13 凍える海

 案の定と言うべきか。

 ハルスへの航路を取った途端にアルバトロスの巡視艦隊に捕捉された。とは言え、ただの軍艦だ。ワイヤーテイルを駆使して船に乗り移ったエフェメロプテラの前にはさしたる抵抗も無く鎮圧された。

 

 流石に沈めるまではしなかったが、三本あるマストの内二本を圧し折っておいた。動けなくはないが、王党派の偽装商船を追うには速度が圧倒的に足りないだろう。

 

 ここまでは想定通り。むしろ上手く行き過ぎていると言っても良い。

 

 更に船団は東へと進み……やはり予想通りに追撃が来た。

 

「……アルバトロスの高速艇か。噂には聞いていたが早いな」


 目を眇めながら二番船の船上でラズルが呟いた。後方から徐々に大きくなってくる二隻の船。ログニス海軍では見かけなかったタイプの船だ。


「噂だと魔法道具で風を起こし、天候に左右されない推力を得ているらしいよー」

「ほう。我らの船と似たような思想だな。魔法道具を使って推力を得るというのは」


 ライラの解説にラズルはなるほど、と頷きを返す。幾ら材質や、形状を整えてもあれだけの速度は簡単には出せない。何らかのプラスアルファがあるのは確実だった。その解を貰えて納得する。

 

「どうやら向こうの方が若干早い様だな」

「こっちの船と違って吶喊じゃなく、ちゃんと設計しているだろうしねー」

「ふむ……ハルスに着いたら専用の設計をさせて一隻作ってみるか……良い交渉材料になるかもしれない」


 ログニス王党派が切れるカードは少ない。戦力面では少数に出来る事は少ない。ならば売り込むべきは技術。幸いにも突出している技術者が二人もいる。これは望外の幸運だった。

 

「まーとりあえずここを凌いでからだよねー」

「そうだな。ライラ・レギン。信号弾を上げてくれ。一番船のアルニカと、三番船のアレックスを出す」

「はいはいよー」


 そう言いながらライラは手にした魔法道具の一つを宙に放り投げる。ある程度の高さまで上がったそれは、急加速し船のマストを飛び越える程高く昇り――破裂した。真っ赤な火の玉が宙に漂う。

 

 途端に両隣を併進している船の上が慌ただしくなった。甲板の板が開き、船底と繋がる。そこに格納されていたエフェメロプテラがゆっくりと立ち上がった。既にカルロスも出撃準備を整えていたのだ。

 

「……来るか」


 小さく呟いてカルロスは機体越しに後方の船を見つめる。そこから立ち上がる影。距離でかすれた姿を返すそれは軽く飛び跳ねて船から降りると――後方に派手な波しぶきを立てながら見る見るうちに大きくなっていく。

 

「来たぞ、ラーマリオンだ!」


 拡声の魔法道具で隣の船に呼びかける。足元の船員たちは大音声にも負けずに作業を進めていた。予め用意しておいた耳栓が利いているらしい。

 

 巨大な盾じみた物体に乗りながら突き進んでくる機体を前に、三番船で立ち上がったガル・フューザリオンのアレックスが確認を取ってくる。

 

「なるべく引きつけるぞ」

「ああ。向こうの方が早い。タイミングを間違えなければ――」


 その時、カルロスの嗅覚――エフェメロプテラに増設されたグレイウルフの鼻に何かが引っかかった。覚えのある匂いだ。潮風の中でもその匂いだけは分かる。何故ならば、帝都ではそれを最も警戒していたのだから。

 

「まずい……ブランさん! 今すぐに」


 彼の言葉は最後まで形にならなかった。ラーマリオンの背後。派手な波飛沫から――一本のボルトが飛来した。

 それは真っ直ぐに船よりも早く空を翔けると三番船に突き刺さり、船底に派手な大穴を空けた。浸水し、速度が見る見るうちに落ちる。

 

「おのれっ!」

「ブランさん、作戦通りに!」

「分かった!」


 ガル・フューザリオンが沈みかけている船の上で、慌てることなく主武装である大斧を構えた。その形状が更に一回り巨大な斧へと変わって行き、周囲に冷気を撒き散らす。

 

「対龍魔法(ドラグニティ)――|封龍の永久凍土(コキュートス)」


 海面目掛けて叩きつけられた斧は瞬く間に海水を凍りつかせる。まるで海底から氷がせり上がってくるかのような凍結のお陰で、三番船は辛うじて沈没を免れた。

 だがそれは副次的な物だ。本命は、今まさに接近していた高速艇とラーマリオン。そのどちらもが先ほどまでの機動力を失っていた。高速艇は船底が完全に氷で固められて僅かでも動くことは無い。ラーマリオンは機体を冷気が襲う前に跳躍して難を逃れていた。しかし最早ここは彼の機体が最も得意とするフィールドの海上では無い。凍土の上。本来ならば有り得ない地上戦を強いられる環境だった。

 

 そしてもう一つ。同じようにラーマリオンの後方で跳躍した物がある。それは不自然な程に大きい波飛沫。ラーマリオンが停止し、最早波を立てる要素など皆無にもかかわらず未だに波がある。その一見すると場違いな光景は即座に取り払われた。消え去った虚像の下から露わになったのは――エルヴァリオン。その機体の主をカルロスは一人しか知らない。

 

「アリッサ……! しつこいんだよ、お前は! 尻尾を巻いて逃げ出すのはもう良いのかよ!」


 思わず出た叫びに、相手も答えた。

 

「ええ。先輩の命、頂きに来ました」


 これまでとは違う静謐な声にカルロスは僅かに気圧される。今までの狂乱には無かった重みを感じる。しかしながらその言葉はカルロスにとっては失笑物である。そんな物。最初から無いのだから。

 

「ブランさん……予定変更だ。単独でラーマリオンを押さえてくれ。俺はあいつをやる」


 エルヴァリオンには魔弾がある。エフェメロプテラの前に敗れ去った物だが、それはカルロスと言う規格外があってこそだ。ガル・フューザリオンでは成す術がないかもしれない。

 

 それに、とカルロスは思う。完全に余分な思考だが、これは恐らく最後の機会でもある。ハルスに行った後、アリッサと接触できる可能性は低い。会ったとしてもそれは間違いなく戦場の中。このような少数での対峙は無いだろう。

 その前に、決着を付けたかった。

 

「分かった。武運を祈る」

「そちらも……きついところを任せます」


 対龍魔法直後だ。機体性能は低下しているはず。相手が地上戦を不得手とするラーマリオンとは言えど、厳しい戦いになるだろう。

 

「さあ、いい加減にこの因縁も終わりにしよう。アリッサ」


 ここで全てを清算する。カルロスは決意を新たにエフェメロプテラを走らせた。

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