38 王党派

 エフェメロプテラを駐機姿勢にすると、対面の魔導機士も同様に駐機姿勢になる。肩に乗っていた全身鎧の人物は気が付くと地面に降り立ち、向かい合うように移動していた。

 

 最低限の警戒をしながら、カルロスとクレアは地面に降り立つ。この距離ならば、エフェメロプテラの遠隔操作も可能だ。いざとなればそれで制圧が可能だ。だが今回は流石にその心配はないだろうとカルロスは思う。

 

 向かいに立つ人物の鎧――アダマンタイト製のフルプレートメイル。古代魔法文明の技術で作られたリビングメイルはこの世に二つと無い至宝だ。そして膝を着いている機体。青を基調とした機体色。その構造はカルロスの義兄が使っていたガル・エレヴィオンと酷似した機体。

 そのどちらもがカルロスにもクレアにも見覚えのある物だった。

 

「ねえ。カルロス……あれって」

「多分クレアの思っている通りだ」


 魔導機士の搭乗者が近付いてくる。刈り込んだ茶髪にはほんの少し白い物が混ざり始めている。相応の年齢だったはずだが、その肉体に衰えは感じられない。その口元には心底からの笑みが浮かんでいた。

 

「久しぶりだな! 確か……カルロス・アルニカだったな」

「どうも。お久しぶりです。ブラン隊長」

「隊長はよせ……王都を守ることも出来なかった無能だ」


 アレックス・ブラン。王都守備隊第一大隊隊長であり、古式魔導機士ガル・フューザリオンを操る男。嘗てログニスの騎士だった男だ。

 王都陥落時の責任者でもあった。それ故に自責の念は人一倍強いのだろう。

 

「ログニスの生き残りがいるとは思わなかった」


 それは単純な人命の話では無く、未だログニス人であるという意味でだ。大半は頭を垂れて従属する道を選んだ。実際問題として大義となる王族すら抑えられて戦う道を選べる者は少なかった。


「我々も自分たち以外にアルバトロスに反抗している者がいるとは思わなかった」


 こう言っては何だが、カルロスがアルバトロスに面と向かって反抗していた期間と言うのは然程長くない。アレックス達――王党派がその存在を察知するのはある人物の助力が無ければ厳しかった。

 

「全くだ」


 そう言いながら寄ってきた鎧の人物。やはり覚えのある展開機構で装甲が開き、内部から姿を見せたのは――見覚えの無い人物だった。冷静に考えればあんなのがここにいるはずがないとカルロスの中の冷静な部分が告げている。

 

「コーネリアスから貴様が一人で帝都に乗り込もうとしていると聞いた時は耳を疑ったぞ」


 そう言えばフィンデルから出る前に、コーネリアスには帝都行きの事を伝えたのだったとカルロスは思い出す。良いタイミングでこの二人が帝都に現れたのはその情報を得て来たのだという事は分かった。

 

「まさか帝都の中にまで突入してウィンバーニ嬢を奪還したというのには更に驚かされたがな」


 まるで既知の様に話しかけてくる相手にカルロスは困惑する。この男はいったい何者なのだろうかとカルロスは首を捻る。茶髪の長髪の男。中々の美丈夫だ。一度見れば早々忘れる事は無い風貌だった。

 そんなカルロスに気付いたのか。アレックスが手を打ち鳴らした。

 

「ああ、若。アルニカは若の事が分からないのでは?」

「何? 会ったことがあるぞ?」


 あるのか、とカルロスは記憶をフル回転させる。全く覚えがない。流石に窮地を救ってくれた相手の事を忘れているのは体面が悪い。いや、どことなく見覚えはあるのだが。そこでクレアが何かに気付いたように息を漏らした。

 

「もしかして……」

「ああ……お久しぶりですウィンバーニ嬢。相変わらずお美しい」


 その気障ったらしい物言いは、彼の容姿に似合っていた。確かにカルロスの中にもその言い回しに覚えはある。どことなく記憶の琴線に触れる物はあるのだが正解に辿り着けない。もどかしさを覚えていたカルロスに、堪えきれないという様にアレックスが笑った。

 

「アルニカ。若の名前はラズル。ラズル・ノーランドだよ」

「ああ、なるほどラズルか……ラズルだと!?」


 有り得ないと叫ぶ声は流石に堪えた。ラズルと呼ばれた男は何だ気付いていなかったのかと言いたげに肩を竦める。

 

「決闘までした仲だというのに……確かにちょっと痩せたが」

「ちょっとじゃない!」

「ああ。やっぱり……以前に見た若い頃のアルド公爵にそっくりだもの」

「それは今の余にとって最高の褒め言葉ですウィンバーニ嬢」


 そう言われているクレアも満更ではなさそうな顔をしている。カルロスでさえ、その言動が似合っているなと感じてしまったのだから。だがちょっと面白くない。一歩前に出てラズルの視線からクレアを隠すようにする。

 しかし、と改めてラズルの身体を見つめる。嘗ての球体の様な脂肪はどこにもない。十分以上に鍛えられた肉体は完全に戦士としての物だ。これ、優秀だと言われている弟ではないだろうかとカルロスは真剣に悩む。

 

「我々はログニス王党派。正統なるログニス王家の血筋がログニスの地を統べるべきと言う思想の元に戦う者達だ」


 逸れた話をアレックスが軌道修正した。確かにラズルの驚異のダイエットには興味があるが、今はもっと話すべき内容がある。

 

「王党派……つまりは抵抗勢力か」

「まあ今となっては虫の息だがな」


 先日、チリーニ侯爵領で行われた戦いで壊滅状態になった事をラズルは手短に説明した。実働戦力も乏しく、今のままでは立て直しも困難である事。そう言った諸々の内情を語る。

 

「故に我々はハルスへの脱出を計画していた」

「亡命か」

「幸いと言って良いのか。そのチリーニ侯爵領の戦いでチリーニ侯爵軍も壊滅状態だ。こっちも奴の船は叩いてきたからな」


 だからこそ脱出の余地があるとラズルは説明した。今のままでは滅びる以外に道が無い以上、その選択は間違いではないだろう。彼らの決断に関わっていないカルロスが文句を付ける事は出来ない。

 

「そのタイミングでアルニカ達と合流できたのは天啓だ。我らと共にログニス再建に手を貸して欲しい」

「……狙いは、俺達の技術か?」

「誤魔化しても意味が無いからな。はっきりと言うがその通りだ。父から聞いている。二人があの量産型魔導機士開発の中心人物だったと。ならば再現が可能の筈だ。アルバトロスとの戦力差は年々広がっている。それを埋めるには……我らも量産型魔導機士を手にするしかない」


 この件に関して、カルロスは既に答えを決めていた。故に彼は背後の人物に振り向いた。

 

「俺はもう決めている。クレアはどうする?」

「その前に聞かせてラルド。パパはどうなったの?」


 クレアの父親。レクター・ウィンバーニ公爵。最もアルバトロスから離れていた位置に領地を持っていた彼は、本来ならば抵抗勢力の中心となっているはずだった。だというのにその名がここに至るまで出てこない。

 

「……レクター様は、二年前に亡くなられた。我々を逃がす為に囮となられた」

「そう……」


 そう呟いてクレアは押し黙った。表情に変化はない。だが何も感じていない訳では無い事は、一筋流れた涙が証明していた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る