10 修復作業

「何これ。酷いわね」


 エフェメロプテラの整備の為に装甲を解放したところを見たクレアは呆れたようにそう言った。

 

「右足と左足で同じ個所の部品が違うってどういう事なの」

「加工する時間が無くて既存品を無理やり捻じ込んだんだよ……」

「それに全体的に出力任せの強引な作りね。燃費が悪いって嘆くのも分かるわ」


 限られた資材の中での多対一の設計思想。更にそこから現地改修と、吶喊の修理。今のエフェメロプテラは全体からすると無駄の多過ぎる構造となっていた。カルロス自身、もう一度一から同じ物を作れと言われても難しい様な代物だ。他人から見れば意味不明としか思えないだろう。

 

「これ修理すると言っても作り直した方が良いんじゃないかと思うのだけれども」

「時間と物があればそうしたい所だな。一先ず今は修理で」


 カルロスもその無茶は承知しているのだ。可能ならば一から設計し直したいと思う程に。だがそれは今では無い。

 

「脚部はまあ何とかなるとして……」

「問題は両腕ね。と言うか右腕に至っては装甲の継ぎ目すら見当たらないのだけれども」

「分解も無理、解析も無理。正直お手上げだ。壊れたら手の付けようがない」


 と言っても、通常の魔導機士と比べると相当の耐久力があるのは今までの経験から分かっている。多少の損傷は勝手にエフェメロプテラの魔力を使って創法で修復しているというのも。

 

 神権機の一部だった右腕。はっきり言って謎が多過ぎる。業腹だが今はこういう物として置いておくしかない。いつか必ず丸裸にしてやると誓いを新たにしてカルロスは視線を左腕に移す。

 

「左腕もまあ放置だな」

「どうして? 左腕は日緋色金の武装以外はカルロスが作った物だったと記憶しているのだけれども」

「動かすだけなら地竜の革で外側から動かせば何とかなるからな。無理に修理する必要が無い」

「……ごめんなさい。疑問なのだけれども、何で両腕を使っていなかったのかしら。いえ、右腕が得体の知れない物だったからっていうのは分かるのだけれども」

「右腕と左腕を同時に使おうとするとエフェメロプテラが自壊するんだよ」


 恐らくは大罪機と神権機と言う相反する要素が原因だと今は分かっているが、当時は全くの原因不明だった。今にして思うと当たり前の話なのだが。

 

「結果だけ見てどうにか動くようにした機体だからなあ……」

「良くそんなので戦おうと思えたわね」

「時間をかけて解決する見込みが無かったから途中で見切りを付けて動くことを優先した」


 カルロスが準備を整えた段階で既に四年経っていたのだ。それ以上待つことは出来なかった。クレアもその時間的な制約が自分のせいだと思い至ったのだろう。申し訳なさそうな顔をしたが謝罪の言葉は口にしなかった。カルロスがそれを望んでいない事は明らかだったからだ。代わりに自身の願いを口にする。

 

「もうそんな無茶はしないでね」

「善処する」


 必要があればきっと自分はしてしまうんだろうな、と他人事の様にカルロスは考える。とは言え、そうならないように努力はするつもりだが。

 

「正直、左腕は日緋色金の鉤爪が無いと戦力としては微妙だから後回しで良い。あれ短時間で直すのは無理だろう?」

「……あのクソッタレ皇子が言うには私の創法の位階なら大罪機の修理を行えるらしいけど」


 浮かないクレアの表情がその結果を物語っている。上手くは行かなかったのだ。それはクレアに足りない何かがあるのか。レグルスの勘違いだったのか。その真偽は定かではない。出来るか分からない物に時間をかけてはいられない。

 

「取り敢えずハルスに着くまでは右腕で頑張ろう」

「この神剣……? も思いっきり折れているわよね」

「折れていても大抵の魔法道具や古式の武装よりも強いっていうのは何の冗談何だろうな」


 ただ魔力を増幅して打ち出している様だが、その増幅率が尋常ではない。魔法と呼ぶのも躊躇われる射法の基礎の基礎だというのに対龍魔法(ドラグニティ)並みの威力と言うのは異常としか言えない。それだけで神剣であるという言葉も信憑性が出てくる。

 抜刀時にはカルロスへの肉体的負荷が大きい。その事は一切考慮に入れずにカルロスは右腕を使うと決断していた。クレアが求めていたのはこう言った所の無茶を抑えるという事だったのだが、カルロス的には無茶に入らない様だった。何れ、その相違で怒られる未来は確定だった。

 

「だから一先ずは本体と脚部の修理だけで終わらせておこう」

「後は魔導炉ね。その、なんというか……」


 言いにくそうに言葉を濁すクレアを見てカルロスは頷く。恐らくはクレアの見解もカルロスと同様なのだろう。出力を増すために稼働時間を大幅に削った欠陥品だ。クレアからすればとんでもない代物に見えるのだろう。


「言いたい事は分かる。はっきり言ってくれ」

「そう? なら言うけど、あの産業廃棄物は何とかしないとね」

「そこまで言う事無いだろう!?」

「『はっきり言え』って言うから言ったのに……」


 拗ねたようにクレアは頬を膨らませるが、余りの酷評に涙が出そうだったカルロスに気付く余裕は無かった。

 

「あんな強引にエーテライトの融解速度を上げて……それでいて他の機構はそのまま据え置きだから何時爆発してもおかしくない構造の物はそうとしか言えないと思うのだけれども」

「そこはほら。やばそうになったら外部に放出することで何とか……」

「その結果がとんでもない燃費の悪化なのだけれども」

「仰る通りです……」

「融解促進の魔法道具は……ああ、私の作った奴を反転させたのね。なるほど」


 ふむふむと頷きながらクレアは指先でエフェメロプテラの魔導炉に備えられた魔法道具に触れていく。眼を閉じて数秒。

 

「はい、これで魔法道具自体の消費効率は大分良くなったわよ」

「嘘だろ!?」


 カルロスが一年以上悩んできた事を数秒で解決されてしまい、驚愕の声を上げる。

 

「カルロスは正直に私の作った奴を反転……つまりはエーテライトの再結晶化の行程を逆回しにしていたみたいだけど、融解させたいならそんな沢山のプロセスは要らないのよ。だって考えても見て。魔力に浸しただけで溶けだしてしまう様な安定性の無い物よ? 私たちがやってあげるべきなのはその安定を崩す事だけ」


 何でもない事の様にクレアは言うが、カルロスとしてはエーテライトに対してそこまで造詣が深い事に驚くしかない。

 

「く、クレア。そんなにエーテライトの特性について詳しかったか……?」

「え? ああ。そうね。攫われてから基本的に私如何にしてエーテライトを隠し持つかを探求していたから……その過程でエーテライトの特性について嫌でも理解せざるを得なかったのよね……ハルスに着いたら論文にまとめようかしら」


 自由の利かない環境でも探求を続けていたというクレアにカルロスは脱帽するしかなかった。勝ち負けではないが……勝てる気がしないと心に刻まれたカルロスだった。

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