14 鷹との遭遇

 海面の凍結によって船の足は完全に止まった。凍り付いた海の上で、魔導機士同士の戦闘が始まろうとしていた瞬間。アルバトロス側の船上でも動きがあった。

 船から降り立った歩兵たちがまだ距離のある王党派の船へと向かっていったのだ。元々彼らは王党派の船に横付けして乗り込む予定の人員だった。多少距離は開いたが船に乗り込むという目的は変わっていない。

 その構成人員はアルバトロス軍の窮状――帝都での大損害――を表す様に殆どが傭兵で構成されていた。その中に。深紅の鷹を背負う者達もいた。

 

「――白兵戦を仕掛けてくるか」


 駆け寄ってくる人間を見て、ラズルは低く呟く。船を制圧するのにはやはり乗り込んで搭乗員を排するのが手っ取り早い。大規模な魔法を扱える魔法使いや、それに匹敵する魔法道具で船に穴を開けるというのもあるが、少数派だ。

 魔導機士同士の戦いを制したとしても、この海の上で帰るべき船を失えば敗北だ。船の中に入り込まれてしまえば魔導機士に出来るのは船毎壊す事だけだ。

 

 そうした事を踏まえると白兵戦の帰趨も決して無視出来る物では無い。ただ王党派に取っての問題は。

 

「敵の総数は二百程か。こちらと互角だな。……非戦闘員込みだが」


 戦闘員はその半分しかいないという点だ。この策も何もない氷上の戦いとなると倍の戦力差と言うのは簡単には覆せる物では無い。無論、その質が同等であるという前提だが。その意味では王党派は精鋭揃いだ。何しろ常に不利な戦いを強いられてきた。二倍程度の戦力差ならばまだ可愛い物だ。

 

「敵は傭兵団が主体か。あの紋章は……紅の鷹団か」


 ラズルは記憶からその傭兵団の概要を探り当てて考え込む。

 

「確かアルバトロスで一番最初に魔導機士の貸与を認められた傭兵団だったか」


 今はその魔導機士は見当たらないが、元々は歩兵として名を上げていた傭兵団だ。その戦闘力は侮れるものではない。ただ――戦場で非道を働いたという噂も聞かない。その点だけは安心できる。非戦闘員が武器を手にしない限りは無闇と傷付ける事は無いだろう。

 

「非戦闘員は船底に批難しろ。剣を取れる者。奮起の時である。ここで余達の武勇を満天に示すのだ!」


 男たちの怒号が各船から響く。船自体を防壁として戦うという手もあったが、まだこれから長旅が続く。ここで使い潰す訳には行かなかった。

 

「各員下船せよ! 奴らを迎え撃つぞ!」


 叫びながら、ラズルは真っ先に船縁から飛び降りる。腰には愛用の日緋色金の魔剣を携え、そして彼の二つ名の由来ともなったリビングメイルが後に続く。氷上に着地するなりラズルはリビングメイルを着装した。

 

 大概の歩兵が使うレベルの魔法を無力化し、装着者の身体能力を何倍にも拡張してくれるリビングメイルは確かに強力な物だ。かつてラズルはその性能に頼りきりだったが今は違う。彼自身も相当の腕に達している。今アルバトロス内で彼に比肩するだけの剣腕の持ち主が果たして幾人いるか。

 指導者が必ずしも戦える必要はない。だが同時に強いリーダーと言うのは何時の時代も求められている。その意味でラズルは十分に合格していると言えるだろう。

 

「常に周囲に目を配れ! 囲まれないようにするのだ!」


 檄を飛ばしながら、ラズルは一番槍を務める。褒められた行為ではないが、それによって王党派の士気は上がっていく。その背をフォローするように第三十二分隊がついて行っていた。小声でトーマスとガランが会話を交わす。

 

「……こいつってこんな積極的なタイプだったっけ?」

「積極的ではあったべ。その方向性がダメダメなお坊ちゃまだったけど」


 女遊びには積極的だったという評判を持ち出されてトーマスは納得して頷く。

 

「恐らく奴も人を従わせるのと従いたいという事の違いに気付いたんだろう。己が範を示せば付いてきてくれる人がいる。その相手への責任が生じる。そうした重さに耐えられるように成長したに違いない」


 どこか感慨深げにケビンがそう言うとどこか白けた視線でグラムが呟いた。

 

「いや、僕が思うにただあれは楽しいからやってるだけだと思う」


 グラムの感想が正解だった。ケビンの言う様な責任や己が範を示すと言うのは無論ある。だがそれだけでは無い。先陣切るという行為に陶酔しているというのもまた事実だった。

 

「……ん?」

「どうしたんだい、らいらい」


 そんなぶつかり合いの中。ライラが怪訝そうに目を細めた。


「いや、何か知ってる顔が居た気がして」

「お知り合いですか?」

「傭兵に知り合いなんていないはずなんだけど……あ」


 今の「あ」、は何か大事な事を忘れていた時の「あ」だ。とカルラは戦慄する。

 

「ら、ライラちゃん!? 何を忘れてたの!?」

「いや、かるかる。私が度忘れしていた前提で話さないでよ……忘れてたんだけどさ」

「やっぱりじゃないですか!」

「うん、私もすっかり忘れてたんだけどね――」


 今まさにライラが答えを言おうとしたタイミングで、誰かがライラの名前を呼んだ。

 

「ライラ!?」

「はいはい。何時もドキドキをお届けするライラちゃんはここですよ……って兄ちゃんか」


 その名を呼んだのは今まさにライラが話題に出そうとしていた人物。ライラの兄、イラ・レギンだった。

 

「身内か」


 戦場の喧騒の中でもライラの声はラズルの耳に届いたらしい。確認する様な問いかけにライラは頷いた。


「うん。出来れば殺さないで欲しいな」

「任せろ」


 無造作に近づいて、ガントレットのはめ込まれた拳をイラの鳩尾に叩きつける。くぐもった悲鳴を上げながらイラは昏倒した。

 

「よし。確保だ」

「わーお。力技……」


 清々しい程に腕力に訴えた確保の仕方だった。呆れながらも第三十二分隊の男衆は彼の身体を引き摺って行こうとしたところで、更なる乱入者があった。

 

「待ちな!」


 声と共に振り下ろされた巨大なハンマーをラズルは真っ向から迎え撃つ。日緋色金の魔剣は確かにそのハンマーを受け止めたが、ラズルの足元は一センチ程も氷に沈み込んだ。並外れた膂力にラズルは瞠目する。

 

「うちの団員をどこに連れて行く気だい?」

「この腕力……有獣族の血か? 厄介な……」


 マリンカとラズル。共に人間離れした二人が余計な問答抜きで交戦を始める。図らずもそれは大将同士の一騎打ち。周囲はその結末を見守る事となった。

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