11 後手

 カルロス達がハルスへの亡命の準備をしている頃。

 

 帝都ライヘルでも新たな動きがあった。半壊した帝城で無事だった一角。そこにはレグルスとカグヤ、そしてアリッサが居た。

 

「アリッサ・カルマ。貴様に任務を与える」


 ログニス王党派が生き残っていた。そして恐らくはそこにカルロス・アルニカが合流した。アルバトロス帝国にとっては最低に近いシナリオだ。

 未だ国内に留まっているのならば良い。何れ磨り潰せるだろう。だが万が一に国外に逃れられた場合。それはアルバトロスにとっては最悪中の最悪だ。

 

 軍は再編中。即座に東征は再開できない。そんな中他国にカルロス・アルニカとクレア・ウィンバーニと言う武力を齎す存在と、王党派と言う口実が揃ってしまえば東の国々から逆に攻め込まれる可能性すらあった。

 故に、最早利用するなどと言う悠長な事を言っている場合では無い。即刻王党派を叩き潰す必要があった。

 

「王党派が国外への逃走を図る可能性がある。何としても阻止しろ」

「阻止、と言いますが具体的な方策は?」

「陸路は既に守りを固めている。実働部隊は壊滅に近い状態だろうが支援者たちは健在の筈だ。そいつらも連れてとなれば突破は困難だろう」

「つまり、海路を張れと」


 淀んだ瞳で相槌を打つアリッサを見てレグルスは思う。こいつはもう駄目かもしれないと。一時の様な狂乱は見えない。だが間違いなく今のアリッサは未来を考えていない。

 

 第三親衛隊の壊滅。腕利きの融法適性者を集めた隊は反逆者狩りに獅子奮迅の活躍を見せていた。その損失は反体制派への引締めの観点からすると痛い。そしてその構成員はアリッサと兄弟の様な物だった。それを考えれば、まともで居られるはずもないとレグルスは理解を示す。遠い過去に捨て去った感情故に、共感は出来なかったが。

 

「……第二情報局の局員を貸し与える。あらゆる手段を許可する。上手く使え」


 第二情報局は第三親衛隊と同じ――つまりはアリッサと同じ施設出身の融法使いが多く在籍している。これはレグルスからの僅かな温情だった。せめて悲しみを分かち合う相手が居た方が良いという判断。アリッサにはまだもう少し働いて貰わないと困る。その程度の配慮でつなぐことが出来るのならば手間を惜しむことは無い。

 

「ありがとうございます」


 融法の諜報員を使うという事は即ち、構成員を見つけ出してそこから情報を得ろという事だ。廃人になったとしても構わないのならば情報を引き出す事は難しくは無い。

 それを用いて相手の脱出計画を察知する。そうする事で逃亡を阻止せよ。要するにそういう事だった。

 

「では早速取り掛かれ。必要な物があれば用意する」

「承知いたしました」


 アリッサが一礼してレグルスの前から去る。

 

「……あれはもう駄目かもしれんな」

「かもしれません。思いの外第三親衛隊の隊員に愛着があった様です」


 淡々と、二人はアリッサの今後について検討する。

 

「この任務を最後にするとして……どうする必要があると思う」

「彼女は機密に触れすぎました。記憶封印処置が妥当でしょう」

「……恐らくは廃人となるな」

「致し方ありません。彼女の持つ情報は外部に漏らす訳には行かない」


 ピンポイントで人間の記憶を封じる事は今の魔法では出来ない。大雑把なやり方では封じてはいけない記憶、知識なども含まれてしまい、まともな生活は送れなくなるだろう。

 

「或いは、このエーテライトを共振破壊するかですが」

「確実に息の根を止める、か。それならばまだ記憶封印の方が命があるだけマシと見るべきか」


 確率は低いが、廃人にならない可能性もある。彼らとて好んでアリッサを殺したいわけではない。ただアルバトロスと言う国の為に最適解を模索した結果がそうなっているだけで。

 

「海路を封鎖するとなると艦艇の数が足りないな」


 元々アルバトロスもログニスも海軍は然程の数では無かった。ラーマリオンが存在していれば数など大した意味を持たなかったのでログニスは慢心から、アルバトロスはその無意味さから数を増強することが無かった。とても封鎖できる程の数では無い。


「やはりラーマリオンを追撃に出すか。それから……確かラーマリオンの固有武装のレプリカの開発が進んでいたな。アリッサなら使いこなせるかもしれない。エルヴァリオン用に調整を」

「承知いたしました」

「後は奴らの追撃隊だが……」


 数少ない戦力から抽出したカルロス・アルニカの討伐隊だったが、こうなってくると出番はないかもしれない。そもそもがあれだけ一機で大暴れした相手にエルヴァートの部隊だけで何とかなるのかと言う疑問もあった。


「恐らくは王党派共々潜伏しています。今から出しても間に合わないかと」

「だろうな。再編してこいつらも国境沿いに配置変えだ。現状を幸いと見て他国が攻め入る可能性がある」


 そうしてカルロスとログニス残党への対応は一段落させてレグルスは低く呟く。

 

「神剣使いはどうだ?」

「完全に姿を消しています。彼の場合は単独です。気付かれないように国境を突破するのも容易でしょう。国内にいるかどうかも判別が付きません」

「チッ。奴の行動の予測が全くつかない。そもそも何故今頃になって現れた?」

「ヘズンが魔力だまりを潰したという発言を聞いています。先日の地震で地脈が歪んだ結果、オルクスまで地脈が繋がったのではないかと言う報告結果も来ております」


 その結果イビルピースの気配を察知して神剣使いが単独でやって来た。という事になるのだろうか。余りに笑えない偶然だった。

 

「お互いに手酷くやられたからな……引いてくれて助かったのは事実だが」

「相変わらず連中の真意が見えません。神権を守護することが目的なのは確かですが」


 大罪機も機会があれば破壊したいと考えている様だったが、最優先では無い。邪神の封印を維持する事。それこそが最大の目的の様だった。

 

「……薄々気づいていた事だったが、やはり我々の持つ情報にも欠損があるな」

「仕方のない事かと。アルバトロス領内に存在する遺跡は限られています」


 既にアルバトロス内で発見された遺跡は調べ尽くされている。後はログニスの領内に存在する幾つか。それ以外となると他国の遺跡しかない。

 

「メルエスの遺跡が手に入れば研究も進みそうだがな」

「殿下。今は――」

「分かっている。まずは国の傷を癒してからだ。だが……早めに進めるぞ。ハルスが新式の技術を手にしたら厄介なことになる。その前に後顧の憂いは断たねばならん」


 アルバトロスの東端は東にハルス、北にメルエスを抱えている。ハルスへの侵攻を行ってもその後背をメルエスに突かれたら東征軍は総崩れとなるだろう。それ故にメルエスの攻略は大陸統一に置いて必須だった。

 

「これで蹴りが付けば良いのだがな」


 だがレグルスにはこの策でカルロス・アルニカが取られられる気がしないのだった。

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