜きはどの王家も多かれ少なかれしている。余程露骨且つ大々的にやらなければ互いに黙認している物だった。

 

 ――ハーレイはそうして引き抜かれた祖父を持つ男だった。テジン王家に仕えて三代目と言う彼は王家全体で見れば新参者だ。そんな男が今後百年を占う次期量産魔導機士(マギキャバリィ)開発に抜擢されたのはその才が同年代では卓越していたからだ。

 彼は新たに生み出す事には向いていなかった。だが既にある物の改良と言う事に関して言えば、他者を超越していた。ここ数年のテジン王家における技術的な発展には殆ど彼が関わっていたほどである。それだけ多分野への造詣が深い人間と言うのも珍しい。

 

 既に発展型が配備されているアルバトロスの魔導機士に対抗できる機体を。その要望に従って機体に使用されている機構を向上させていく。それは何時ものルーチンワーク。どうやってかタタン王家から入手してきた現代技術で構築可能な魔導機士の設計図を元に新たな図面を書き上げていく。

 

 そうした中でその設計図の機体――今はウルバールと呼ばれるようになったそれ――を作った人間に興味が沸いた。ハーレイは自分が創造者では無く調整者であるという自覚が有った。だからこそ、古式とは全く別の発想から作られた新式を生み出した人間がどんな人物なのか。興味を持ったのだ。

 

 とは言え元を辿って行くとアルバトロスにルーツのあるらしいという事が分かり、その興味は途絶えた。無理とわかった事に割く時間は無かった。

 

 そんなある日、ログニスからの亡命者による政権が樹立したという話と租界が形成されたという話を聞いた。その時も隣国は大変な事だと思ったくらいで自分への影響は殆ど無かった。

 ハーレイの中でログニスと言う名前が挙がったのはそのログニスもハルスでの魔導機士開発に参入するという話だった。亡国の輩が先端技術を売り込む。無謀にしか思えなかった。それよりもまずは自分たちの経済基盤を確立して、ハルスからの支援なしでも国が立ち行くようにした方が良いのではないかと憂慮した。

 

 だが、それをテュール王家が支援すると聞いてまた興味が沸いた。軍事を司るテュール王家が支援した。――名目上は極秘となっているテジンの魔導機士開発だが、独立した情報組織を持つテュール王家が全く掴んでいないという事は無いだろう。彼らは情で動いたりはしない。テジンよりもログニスの方が有望だと判断したのだ。その理由が気になった。

 

 そして――ある日ログニスから提供されたという幾つかの図面の調査依頼がハーレイの元に回ってきた。そこに書かれていた内容自体はそう驚く事では無い。改めて見るべきところは無い、新式の設計図だ。一点を除いては。その一点。図面の書き方の癖がテジン王家で入手したウルバールの図面に似ていた。

 経緯を詳しく聞けばテュール王家がログニスの開発能力を確認するために書かせた図面らしい。苦労して調べ出した名前は――カルロス・アルニカ。ログニスでの魔導機士開発を主導する立場の人間。会ってみたいとハーレイは珍しく思った。どんな人間なのか。どんな考え方をしているのか。自分の中の最高を彼はどう評価するのか。気になった。

 

 そうしてハーレイはカルロスと出会い、互いに影響を与えながら次期主力機の開発に邁進してきた。

 

「……デュコトムスは強力な機体だ」


 小さく確認するように呟く。費用効率を考えると良好な機体とは言い難い。だがその性能に関して言えば……悔しいがケルベインでは総合力では勝ち目がない。得意分野で漸く僅かに上回ると言った所か。今回の新装備はその欠点を埋める物だがそれだけで覆せるほどの差では無い。後はもう数を頼りにするしかないというのが悔しいところだった。

 

 十五メートルサイズの魔導機士。そんな発想は一度たりとも出てこなかった。仮に出て来たとしても実現する方法がサッパリ思い浮かばない。だというのにログニスはあっさりと二つのハードルを乗り越えて、有り得ないような機体を現実の物にしている。

 

 間違いなくログニスは強い。彼らは魔導機士と言う技術を頼りにログニスと言う国を鍛え上げようとしているのだ。その背後には国一つが背負われている。この選考会を勝ち抜くためにはその覚悟を貫く必要がある。

 

「まあ正直、僕は好きなように作れたらそれで良かったんだけどね……」


 恐らくは、これが最初で最後の対等な条件下での競い合いになる。デュコトムス、ケルベイン。そのどちらを採用するにしてもこの次の世代に当たる主力機はログニスの影響を大きく受けるだろう。カルロスとハーレイ。両者が全くフラットな立ち位置から開始された今回の開発とは様相が異なる。競ってみたいと思ってしまったのだ。ログニスの鬼才であるカルロスと己が技術力だけで競り合う機会は今回以外には無い。

 

 伍する者の居ない領域の才。そこにいたハーレイは、初めて会った自分と同等かそれ以上の才を持つ相手を認識した事で初めて競争と言う物を意識したのだ。

 

「手強い相手だ。油断せずに頼むよ」


 だからこうして滅多にしない事――ケルベインの試験操縦者に激励の言葉を投げかけたりもする。これで僅かでも勝算が増せばいいと思いながら。

 ハルス側の工房でも魔導機士が発進する。ケルベイン一号機とケルベイン二号機。武装以外は共通の二機が演習場へと向かう。

 

 遂に選考会は後半戦へと突入した。実戦想定による模擬戦。どちらの機体を採用するかの最後の舞台。その火蓋が切って落とされた。

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