12 順風満帆
物音一つしない船内。外から聞こえてくる波の音だけが彼らの聴覚を刺激していた。
「……見つかってないよね」
「見つかってたら今頃もっと騒がしい」
入り江で密かに積み込まれた魔導機士と王党派の主要人物。彼らは積荷として船底で窮屈な生活を強いられていた。とは言えそれもそう長い話では無い。商船に偽装されており、それらしく見せるために食料を買い込んでいる。それを開拓中の南部へと輸送するというのが表向きの航路だ。
実際は南下の途中で途中から外洋に外れ、風に乗って東へ。一路ハルスへ向かうというのが真のルート。
一度出港してしまえば船の上にいる人間の顔など一々見る事は無い。出港までの残り三日。日差しから隔絶された生活を我慢すればいい。それでも念のためと各船で二人ずつ不寝番を立てているのだ。
一番船で今日はカルロスとカルラがその役になっていた。一度死を迎え、それを克服してから彼らに生物的な欲求は無い。極論食事も睡眠もいらないのだ。ただ生前を模倣するようにそれらの行為を嗜好として行っているだけだ。その為不寝番と言うのは彼らにとって何の苦にもならない。
とは言え第三十二分隊の面々に取っては現状は別の観点で問題があった。
「……この外は海なんだよね」
「ああ」
「水の中は嫌い……」
「俺もだよ」
全員に共通する事。それは――彼らの最期が揃って水の中だという事。証拠隠滅の為にテグス湖に沈められた記憶。それは未だに色濃く残っている。
正直に言えば水上戦も海路での移動も気が進まないのだ。万が一転落し、水没したら。それはきっと永遠の孤独に苛まれることになる。恐らくはそうなる前に自死――仮初の命を自分たちで断つ事になるだろうが。
「これからハルスに行って、それからどうするの」
「俺は戦うつもりだ。新式の魔導機士を作った時から、それが原因で戦乱が起きるならその事に対して責任を取るつもりだった」
だがそれはあくまでカルロスの事情だ。
恐らくはクレアも同じ責任感を抱えている。そして第三十二分隊には――その理由は無い。彼らはクレアを助け出す事。それに同意する事で今この場にいる。そう、彼らにはもうカルロスとの約束に縛られることは無いのだ。
ただ実際問題として彼らの存在はカルロスに依存している。故に選べるのは共に進むか、ここで終わりにするかと言う二択だ。
「どうしてみんなは戦えるんでしょうね……」
そうカルラは膝を抱えてぽつりと呟く。何を言うでもなく、皆カルロスに付いて戦う気だった。その中には幾らかの復讐心も含まれているのは間違いない。だがカルラは生来の性格からか。そこまで強い感情を持てなかったのだろう。
「私はまだ鮮明に覚えています。自分が死んだ時の事を。あんな苦しい思い。二度としたくないのに……」
それに対してカルロスは返す言葉を持たない。死にたくないという叫びを利用して、魂を封じ込めたのはカルロス自身だ。どんな形になるか分からないが、何れまた終わりは来る。二度と味わいたくなかった思いをもう一度体験させることになる。その張本人がどんな言葉をかければいいのか。
「本当に、何でなんでしょう……クレアちゃんを助けるまでは私も頑張れたけど……」
「無理をする必要はない。ハルスに行って、完全な自由と言うのは難しいかもしれないけど戦い以外の事をすることも出来る」
「そうできればいいんだけどね……私、他人の顔色伺っちゃうから。みんなが戦ってるのに一人だけ、っていうのもきっと我慢できなくなっちゃうと思う」
「そうか」
難儀だな、と口にしないだけの配慮はカルロスにもあった。
第三十二分隊にとって最大目的であったクレアの救出は為った。そう考えると、今後必ずしも同じ道を歩むとは限らないのだろう。悩んでいる様子のカルラを見てカルロスはそう思うのだった。
そんな夜を何度か超えて……偽装した商船は無事離岸する。
身体を押し付ける加速度を感じながらカルロスは拍子抜けした様に呟く。
「何もなかったな」
「そうね」
一番船に乗船しているクレアも肩透かしを食らったような顔だ。一番船にはさらにガランが乗船していた。二番船にラズル、トーマスが、三番船にアレックス、ケビンと戦力が配置されている。他の船にトラブルが発生したという話も無いため、本当に無事出港できたらしい。
「何だろうな、見落としがある訳じゃないよな……?」
「ここは普通に、カスの作った妨害用の魔法道具が効果を発揮したって見ておけばいいんじゃないかと思うのだけれども」
ここ数年無かった順調振りにカルロスは逆に挙動不審になっている。上手く行ったというよりも、自分が見落としていてこの後に何かあるのではないかと怯えていた。
「そうか、そうかもな……」
「そうよ。それに帝都にあれだけダメージを与えて、即座に立て直す程の余裕は無いでしょう」
そう諭されるようにクレアに言われるとカルロスも落ち着いてきた。確かに相応の損害は与えた。あそこから立て直して更に王党派に匿われたカルロス達を見つけ、慎重に準備していた王党派のハルス亡命計画も察知するというのはアルバトロス側でも難しいだろう。
散々煮え湯を飲まされてきた相手だけに、過剰なまでに警戒をし過ぎたかもしれないとカルロスは反省する。
「それよりももう少し沖に出たら周囲の船も無くなるわ。久しぶりに太陽を浴びれるわよ!」
「嬉しそうだな」
「当然でしょう。ずっと太陽の光を浴びないなんて不健康だと思うのだけれども」
「おかしいな……俺ら割とそんな不健康な生活していなかったか?」
「……していたわね」
第三十二工房時代は特に。製図室に引きこもって図面を書きなぐっていた時代もあった気がする。
「まあそれはそれ。これはこれよ。潮風を浴びればきっと気持ちが良いわ」
「エフェメロプテラの錆び止め大丈夫だよな……うん、海水に沈んだりしない限りは大丈夫のはずだ……」
量産型三機は船の動力として利用されている。吶喊で作った二つの魔法道具で船の速度を増す為の装置扱いだ。今回の航海はそのデータ取りでもあるのでカルロスとしても暇ではない。もしもこれの有用性が認められれば、魔導船とでも言うべき新たな船種が生み出されることになるのだから。
それはさて置いて、その結果戦力として動けるのはエフェメロプテラとガル・フューザリオンだけだ。ラーマリオンが襲来したらこの二機で対応することになる。作戦は用意したがそれが上手く行くかどうか。
今回に限って言えばまだ相手も分かっており、相手が取ってくるであろう手段も分かっている。帝都に突っ込むのと比べればはるかに楽だ。
当面の間、気にするのは船に増設した魔法道具と、申請航路を外れてハルス方面に向かう際の巡視艦隊の突破の件だけだった。
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