13 ネーミングレスチーム

「ライラぁぁぁぁ! 会いたかったぞ!」


 ライラの姿を認めた|シスコン(イラ)が両腕を広げて抱き着こうとするが、意外と機敏な身のこなしで彼女はその突進を躱して。

 

「私に触れたら火傷するぜベイベー」


 などと吐きながら躊躇いも無く手にしていた銃の引き金を引いた。くぐもった呻きと共にイラが崩れ落ちる。それを見たトーマスが悲鳴を上げた。

 

「なんてこった……ついにやっちまった!」


 カルロスも全く同じ事を思ったのだが、幸いと言うべきか。トーマスが先に叫んでくれたおかげで口には出さずに済んだ。お蔭でカルロスはライラに銃口をチラつかされるという嫌な体験をしなくて済んだ。

 

「どういう意味かなー? んー?」


 笑顔のライラは放置してカルロスはイラに駆け寄る。銃で人を撃つところは初めて見たが、武器である以上無傷は有り得ないだろう。そう思って服を引き裂いて命中したと思しき腹部を診るが――無傷だった。活法を極めた者は己の肉体を鋼の様に頑強にすると言われているがそれかとも思ったが、普通にイラは痛がっている。ついでに言うと、当初の流血沙汰と言う予想からすれば無傷に近かったが、よくよく見ると痣がある。

 

「わー。あるある大胆だねー」


 あっという間に己の兄を裸に引ん剥いた同期を見てもライラの口調は変わらない。イラが大けがをしていない事も予想通りの様だった。そこでカルロスは余りの事態に頭から吹き飛んでいたが、ライラが工房に飛び込んできた時に叫んでいた言葉を思い出す。

 

「何だっけ……峰打ち弾?」

「今はゴム弾って呼んでるー」


 工房の床に目を凝らすと、指先くらいの大きさの弾らしきものを見つけた。摘まんで目の前に掲げる。

 

「これか。ゴム?」

「何か最近ハルスの人が作った素材だって」

「ふーん?」


 指先で玩ぶ。硬い弾力のある感触が返って来た。どんな素材なのか。何時もの癖でカルロスは解法を掛けて、失敗した事に驚く。

 

「お?」

「どしたの?」


 ライラの疑問の声を無視して、カルロスはもう一度解法を掛ける。今度は流しでは無く、全力で。それで漸く何時も通りの効果が発揮された。大雑把な特性を理解する。

 

「……これ、使えるな」


 魔力への反応が鈍い素材。魔力伝達系の素材として有力候補だった。水銀循環式では無い、古式に採用されていた白金繊維(プラチナムファイバー)その代用として使えそうだった。これは後でハーレイとも情報を共有しておこうとカルロスは心の中でメモを取る。

 

「で、ライラ。さっきグラムだった物は見たけどテトラはどこに行ったんだ?」

「んー? てとてとはねえ」


 あそこ、と指差された方を見てみると妙にふらふらした動きのウルバールが居た。工房でこの頃留守番ばかりだった予備機の一つだ。一拍遅れてライラの言葉の意味を察する。

 

「あれ動かしているのテトラなのか」

「そだよー」

「……下手糞だな」


 お世辞にも、上手いとは言えない。ほぼ初めてというのを考慮してもとても及第点はあげられない動きだった。

 

「何か嫌な予感がするんだけど。あのウルバールが持っている見慣れない武器……銃? は何だ」

「あれが私達三人で作った新兵器……タマチラだよ!」

「パンチラみたいなイントネーションで言われてもなあ……」

「あるある……溜まってるの? 手伝ってあげようか?」

「おい、お前。迂闊な事を言うな。そんな事クレアに聞かれたら殺されるぞ。俺が」


 極めて低レベルな会話を繰り広げた後、気を取り直してカルロスはふらふらした足取りで工房を出ていくウルバールを追いかける。

 

「何をする気だ?」

「試射だよ。ちゃんと許可は取ってあるから。はい、これ許可証」


 手渡された羊皮紙のスクロールを広げて見てみると確かに演習場の使用許可だった。ちゃんと根回しはしていたらしい。

 

「で、そのタマチラ(仮)さんは一体どんな武器なんだ。何かこう見た限りテジン王家が使ってる銃よりも遥かにデカいが」


 カルロスでさえ分かる。このネーミングは無いと。

 大変取り回しが悪そうだった。現にウルバールは大分重そうに運んでいる。あれではウルバールでの運用は難しいだろう。ケルベインもパワーがある訳では無い。エルヴァリオンで漸く……と言った所か。デュコトムスならば片手で構えられそうだった。テトラの操縦でふらついているのもあって、演習場に辿り着いた時にはウルバールはもう疲労困憊の様に見えた。魔導機士(マギキャバリィ)が疲労を感じるはずもないのだが。

 

「銃ってさ。結構当てるの難しいじゃん? 特に遠距離になると」

「まあそうだな。練習が必要だ」

「そこで私たちは考えました。どうすれば当てやすくなるかと」

「ふむ」


 ウルバールは射撃用の的にタマチラ(仮)を構える。


「そして結論が出ました。一杯弾を撃てばどれかは当たるだろうと」

「待て」


 何となく嫌な予感のしたカルロスは制止を呼びかけたが遅かった。重そうにタマチラ(仮)を構えたウルバールが引き金を引いた。瞬間。凄まじいまでの爆発音と、ウルバールの背にいたにもかかわらず人間が吹き飛ばされるほどの衝撃でカルロスは縦に一回転した。カルロスよりも軽いライラは宙に投げ飛ばされた。そして余りの反動にウルバールは衝撃を殺しきれずに尻餅をついた。

 

「…………殺す気か!」

「あははは。私ら死なないよー」


 空中浮遊を楽しんでさえいたライラは上手くカルロスの側に着地するとそう笑って彼の文句を聞き流した。

 

「それよりもほら。見てよ」


 狙われていた射撃の的は穴だらけになっていた。無数の貫通痕にカルロスはこの銃がどんな物なのか理解した。

 

「一度に大量の弾を打ち出しているのか。それにある程度散る様になってる……ああだからタマチラか」


 ある意味、クレアのネーミングに通じる分かりやすさ重視だ。

 

「そう。魔力の爆発で推進力を得ているのさ。爆発の魔法道具と一緒だね」

「……………………そのまま投げた方が強そうだがな」

「実は完成してから私もそう思った」


 いや、指向性を持たせることは重要かとカルロスは思い直す。全方位の爆発よりも銃身と言う筒の中で方向を限定させた方が威力も増すだろう。

 

「だからあれだけ銃本体が巨大なのか。あれ、殆ど銃身に厚みを持たせているだろう」

「正解。ちょっとやそっとじゃ歪まないし、歪んでも大して影響がないから鈍器としても使えるよ」


 完全にデュコトムス専用の機能だった。あんな鉄の塊、振り回せるのはデュコトムス位だ。

 何というかシンプルさを突き詰めた様な物だが悪くない。クロスボウと併用する事で遠中距離戦闘の幅が広がるだろう。これでようやくデュコトムスは当初予定していた仕様が完成した事になる。トライアル後半戦の直前。タイミングとしては悪くなかった。

 ケルベインも追加武装が用意されている。ここからがある意味で本番――評価機二機による直接模擬戦闘である。

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