04 問題児二人は変わらない

 バランガ島に就いて、カルロスは桟橋から港を見渡す。

 

「ここも当初に比べたら立派になったよな」

「最初は桟橋が無くて小舟で物資のやり取りしていたものね」


 少しずつ物資を運びこんで、漸く船が出入り可能な港が完成した。その日々を思い出すと感慨深いものがある。

 実の所、この孤島に研究施設を作るというのはカルロスにとっても気に入っていた。何だか秘密基地めいていてワクワクするのだ。女性陣からは賛同を一切得られなかったが、ケビンを始め騎士科の三人、グラム、ラズル達からは熱い支持を受けている意見だ。――女性陣には内緒で地下施設を作っているのは男共のちょっとした息抜きである。

 

「今回の便の輸送物資の目録はどこだったかしら?」

「ほい」


 クレアの問い掛けにカルロスは足元の鞄から目録を取り出してクレアに渡す。内容を一瞥してクレアは眉を顰めた。

 

「水銀が足りないわね」

「ハルスだと産出量が少ないらしい。誤算だったな」


 国の支援を受けても尚、こちらの要望した量に満たないというのはカルロス達としても悩みどころだ。市場在庫はハルスの初期型魔導機士(マギキャバリィ)生産で殆ど枯渇した。現在優先的に掘削を行っているらしいが、とても間に合う物では無い。

 

「今回の不足分は魔法道具で作って補うとして……でもこれ今以上に数が増えたら絶対に足りないわよ。魔法道具だとエーテライトの消費が激しいもの」

「流石に不足水銀全てをカバーするだけのエーテライトも無いしな」


 ハルスのエーテライト産出量は大凡ログニスと同等だ。国土の広さを考えると面積あたりは少ないとさえ言える。とは言え、ハルスには放置された迷宮も多い。そうした迷宮を潰して行けば、最深部のエーテライトが収穫できるだろうという目算があるらしい。ケビン達はその目論みに乗る形で仕事をしている。

 

「水銀循環式魔導伝達路は今のままだと駄目ね。数年後には輸入に頼りきる事になるわ」

「現状の水銀産出が増える見込みがあるのか、ラズルに確認しておけばよかったな」

「それはまた来週にしましょう……水銀無しで魔力を伝達する方式があるか考える必要がありそうね」


 例え魔導機士を作ったとしても、水銀が無ければ魔力が全体に伝わらず、ただのお飾りだ。嘗ての試作機はログニス、そしてアルバトロスには適した構成だったが、ハルスでは同じようには行かない。ハルスにはハルスに適した形に直す必要があった。

 

「それから、カス。この前お願いした件なのだけど――」


 クレアが言葉を中途で切らした。その理由は明白だ。今二人が向かっている先。バランガ島の中心に存在する研究所。そこから虹色の光が立ち上っていた。大量の魔力が宙に放出されることで発生する現象だ。研究所で何かトラブルが起きている事は明白だった。

 

「あいつら、何かやらかしたな!」

「急ぎましょう!」


 活法で肉体強化が出来ない事をもどかしく思いながらクレアは駆け出す。その背後から人間離れした脚力で走るカルロスがクレアの腰を抱いて持ち上げた。少し驚きながらもクレアはカルロスの肩に手を置いて姿勢を安定させる。

 

「……カス。怒らないから正直に言いなさい。改造したわね?」

「便利だったからつい……」


 カルロスは決まり悪げに視線を逸らす。ハルスに到着後、カルロスは自分の身体のメンテナンスを始めた。第三十二分隊の面々は魔力で肉体を編んでいるが、カルロスは自分の肉体――屍体と言い換えても良い――を使っている。そして生物と違い、一度傷付いた箇所は自然治癒するという事が無い。

 大きな外傷は見た目もあって治していたが、その度に中身はボロボロになっていた。最初はカルロスも人間そのままを維持しようとしていたのだが、それを知ったネリンが不思議そうな顔をして言ったのだ。

 

「え、別に人間の枠にこだわる必要はないかと思いますよ? 何でしたらオルクスの肉体改造術教えましょうか?」


 と。それを聞いたカルロスは自身の肉体の一部を魔獣素材をベースにした物に置き換えて行ったのだ。その成果は人間離れした身体能力と言う形で表れている。全体的に生身の人間よりも頑強になったので、危険な試作装置搭載機でのテストはカルロスが積極的に行う事になっていた。

 

「あんまり、人間から離れて行かないでね。私は……何時かカルロスが本当に人間じゃなくなってしまう日が来てしまわないかって不安だわ」

「大丈夫だって。オルクスで神剣使いがやっている様な物しかやってないから。あいつらが平気なんだから大丈夫だろ」

「それでも、よ」


 微かに力を込められて感じた肩の痛みにカルロスは無言で小さく頷く。無言のまま島の大半を駆け抜けて研究所に駆け込む。そこで広がっていたのはある意味予想通りの光景だった。

 

「カルロスか! 見ての通りエーテライトの過剰融解だ! 僕は外に放出するので手一杯で……助けてくれ!」

「ライラとテトラは!」

「魔力を直に浴びてそこで伸びている!」


 言われてみれば、話題に出た二人と他数名が床で伸びていた。グラムが必死で魔法を制御している先には試作中の新型魔導炉が凄まじい勢いで魔力を噴き出していた。魔導炉自体は無事の様だが……グラムが魔力を処理していなければ研究所の天井は吹き飛んでいただろう。当初から吹き飛ぶことは想定されていたので簡易に直せる作りにはなっているが吹き飛ばさない事に越したことはない。

 そして濃密な魔力を直に摂取してしまった人間は一時的に魔力制御能力がパンクして気絶してしまっている。グラムが無事なのは単純に彼がこの中で一番制御能力が高いからだろう。理論派の彼は常に魔力を効率よく使う事を意識していたために鍛えられていたのだ。

 

「任せて。アッシャー、後は引き継ぐわ」

「すまない。助かったよ」


 そう言いながらグラムはクレアに魔導炉の制御を任せて額の汗を拭った。制御能力はかなりものだが、まだ彼は新型魔導炉の理論に付いて理解が浅い――と言うか現在理論の実証をする為の実験をしながらの為、理解していると言えるのはクレアくらいだ。

 彼女がアルバトロスに捕えられていた四年間で体得した魔力の挙動に関する仮説。それを確かめ、証明できれば新たな理論の魔導炉が組み上げられると予想されていた。

 

「それで何が有ったんだ?」

「うん……君たちが帰って来た後にあの魔導炉の起動実験を行う予定だっただろう? その為の準備をしていたんだが……」


 眉を寄せて、グラムは唸る様に言う。

 

「ライラとテトラが試したい事があると。止める間も無かった」


 ある意味で予想通りの経緯を聞いたカルロスは同情するように頷く。

 

「……災難だったな」

「ああ。だが今回の現象は興味深い。制御出来れば瞬間出力はこれまでの数倍だ。エーテライトの魔力変換効率が段違いに良い」

「そうなのか?」

「二人だっていきなり大量のエーテライトで実験しようとした訳じゃない。セットしたのはほんの僅かな量だ。それでこれだけの魔力が生み出せた」


 静かな口調だが興奮した様子のグラムにカルロスは苦笑を返す。

 

「その辺りは後で確認しよう……あの問題児共が目を覚ましたらな」


 どうしてあいつらは凄い発見と頭を抱えたくなる問題を同時に引き起こすのか。そして何故グラムは何時もその場に居合わせて巻き込まれてしまうのか。それがカルロスには不思議だった。

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