03 お金が欲しい

 ログニスの魔導機士開発拠点と改造された孤島。バランガ島と名付けられた島に唯一ある港。実質桟橋だけの設備と、守備隊兼荷運び用の魔導機士が一機存在するだけの味も素っ気もない施設へと向かう一隻の船が大陸側の港に入港した。

 

 ハルスへの大航海。それを乗り切った要因の一つには魔導機士の技術を流用した魔導船とでもいうべき船の存在が有った。ログニスが持つ数少ない戦力。その時の魔導船を再改修し、本格的な軍艦として完成された船――レクター号だ。専らこちらはバランガ島との行き来に使われる連絡船扱いだ。

 海岸沿いの開拓中の地域を与えられたログニスの守りとして、同型艦のアルド号も就役している。

 

 そこにハルスから貸与されたアイゼントルーパー型の魔導機士、ノームが十二機。ガル・フューザリオン、ラーマリオン、エルヴァリオン改、そしてエフェメロプテラが現在ログニスが保有している全戦力である。その貴重な一機を平時だけとはいえ荷運びに使っているのは贅沢な使い方である。

 

「短い距離だけどしばらくは揺れない大地とはおさらばか」

「ええ、そうね。大型化したからそんなに揺れない筈なのだけれどもね」


 大型船を作る上でネックになるのは船の背骨とも言える竜骨だ。一つの木材から作り出す竜骨は元となる木材のサイズに依存してしまう。つまりは巨大な樹木が無いと大型船と言うのは作る事が出来ないのだ。クレアはそれを力技で解決した。複数の木材を創法でつなぎ合わせたのだ。言葉にすると簡単だが、適当なつなぎ方をするとそこが他と比較すると脆くなる。船にかかる様々な力に耐えるにはその僅かな脆さが命取りとなるので、全身を均一に均すのは高い位階が必要だ。ログニスではクレアにしかできないし、ハルスでも出来る人間は一人か二人だろう。

 

「後は魔法道具の暗号化が出来ればこれ輸出出来るよな」

「悪い事は言わないからラズルに相談しなさい……叱られるわよ」


 間違いなく海戦の常識を一変させる存在だ。魔導機士と同型の魔導炉を一基。船底に推進用魔法道具を四基。両舷にそれぞれ遠距離攻撃用の魔法道具を四門装備。ラーマリオンとの模擬戦では実に勝率三割と言う結果を出した。一見低い様に思えるが、それまで艦隊で勝率0%だったのだから大進歩だ。

 造船に詳しい人間がいなかったため、建造にはハルスから船職人を借りる事になる。それでも根幹技術はログニス製。現状輸出するとしたらハルスか――非公式に支援を受けているオルクス相手にすることになるだろう。万が一にもアルバトロスへ流出したら目も当てられない。

 

 海戦の常識が変わるような代物が広まり過ぎたらまたも戦火が広がる。魔導船の作成にはカルロスは余り関わっていないが、まるで自分たちが死の商人になったように思う時がある。

 

 ラズルもラズルでログニスの影響力を拡大させようと色々と画策しているので、カルロスが勝手な事をするとその足を引っ張りかねない。一人で戦っている訳では無いのでその辺りも考える必要がある。

 港に到着し、桟橋を歩きながらカルロスとクレアは溜息交じりで金策を話し合う。

 

「ハルスから支援を引っ張り出すのが一番確実なんだが……」

「試作機が完成すればその量産化改修って言って多少は持ってこれると思うのだけれども」

「欲しいのはその前の段階なんだよな……いっそエフェメロプテラの右腕売るか」

「何て罰当たりな事を言っているのですか後輩様は!」


 見送りに来ていたネリンがぎょっとした表情で叫ぶ。現役の神権機操縦者であるネリンには刺激の強い発言だった。

 

「いや、だってあれ使えないし……」


 言い訳めいたようにカルロスはそう言う。クレアの吶喊工事で神剣は最低限の運用が可能になったが、あれはクレアがいないと出来ない芸当だ。一度使えば神剣は再び破損状態となる。つまりは、カルロス一人では使えない。鞘に納めたままではただの鈍器だ。


「神から授かった物なんですよ! それを売るなんてとんでもない!」

「分かった。冗談だ。売らない。売らないよ」

「本当ですよ? 駄目ですからね、絶対」

「流石に私もカスの発言はどうかと思ったわ」


 別にクレアはネリン程信心深い訳では無かったが、それでもオルクスの人間が神をそして神から与えられた神権機を信仰している事を知っていた。それを売り払うというのは顰蹙物だろう。

 

「というか後輩様! 何故私の所に来ないのですか!」

「え。何で?」


 怒り心頭と言うネリンに、カルロスは全く心当たりが無く素の反応を返す。別段ネリンに用事は無い。カルロスの認識ではそうだった。その返答に彼女は分かりやすい程に肩を落とす。

 

「ダメですグランツ様……この人神権機の事全然気にしていないですよ。接点が持てるとか嘘じゃないですか……」


 何故そこでグランツが出てくるのだろうかと思っているとクレアが更に呆れたように溜息を吐いた。

 

「カス。神権機について何も聞いていなかったの?」

「……ああ」


 その事かとカルロスは理解を示す。同時に、改めて聞く事無いんだよなあと言う他者には言えない内情も。

 

「今すぐ側に神権機について知っている人間がいるのにどうして聞きに来てくれないんですか! 私、後輩様との接点そこしかないんですのよ?」

「いや、すまん。正直こっちの仕事の方が忙しいというか……何と言うか」


 現在最優先は次世代機開発だ。エフェメロプテラの改修は後回しになっている。単純な話として、改修の方向性が決まっていないのもある。神権機として新生させる場合、二百年以上かかるというのはもう論外だ。つまり、現状ネリンに聞くことは無い。

 死霊術の秘奥だとかに興味が無い訳では無い。しかし今の仕事を放りだしてまで……と言う思いがあるのも事実だ。つまりカルロスの言い分としては次の一言に集約される。

 

「うん、まあその内に聞きに行くよ……今の作業が終わったら」

「後輩様? 約束ですからね。破ったら泣きますからね? 神剣使いとの約束を破ったらどうなるか、その身に教え込みますからね?」

「何をする気だよ……こええよ」


 何をするのかを一切明かさないところが特に怖い。背中に薄ら寒さを感じながらカルロスは船の桟橋に飛び乗る。

 

「それじゃあ、ネリン。また来週」

「ええ……グランツ様にも報告しておきますので」

「よろしく頼むよ」


 ネリンの今の立場はオルクスとの連絡員と言う物だ。彼女は休暇だと言っていたがその職務は実直に果たすつもりらしい。これで休暇という事は、オルクスにいる時はどれだけ働いていたのだろうかと少し気になる。

 

 離れていく陸地を見てカルロスは呟く。

 

「……試作機はエルヴァリオン改造して誤魔化そう」

「今も既に技術実証機みたいになっているけど、それでいいの?」

「試作機の次に量産試作機を作れば問題ない!」

「……物は言い様ね」


 カルロスのやけっぱちな言葉にクレアは小さく溜息を吐きながらも同意を示した。結局やれる範囲でやりくりをするしかないのだ。

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