37 敵と味方

「追撃隊を組織する。カグヤ! 動かせる部隊を挙げろ!」

「無理です、殿下。現在帝都の守備隊、並びに親衛隊は約40%が機能を喪失しています。残りの60%も大半はすぐに動ける状態ではありません」

「くっ……それ程か」


 初めて聞いた最終的な自軍の損害。その余りの大きさにレグルスは愕然とした。一夜の戦闘でそれ程の損害。

 

「……魔獣の群れはどうなった?」

「9割は叩きました。残りの1割は方々に散った様です。目算になりますが、最終的な数は中型魔獣が3000体近く。大型魔獣が100体程でした」

「そのいずれもがアンデットだったと」

「全てを確認した訳ではありませんし、死体となった今では確認の術もありませんがそうだったようです」


 カルロス・アルニカの実家は死霊術を学ぶ血筋だという報告は受けていた。だが現当主でさえ、使役できるのは小型魔獣が十体程度。それ故に死霊術と言う物への警戒が下がっていた。だが――まさかと言う思いがある。

 

「人間一人でこれだけの魔法を扱える物なのか」


 ある意味でこの群れの使役と言うのは大罪法よりも影響力が大きい。はっきりと言えば、こんな群れが無ければカルロスはレグルスの前にまで来ることは無かっただろう。

 握り締めた拳が白くなる。噛み締めた歯が割れる音がした。

 

「……認めよう。カルロス・アルニカ。貴様を生かして利用しようとした事。それが失策であったと」


 有無を言わさずに殺すべきであった。その機会はあった。己の手で首を刎ね、息の根を止めておくべきだったと悔いる。大罪機、そして神権機。その両方の力を得た機体――エフェメロプテラ。それと合わせて大陸の歴史を紐解いても常識はずれな程の魔法を扱える実力。危険な存在となった。

 

「国境線の部隊と各地の関所に通達。カルロス・アルニカの機体の特徴を伝えろ。決して通過を許すな」

「お言葉ですが殿下。国境と関所の守備隊の装備はアイゼントルーパーです。厳しいかと……」

「分かっている。だが楽をさせてやることも無い。帝都守備隊の補充はフィンデルから急がせろ」


 国内で最大規模の魔導機士生産量を誇る工業都市から補充の機体を用意する。機体はそれで何とかなるが、減った搭乗員はどうしようもない。しばらくは質の低下を避けられないだろう。

 

「東征に影響が出るな」

「少なくとも一年――下手をしたら二年は遅れるかと」

「痛いな」


 電撃的な侵攻。それが基幹戦略だった。相手が対抗手段を整える前に攻め滅ぼす。そうなれば厄介なのは龍皇と神権機だけだった。大和もハルスと言う東方を二分する大国。それらとて魔導機士が量産できていなければ敵ではない。オルクス以外の三国と同時に戦争をしたとしても勝算はあった。

 

 カルロスが新式魔導機士の技術をばら撒いていたとしても、問題は無い。他国にもかつてのログニスと同じように、アルバトロスのシンパが浸透しつつある。それらからの報告では現状、新式魔導機士の量産を行っている国は存在しない。与えられた技術を理解し、扱えるようになるには時間が必要だった。アルバトロスにはまだその数年分のアドバンテージが存在する。


 だがそれとて時間が経てば経つほど狭まっていく。何しろ他国にはアルバトロスと言う手本があるのだ。常に未開を切開くアルバトロスの後追いをするだけでも進歩の速度は早まる。

 

 そしてグラン・ラジアスの損傷。一朝一夕に直せる物では無い。

 

 国家戦略に修正を加える必要があった。これほどの損害を受けたのはレグルスの記憶の中でもそうはない。

 

「現在奴はログニス王党派と行動を共にしていると思われる。帝都から貴族の子弟が拉致されたという報告は?」

「ありません。王族を幽閉している城からも報告は上がっていません」

「ふむ……王党派と連携していた訳では無い様だな。そこは不幸中の幸いか」


 今回の襲撃はカルロスとその仲間による物だったのだろうとレグルスは判断した。王党派と連携を取っていたのならば、相手に大義名分を奪われてしまったかもしれなかった。

 

「……クレア・ウィンバーニの死亡声明を出せ」

「よろしいのですか?」

「カルロス・アルニカによって殺害された事にする。少しは動きにくくなるだろう」


 少なくとも、これで相手がクレアを担ぎ出そうとした際に牽制になる。人間先に言われた事を信じたくなるのだ。民衆を巻き込んだ反乱を起こされては溜まった物では無い。抑止の為に民衆へはもう少し飴を与えるかと検討する。

 

「帝都の部隊の再編を急ぐぞ。完了次第、カルロス・アルニカの討伐隊を編成する。決して逃がすな」


 或いは、とレグルスは思う。最大の障害と成りえるかもしれないと。

 

 その瞬間こそが、レグルス・アルバトロスがカルロス・アルニカを敵と認識した時だった。

 

 ◆ ◆ ◆

 

 帝都から夜が空けるまでの一時間を駆け続け、街道から外れた森の中に潜伏するエフェメロプテラの中でカルロスは安堵の息を吐いた。追手の気配はない。振り切ったのか、或いは相手に追う程の余裕が無いのか。いずれにせよしばらくは後方を気にしないで良いだろう。

 

「クレア……」


 そこでカルロスは漸くクレアの顔を真正面から見つめる事が出来た。四年ぶりに見つめた彼女の顔。変わったようにも思えるし、そうでもない様に思える。ただもう一度見る事が叶った。その事に万感の思いが胸に溢れる。

 会う前に感じていた不安など消し飛んでいた。今はただただ喜びに溢れている。

 

「カルロス……」


 クレアもカルロスの顔を見つめた。ずっと会いたいと思っていた相手だった。この四年間何度その想いを支えにしてきたか分からない。

 ――恨んだ事だってある。完全な逆恨みだったがカルロスがいなければ自分はこんな目に合わなかったのにと思った事は四年の間に幾度かあった。だがその度に思うのだ。カルロスが居なければ人生はもっとつまらない灰色だっただろうと。

 二人を隔てているシートの距離がもどかしいとクレアは思った。そんな事を感じたのは初めてだった。もっと距離を縮めたい。

 

 嗚呼、自分は今冷静じゃないなとクレアは自覚していた。きっとこれは吊り橋効果だとか何か色々な心理学的な錯覚が併発しているんだと我が事ながら可愛げの無い思考が頭の中をぐるぐるとまわっていた。

 同時に、カルロスから動いてくれないだろうかと乙女回路が妙な演算結果を出していた。この場での最適解を導き出すべくフル回転している。

 

 クレアの天才的な頭脳が導き出した答えは……目を閉じる事だった。これで正解の筈。乏しいクレアの知識が正しければ、の話だが。

 

 それに動揺したのがカルロスの方だった。しばし困ったように右腕を彷徨わせ、クレアの頬に添える。肌に触れた瞬間、クレアは微かに震えたが、目を閉じたまま動かない。意を決した様にカルロスはクレアに顔を近づける。その距離がゼロになる。その瞬間に。

 

 エフェメロプテラの機体を叩く音に二人はびくりと肩を震わせる。見ればエフェメロプテラの肩にしがみ付いていた黒い鎧姿の人物がエフェメロプテラの頭部をノックしていた。まさか中の光景が見えていた訳では無いが、何となく気恥しさから二人は目を逸らす。

 

「まずは、あいつらと話さないとな!」

「そうね。まずは話をしないとね!」


 不必要な位に大声を出して先ほどまでの空気を払しょくする。そうして二人は機体の外へと出るのだった。

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