39 差し込む光明
「私は……パパの敵を討ちたい」
そう呟いたクレアの手は硬く握りしめられていた。それに対してカルロスは何も言えない。その選択は理解できる。同時に結果として肉親は誰も失っていないカルロスが何か意味のある意見をいう事は出来ないだろう。
「その選択は尊重するが、良く考えた方が良い」
代わりに意見を挟んだのはラズルだった。学生時代からは想像もつかない顔つきにカルロスは四年と言うのは長い物だと実感させられた。良くも悪くもカルロスの周囲には変わらない者しかいなかった。
「余やウィンバーニ嬢はログニスの公爵家だ。王家の血を引いている以上、ハルスへと亡命すれば政治的に利用されることが予想される」
「おい、若。それは」
アレックスが顔を顰めてラズルの発言を制止しようとしたが、彼はそれを視線だけで黙らせて続けた。
「余達王党派が正当性を示すには王家の血筋が必要だ。正統の血が確保できなかった以上、余か、ウィンバーニ嬢が旗頭となるしかない」
そこでカルロスはふと気になった事を尋ねてみた。
「今のログニス王家の奪還は出来なかったのか?」
「それだけの戦力が無かった。離島の屋敷に軟禁されている事は突き止めたのだが……」
アレックスが苦い顔をして明かす内容にカルロスは然も有りなんと頷いた。離島に攻め込むとなれば海を渡る必要がある。そしてそんな所を守るのに最適な魔導機士がアルバトロスには存在していた。
「ラーマリオンを突破する術が思いつかずに……せめてチリーニ領で海軍戦力を削ろうと思ったらこの様だ」
元々ログニスの海軍を常勝の存在に押し上げていた守護神とも言うべき魔導機士だ。海上ではたった一機とは言え恐ろしい相手だろう。カルロスも突破しろと言われたらすぐには案が出てこない。
「間違いなく祭り上げられることになる。その覚悟はあるのか?」
そう問いかけるラズルは既に人の上に立つ事の覚悟を決めているのだろう。否、既にその覚悟に基づいてここまで戦い続けている。
「構わないわ。私だけ、蚊帳の外なのは嫌だもの」
その答えはカルロスには少しだけ意外に思えた。クレアがそんな疎外感を忌避しているという印象は無かったのだ。
「……分かった。カルロス・アルニカ。貴様はどうする?」
「俺の答えは決まっている。俺の作った物が下らない野望に使われている。そんな事は許せない」
その答えは嘘ではないが正解でも無かった。下らない野望。レグルスの理想をそんな言葉で片付けていい物かどうか。きっと本人は間違いなく人間全ての事を考えている。そして起こり得る破滅的な未来を回避するために、世界に出血を強いている。もしかしたらレグルスのやろうとしている事が唯一の解なのかもしれない。そんな疑念が付き纏う。
だが同時に、それが正解である保証などどこにもないのだ。逆に、レグルスの行為の結果が世界を破滅させるかもしれない。何故ならば神と言う存在がどれだけ人間に影響を与えているのか。それを知っている者がいないのだから。或いは、神権機の乗り手でさえ十全には知らないのかもしれない。数時間前のやり取りでカルロスはそう感じていた。
「ならば二人も俺達と一緒に――」
「いや。まだ俺の仲間がいる」
その言葉と同時に、後方から追いかけてくる魔導機士の足音が響いてきた。表情を険しくして警戒態勢に入るアレックスとラズルをカルロスは手で制した。
「大丈夫。味方だ」
木々の影から姿を現したのは満身創痍の量産型エフェメロプテラだった。あちこちに焼け焦げと、装甲が溶けた様な箇所、それに深い裂傷が刻まれている。それらの数々がここまでの激戦を物語っていた。
その内の一機が膝を着いて掌に載せていた人物を下ろした。グラムである。真っ青な顔をした彼はカルロスに目配せをすると、それっきり倒れ伏して動かなくなった。
「お、おい。大丈夫なのか」
ラズルがグラムを案じるがカルロスは軽く手を振った。
「馬車酔いだから気にしないでくれ」
馬車ではないが、それでラズルには通じたらしい。彼も魔導機士にしがみ付いて移動した経験のある男だ。グラムがどんな経験をしてきたのか察したのだろう。魔導機士の操縦席以外の乗り心地は良くは無い。
「彼らは?」
「俺が四年前から行動を共にしている連中です。ブランさん」
隊長と呼ばれる事が嫌らしいと察したカルロスが敬称を変えてそう説明する。第三十二分隊。カルロスの我儘にここまで付いてきてくれた命知らず共である。
「無事に合流できたな。カルロス」
ケビンがカルラを手伝いながら量産型から降りてくる。量産型には女性陣三名を乗せるためのサブシートが付いている。残念ながら、グラムの席はスペースの関係で設けられなかった。
「お疲れケビン。トーマスとガランも無事か?」
「死ぬかと思った……」
「ま、なんとかなー」
トーマスがグラムに負けず劣らず青い顔をして、ガランは余裕の表情を見せながらも汗を滲ませている。何時暴走するか分からない魔獣の群れの中で敵の足止め。トーマスの言葉は大げさでも何でもなかった。形だけでも余裕を取り繕えるガランは流石だった。
「グラムが撤退時に頑張ってくれた」
倒れ伏したままのグラムが腕だけを挙げて親指を立てる。本人には見えていないだろうが、カルロスもとりあえず同じ仕草を返しておいた。
少し離れた所ではクレアがカルラに泣きながら抱き着かれて不器用に慰めていた。珍しくライラとテトラも真剣な顔をしてクレアの無事を確かめていた。やっている事は服を脱がそうとすることなので今一傍から見ると真剣さが足りないが。
「追加で九人か。我々は常に戦力が不足している。歓迎しよう」
「ラズル。これだけは言っておくが……」
「言わなくても分かる。ウィンバーニ嬢へは最大限の配慮をしよう。余も、貴様に襲われたくない」
微かに漂っていたカルロスの殺気に苦笑を返してラズルはそう言った。もしもラズルがクレアに何かを強いるつもりならば実力行使に出てでもそれを止めるつもりだった。クレアを利用する相手がレグルスからラズルに変わったのでは意味が無い。
確かにクレアをレグルスの手からは救い出せた。だがカルロスの戦いはここで終わりではない。彼女の自由を確保し続ける。それは今尚継続している戦いだった。
「それでは行こう。ログニス東部……旧アズバン領に我々の拠点が存在する。一度そこに立ち寄った後、我々はハルスへと脱出する」
そうアレックスが纏めた。
この戦いで多くの者と出会った。それらの遭逢は間違いなく、今後に影響を与えるだろうとカルロスは思う。神権機、大罪機、邪神。ハルスに行ったとしてもそれらからは逃れられない。その直感がある。
「行きましょうカルロス」
「ああ。行こう」
だが今だけは素直に喜ぼうとカルロスは思う。クレアを取り戻す。カルロスが叶えたかった願いはこうして実現した。今はそれ以上に重要な事など無かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます