21 神の影
「まずは大罪機について説明しようか」
レグルスの発言には信じられる要素が微塵も無い。はっきりと言ってしまえば狂人の妄想の類にしか思えない。だというのに耳を傾けてしまうのは、串刺しになった異様な存在が足元にあるからか。少なくともその存在感は無視出来る物では無い。
「我々の理解では大罪機はオルクス神権国に存在する神権機へのカウンターとして用意された存在だ。どういった条件かは不明だが、通常の魔導機士が変化して生まれる。そうして生まれた大罪機は並みの古式を軽く凌駕する機体と変貌している……」
「何よそれ。有り得ない。一体どんな理論があってそんな――」
「それこそ神の力だろうよ。いや、邪神の力か」
邪神の下りでレグルスは足元に視線を向けた。クレアもつられて視線を落とす。確かにあの禍々しさは邪神だろう。
「我々人間には理解の及ばない存在であることは確かだ。アルバトロスが大罪機を手にしてから二十年近く。研究を続けても未だに取っ掛かりの一つも掴めていない。そんな状態だから修復が行える人間も少ない。高い創法の位階が必要でな。我々が貴様に求めているのもそれだ。」
「……続きは?」
「そうだな。話が逸れた。生まれ落ちた大罪機は大抵は神権の破壊を目指す。より正しくはオルクスの神権機を、だが」
「神権機ね……御伽噺の存在だと思っていたのだけれども」
「実在する。御伽噺の方がいくらか控えめな程に出鱈目な連中だ」
クレアは遠い昔に乳母から聞いた世界創世の神話について思い出す。神権機はそこで神の使徒として出てきた存在だ。確か、剣の一振りで大地を切り裂いただのの話が残っていたはずだ。
それが控えめとなるとスケールが大きすぎてクレアも理解が追いつかない。
「連中に向かって生き延びた大罪機は存在しない。だが、逆に奴らに向かっていかなかった大罪機は生き延びる可能性が生まれる。それも神権使い共が見つけ出して破壊されることが殆どだが……大国が保有した場合は何故か手出しを控える」
「どうして? 話を聞く限りじゃそれこそ大陸を統一できそうな戦力で躊躇う理由も無いと思うのだけど」
「神権機には何らかの縛りがあるらしい。その内の一つは大量虐殺の禁止だと睨んでいる。それが直接的であれ、間接的であれ一度に大勢死ぬことを避けているように見えた」
レグルスは過去の経験からそう答えた。もしもそのよく分からない縛りが無ければクレアの言った通り、オルクスによる大陸の統一も無謀な夢ではないだろう。
「そうして存在を許された大罪機はこの大陸にも幾つか存在する。アルバトロスの……いや、余が欲しているのはそれだ」
「話を聞く限りでは強力な機体の様だけれども……正気? そんな物の為に大陸に戦乱を撒き散らすつもり?」
「一時的な物だ。余の最終的な目的は……この大陸から争いを無くすことだからな」
「夢物語よ。本気でそれを望んでいるのなら、武力では無く、対話で糸口を探すべきだった」
「もうやったさ」
そう言って笑うレグルスの表情には諦念が色濃い。ゆっくりと首を振るその姿は一気に老け込んで見せた。その時になってクレアは目の前の男が自分よりも一回りは年上だという事を思い出した。
「内乱が終結後、内密ではあるが各国の王にこの神の欠片について情報を提供した。鼻で笑われたさ。そして仮に信じて貰えたとして、対話で大陸が統一されたとしても、争いは無くならない」
「それでも力尽くよりは可能性があると思うのだけれども」
「いいや。無理だ。何故なら……神の欠片は人の意識に影響を与える。戦乱を巻き起こそうとする。兄上もそれに侵された。無用な諍いが連鎖的に広がったのがアルバトロスの内乱だ。人龍大戦以降の幾つかの争いには欠片の影響による物が見られる。その時にはあんな魔導機士形態にまで顕現はしなかったようだが」
後出しで情報を与えられているクレアは段々とイライラしてきた。元々こんなストレスのたまる生活をしていた事もあって、今のクレアの忍耐力は最底辺だ。カルロスがいたらネチネチと|苛めて(あいして)ストレスを発散するのだがそれも出来ない。
「結論を言って貰えるかしら」
「……そうだな。話が長くなるのは余の悪い癖だ」
はっとしたような表情。そしてどこか寂しそうな笑み。別にその程度で絆されたりはしないが、僅かに気になる。何故そんな懐かしそうな顔をするのだろうかと言う疑問。
「全ての元凶は邪神――少なくともそう呼べるだけの高位の力を持つ何かだ。遥か太古に神と使徒たる神権機に封じられ、それでもまだ諦めずにこの大陸に現れようとしている存在が神の欠片と大罪機の背後にいる」
「本当は驚くべきなのでしょうけれども、今一驚くタイミングを逃した気がするわ」
「そいつは羨ましいな。余達はこれを知った時はしばらく何も出来ないくらいに驚いたぞ。話を戻すが、邪神を封印したのは神権機だ。神権が全て失われれば邪神の活動を阻害する物はいない。大罪機はそのために邪神が加護を与えた存在だ。そして神の欠片。こっちは逆に神権機の封印を無視して復活するための魔力収集装置だ。戦乱を巻き起こし人の魂を吸い上げ、土地の魔力を吸い上げて邪神に送る存在。その二つで邪神はこの大陸に舞い戻ろうと画策している」
人の魂、と言うワードにクレアはカルロスを連想した。彼の実家は死霊術師の大家だった。何か関係があったのだろうか。今となっては知る事の出来ない情報だ。
「それと大罪機を集めているというのはどう繋がるのかしら」
「この世界は言ってしまえば邪神と神の喧嘩に巻き込まれている」
「……まあ確かにそうかもしれないわね。その話が本当ならば、だけれども」
「俺はそれが許せない。人間以外の化け物の手で人間が争って殺し合うなど……ふざけるな。神とやらがどれだけ力を持っているのかは知らないが、この世界は俺達の物だ」
その熱のこもった言葉でクレアは理解した。レグルスの真の目的を。
「神を殺す気?」
「そうだ。邪神も、神も。上から目線で俺達に力を与えてくるような迷惑な存在にはこの世界から退場して貰う。争うにしても人の意思で人だけで争う時代を作り上げる。神なんて余計な色が無くなればそれだけで争いが無い、平和な時代が来るかもしれない。俺達の目指す場所はそこだ」
「可能なの?」
「可能だ。神権機と大罪機はベクトルが違うだけでほぼ同一の存在だ。神の欠片にも大罪機の攻撃は通用した。大罪機があれば不完全な邪神なら倒せる」
「神権機を狙わないのは何故? 同格と言うのなら、神権機もあって損はないと思うのだけれども」
「……あれは駄目だ。決して俺達とは相容れない」
全ての話が事実だとするなら、まだまだ疑問は山ほどある。更に問いを重ねようと口を開きかけたクレアを制したのはレグルスの手の平だ。
「これ以上は我々の同志とならない限りは話せない。ここまで明かしたのはこちらの誠意だと思って貰いたい」
「誠意? だから拉致したのを許せと?」
「さっきも言った筈だ。許しを請うつもりはない。だが、俺達の理想に共感したのならば手を貸せ」
そうして、レグルスは再度問いを投げかけた。
「さて、改めて聞こうか。我々に協力しろ」
「……答えは変わらないわ。カルロスと一緒じゃないと出来ない」
それは拒絶の応え。だがクレアにも分かっていた。レグルスを許す事はない。大層な御託を並べていたが、自分の手の届かない存在に生活を滅茶苦茶にされたという点ではレグルスも邪神も大差ない。だがそれが、大陸全土の人間の上に降りかかるのだとしたら。
止めたいと。そう義憤に駆られた事を否定はできない。
だが、自分一人では不可能だとも思った。だからこそ、クレアは求めたのだ。何時だって屈託なまでの前向きさで未知に挑んでいた憧れの人。連いて行くだけで手一杯だった想い人の存在を。
彼と一緒ならばどんなことだって出来ると無条件に信じながら。
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