16 デュコトムス対ケルベイン:2

 この立ち位置は拙いとトーマスは敵機を回り込もうとするがそれを察したケルベインはデュコトムスを中心に円を描く様にして挟み込んだ状態を崩さない。トーマスに出来るのは動きを止めず、なるべく二機のケルベインを結ぶ直線状に機体を置く事だけだった。如何にかそれで相手の射撃を牽制する事に成功する。

 そうなれば相手が選択するのは接近戦だ。徐々に距離を詰めてくる敵機にトーマスは手にした岩斧を捨てた。如何にデュコトムスのパワーで自在に振り回せるとは言え、僅かながら隙がある。挟み込まれた現状、その僅かな隙を突かれることは明白だった。創剣の魔法道具で土から剣を生み出す。選択したのは投擲用の短剣。宙に出現したそれを掴み取ると同時、流れるような動きで敵頭部を目掛けて投擲する。狙うは後から現れて武装が充実している方の機体。

 

 ケルベインはかなり余裕の無い構成だ。サブのエーテライトアイがあるのかも怪しい。視界を失うリスクを嫌って回避運動を取る。僅かな行動の隙間。トーマスはそこにデュコトムスを捻じ込ませる。今のは牽制。本命は武装をほとんど失ったケルベイン。大型化したシールドはそれ自体が一種の鈍器だ。デュコトムスの大型機由来のパワーと重量を載せたシールドバッシュは直撃すればケルベインを叩き伏せられるだけの威力がある。

 

 ケルベインの選択は迎撃。見慣れぬ盾の様な武装を付けた左腕で殴り掛かる様に腕を振りかぶっている。その光景に、見覚えがあった。何時かの模擬戦。『|土の槍(アースランサー)』で盾諸共に貫通させようと狙ってきたガランの一撃――結果的にあれはブラフだったが、今回はどうか。その直感がトーマスを突き動かす。肩で押し込むように固定していたシールドから機体を離す。

 

 デュコトムスの視界を覆っていた大型シールド。それが真っ二つに割れた。遅れて銃声の様な轟音が響く。まるで扉が開く様に、地面へと落下していくシールドを尻目に、眼前の光景をトーマスは見る。シールドを叩き割った下手人は、盾だと思っていた武装から伸びたケルベインの腕程もある太さの鉄杭。それが『|土の槍(アースランサー)』同様、近接戦向けに強化されたケルベインの新たな武装であることは明白だった。一撃で大型シールドを突き破る威力。魔導機士の装甲であろうと――デュコトムスであっても貫通し得る一撃必殺。リーチは極短だがケルベインの機動力ならば懐に入り込んで叩き込むことも不可能では無い。

 

 鉄杭が伸びる。その切っ先がデュコトムスの腕部装甲を引っ掻いた所で――止まった。危険性を察知したトーマスが機体を全力で後退させていたお蔭だ。腕の伸び切ったケルベインは同じ攻撃を続けては出せない。

 

 シールドの破片が地面に突き刺さる。その時にはもう、デュコトムスは反撃の準備を終えていた。土で作り上げた長剣。それを横薙ぎに振るう。重心も後ろに乗った不恰好な一撃。腕の力だけで振るわれたそれはしかしケルベインを破壊するには十分な威力を持っていた。刀身を叩きつけられた頭部が装甲を歪ませ、胴体から離れていく。その瞬間にそのケルベインは戦闘不能を言い渡された。これ以上動くとなればテジンにもタタンにも卑怯者の誹りは免れない。そんな無様を晒す事はせず、速やかに撃破判定を受けたケルベインは演習場から退避する。その迷いの無い動きを見るに機体のどこかに予備のエーテライトアイは付いている様だった。

 

 これで一対一。とトーマスは今の攻防の間無意識の間に止めていた呼吸を再開する。呼吸をせずとも窒息しないのだから完全に気分的な物だが、そうした無意識化で行っている生理現象の再現は彼らの精神安定に大きく寄与している。それが真似事であっても自分たちが生きているという錯覚を与えてくれるのだ。そうでなければ、自分が死者であるという事に長期間耐えられない。

 

 残されたケルベインへと向き直る。そこで目にした光景に目を疑った。銃を捨てている。地面へと投げ捨てられた物はケルベインの主兵装であるはずの新型銃。精度も威力も射程も向上したそれはログニスでは再現が出来なかった物だ。それを捨てた意味。未だ両機の距離はそれが有効な間合い。トーマスの思考が高速で回転する。

 

 ――ログニスの魔導機士操縦者として見た場合、トーマスがカルロスに明確に勝る点はこの勝負勘とでもいうべき直感力だろう。それは最早一種の才能、異能の域に達している。良くも悪くもカルロスは己で確かめた物に頼る。それは視覚であったり、解法による解析だったり、融法による相手の心理であったり。そうした物から高確率の未来を予測して行動を起こしているのだ。それ故に全く予期せぬ相手に対しては後手に回る。

 

 対してトーマスはと言うとやはり予測だ。ただそれが経験による物なのか何なのか。本人も自覚していないので全く理解が及ばない領域での行動。そして概ねの場合それは正解なのだ。平時では失言を繰り返す男だが、戦闘に置いて彼の直観は神懸かっている。今がまさにそうだ。

 

 デュコトムスの装甲ならば銃弾の一発二発ならば防げる。事実トーマスも投げ捨てられた銃を見るまでは被弾覚悟で突っ込み、近接戦に持ち込むつもりだった。だが彼の直感がその行動予定を覆した。彼が選んだのは回避。それも生半可な動きでは無い。それなりに離れている障害物の所まで逃げ込もうとしたのだ。観戦している人間からすると意味不明な一手。だがその一手こそがこの場を切り抜ける唯一の解であったと彼らは直後に知る。

 

 ケルベインが背後から掴み取ったのは――銃身を六つ束ねたかのような特異な武装。ベルトの様な形状の部品が背負った何かへと繋がっている。観戦しているカルロスも、それが何なのか。理解できなかった。ただ隣でハーレイが笑う気配がした。

 

 束ねられた銃身が回転する。そして放たれたのは無数の銃弾。一秒あたり三から四発による弾丸の嵐。今回使用されているのはライラの作ったゴム弾だったがそれであっても岩場に窪みを作り上げるだけの威力。これまでの単発で撃つ銃とは文字通り桁の違う威力だった。

 

「銃の欠点は、命中精度でした」


 カルロスの隣でハーレイが笑みを浮かべたまま語る。

 

「幾つかのアプローチが考えられました。その中には純粋に精度を上げるという物もありましたが……私共が考えたのはもっとシンプルです」


 それは奇しくも、ライラと同じ考え。

 

「当たらないのならば、当たるだけの弾を放てばいい」


 魔導力多銃身機関砲。ハルスの用意した切札の名だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る