02 上には言えない本当の事
「で、どうするのよカス」
「大丈夫だ。問題ない……」
「大有りでしょ。どうするのよ。基礎研究で予算の大半食いつぶしちゃって」
「く、クレアだって進行は予定通りとか大法螺吹いたじゃないか!」
「私のは嘘じゃないわよ。予算不足で今後は大きな遅延が見込まれるという事を除けば」
「うぐう」
端的に言うと、カルロスは何時も通りだった。そしてラズルも何時も通り――即ち第三十二工房の時のほぼ同額の予算を運用していた。実際の所、当時の段階で既にログニスからの予算では回っていなかったのだ。それをカバーしていたのが当時のカルロスのリレー式魔法道具の特許料だったのだが。
「くそぉ、ハーレイ・アストナードめ……」
「八つ当たりは止めなさいってカス」
今回もカルロスはそれを当てにしていた。ログニス亡命政権と認められた段階でラズルが苦労してカルロスを始めとしたログニスの特許に関して権利を認めさせたのだ。それがあれば稼ぐのは容易い……はずだった。
「何だよ、単独のエーテライトで複数機能を持った魔法道具を作成するとか……天才かよ」
カルロスの様に、盲点を突いたとかそう言う次元では無い。完全に新たな理論による魔法道具だった。エーテライトにこれまでの様に曖昧で感覚的な魔法陣を刻むのではなく、画一化された万人に扱える命令文を記述するという画期的な技術。幸いと言うべきか……未だそれだけの品を作れる者は限られているためハルス内でもシェアはそこまで奪われていないが、カルロスの収入は確実に落ちて、今後も復旧の見通しは立っていない。
尚、クレア以外の人間がカルロスのこの発言を聞けば多いに突っ込みが来ることであろう。お前も周囲から見れば同類だと。
「新しい技術は歓迎すべき事だと思うのだけれども」
「そうだけどさ」
「特許料は必要だけれどもね」
「それが一番腹立つ!」
悲しい事に、複数の魔法道具を連動させるリレー式はスペース的にもエーテライトの数的にも新しいタイプの魔法道具――ライター式と比較すると劣っているのだ。大規模で複雑な装置を作る場合にはリレー式にも利点があるが、魔導機士レベルならばライター式の方が利便性が高い。
そしてそういう物があるとカルロスはついつい試してみたくなってしまうのだ。
「くそぉ、ハーレイ・アストナードめ……」
「……もう完全に八つ当たりよね」
顔も見たことが無いのにカルロスから恨まれている相手にクレアは僅かに同情しながら話を戻す。
「それでどうするの。予算、試作機の完成までは足りないわよ」
「……追加予算は」
「ラズルが叫ぶし、カルラも涙目になるわ。止めてあげなさい」
カルラはハルスに到着後、文官の一人となった。専らカルロス達の予算を捻出すべく日々頭を悩ませているのを知っているカルロスとしてはそこにおかわりは要求できない。
「そうだ! ケビン達みたいに迷宮に潜れば……」
「その間の開発をどうするつもりよ。落ち着きなさいカス」
騎士科の三人は新式操縦者育成の傍ら、ハルス連合王国内に点在する迷宮の探索者として活動していた。国土の広いハルス領内には早期対処に失敗し、やや深くなった迷宮が存在する。そう言った迷宮の内部調査を行い、大部隊を引き入れるための下準備を行う。そんな危険な仕事を率先して行い、既に三つの迷宮の調査を終えた彼らは既にハルス内で一定の評価を得ていた。
何しろ、そのまま放置し続けたら人間には攻略不可能な大深度迷宮となってしまう。ハルスもそれだけは避けたい事だった。その予防へと多大な貢献をしている三人には感謝の念が強い。そして危険も多いので実入りも多いという所にカルロスは目を付けたのだ。
当然、拘束期間も長い。一度潜れば簡単には出てこれなくなる。クレアの呆れた視線が痛い。
「それから……割と輸送費も馬鹿にならないわね」
「それはしょうがないだろう。同じ轍を踏むわけには行かない」
「ええ、分かってはいるのだけれども」
それでも事実として、予算を圧迫しているとクレアは言外に告げた。
嘗てのログニスの失敗を再び犯さぬように、カルロス達は今回の次世代機開発の場は慎重に選んだ。カルロスも二度も心臓を貫かれて水場に投げ込まれたくはない。
ハルスから租借可能な土地の中から様々な要因を考慮して選び取った地。それは――孤島。
呆れた事に無人島一つを貸し切って魔導機士開発の場としているのだった。浜辺から見える程度の距離ではあるが、海は海。そこを渡って来ようとする相手は非常に目立つ上に、鹵獲後修復したラーマリオンを防衛に配置するという徹底ぶりである。攻略したければ艦隊を持ってくる必要があるだろう。ログニス亡命政権のいざという時の退避場所としても考えられており、まさしく天然の要塞とでも言うべき場所だった。
が、幾ら距離が近かろうと海は海。魔導機士と言う物資を只管に食いつぶしていく兵器の開発をする上で、物資を運ぶための輸送船を動かす費用だけでも馬鹿にならない。
「よし、グラムに何とかして貰おう」
「……彼、その内ストレスで胃辺りに穴でも開くんじゃないかしら」
グラム、そしてライラとテトラはカルロス、クレアと同じくその孤島で魔導機士開発に従事している。グラムの主な役目は問題児二人の手綱を握る事だが、余り成功しているとは言えない。その他にも十数名が孤島から殆ど足を踏み出すことも無く、ほぼ監禁状態で作業を進めていた。スパイ対策である。船が無ければ接近することも出来ず、試作機や資料を持ち出そうとしたら倉庫毎滅却するための魔法道具が組み込まれている。
また奪われ、相手に利用されるわけには行かない。カルロス専用機であるエフェメロプテラは試作機がもしも奪われてしまった時用に秘匿された状態で島に存在している。いざとなれば徹底的に破壊するつもりだった。
過剰とも言える備えであるが、ここまでやればさしものアルバトロスも手を出せまいとカルロスは満足していた。例え、地勢的に距離のあるアルバトロスとハルスであろうと用心は必要だ。ログニスと比較するとハルスに潜んでいるアルバトロスの工作員と思しき人物の数は激減しているがそれでもだ。
「取り敢えず、私たちの工房に戻りましょうか。みんなの意見も聞いて見ないと」
「そうだな……あんまりやりたくないけど研究成果を売るか……」
「うーん。今回の研究ってあんまり余所に流したくない物が多いわね……」
結局の所ネックになるのは金の問題だ。前回は躓かなかった箇所だけにカルロスは名案が思い付かずに頭を悩ませるのであった。
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