20 神の欠片

 カルロスが窮地に立たされる約一時間前。外城壁での戦闘が始まった時、クレアは浴室に居た。

 

「ふう……」


 ゆったりとお湯に浸かり、溜め込んだ息を吐くクレアの表情。そこにはここ四年この場以外では見せることの無い緩んだ物が見える。浴室以外には常に従者と言う名の監視の目がある。完全に一人になれる空間と言うのはここだけだった。

 

 白い湯が張られた浴槽はクレア一人では持て余す程に広い。彼女がいまいる場所はアルバトロス帝国皇帝の後宮。現皇帝が病に伏せ、起き上がることも出来ない今、有名無実化した空間だ。その秘匿性と閉鎖性を利用して、レグルスはクレアの軟禁場所にここを選んでいた。後宮の一角に存在する屋敷がクレアに与えらえた自由の全てだった。

 

 口元を湯に付け、吐き出した息の泡が弾けるのを見やる。

 

 考えるのは二週間ほど前にレグルスから聞いた話の事だ。

 

 ◆ ◆ ◆

 

「ならば天地を引っ繰り返してやろう」


 そう言ってレグルスは何でもない事の様に言った。

 

「今から約十四年前。アルバトロスの内乱末期の事だ。こいつが帝都近郊に出現した」

「出現って、また妙な言葉を使うのね」


 まるでいきなりそこに現れたかのような言い方にクレアは思わず突っ込む。その言葉にレグルスは皮肉気に口元を釣り上げた。

 

「実際、そうとしか言えないからな。戦場のど真ん中。我々反乱軍と第一皇子派が率いていたそれぞれの魔導機士がぶつかり合う中に忽然とこいつは現れた」

「単にアンタたちが間抜け揃いだったってだけの話じゃないのかしら」


 刺々しいクレアの言葉にもレグルスは余裕の表情を変えない。その顔に無性に苛立ったクレアはやや語気を強めて話を促した。

 

「それでこいつが何だっていうのかしら。今の所私が聞かされているのはアルバトロスの間抜け話だけなのだけれども」

「そうだな。ならば話を進めよう。アルバトロスの古式が内乱前に何機あったか知っているか?」

「……確か、四十機程度だったかしら」


 現存していると言われる機体が百五十機程度。その時点でアルバトロスは四分の一以上を保有していた大国家だったのだ。

 

「正確には四十一だな。ならば今は?」

「……十八機」

「正解だ」


 その差は二十三機。それ故にアルバトロスの内乱は激しい物だったと言われているのだ。通常魔導機士――当時は古式のみでその希少性は更に高かった兵器を使い潰す様な事はしない。どの国も運用時には必ず持ち帰る、奪われない。その二つを主眼に置いている。そして相手にするときには破壊しすぎない。再利用可能な状態に留めるという事も。

 

「あの内乱が地獄だった事は否定しない。死傷者の数は当時のアルバトロスの人口の一割だ。大地が血で真っ赤に染まったというのを比喩では無く見たこともある。だが――それでも余も第一皇子も魔導機士を無駄に減らす事だけは避けていた。内乱が終わった後の事もまあ、一応は考えていたのだ」


 魔導機士が減じれば他国に隙を見せる事になる。第一皇子も、レグルスもそこを気にしていた。彼らはどちらも亡国アルバトロスを得ようとは思っていなかったのだ。

 

「破壊された二十三機の内、十九機はその最後の戦いで破壊された」

「……え?」

「この下にいる奴……あの一機を封じ込めるためにそれだけの魔導機士が代償として必要だった」

「ちょ、ちょっと待って貰えるかしら。たった一機に十九機がやられた?」

「いや、違う。やられたのは三十九機だ。その内修復可能だったのが約半数だったというだけの話だ」


 淡々と語られる事実にクレアの頭の中は常に無い程に混乱していた。実質、たった一機で三十九機が撃墜されたという事実。それだけの被害を一度に出したのは御伽噺に足を突っ込んでいる人龍大戦時以外には無い。

 確かに、それは恐ろしい機体だろう。だが――。

 

「それがどうしたというのかしら」


 結局それに尽きる。確かに驚きの事実だ。そんなに強力な魔導機士――かどうかは分からないが、兵器の存在は身近に感じたアルバトロスからすれば脅威だっただろう。

 その程度で天地がひっくり返るというのは無い。そんな物に蹂躙された事は気の毒だとは思うが、クレアからすれば今目の前にいる男がその蹂躙者だ。平穏をかき乱された事への納得には至らない。

 

「こいつが出現した理由は未だに確定していないが……推論は立てられた。人龍大戦以前の古文書を漁って漸くな」

「古代魔法文明……?」

「その当時の資料から、古代魔法文明の崩壊。その後の神権の喪失にはこいつと大罪機が関わっている事が分かった」


 大罪機、と言う単語にクレアは反応した。初めて聞く名前だ。魔導機士に関わる物だろうかと彼女の嗅覚は告げている。

 

「これは……いや、こいつらは。特定の条件さえ満たせば大陸中どこにでも現れる」

「っ! だから何だっていうのかしら!」


 回りくどい言葉にクレアが遂に爆発した。

 

「どんな大層な理由があるかは知らない! でもアンタが何を言おうとしているかは分かる! だから自分は悪くない、でしょう!? そんな言葉、聞きたくも無い!」

「いいや、余は自分が悪くないなどとは思っていない。むしろ、事が済んだら然るべき手順で断罪して欲しいと思っている」

「だったらここから飛び降りればいいんじゃないかしら? 頭から行くのをお勧めするわ」

「生憎だがまだやるべきことが残っている。さっきも言ったが、こいつらは神の欠片だ。顕現するには多量の魔力を必要とする」


 そこでレグルスは言葉を切った。

 

「こいつが出現した帝都周辺から半径五十キロ圏内。そこに埋蔵されていたエーテライトが全て消失した。こいつが全て魔力に変換し、取り込んだとみて間違いない。移動したらその分が消失した。分かるか? こいつを放置すればいずれ大陸内のエーテライトが枯渇する」


 アルバトロスがログニスに侵攻した理由。その原因の一つがこの神の欠片によるエーテライト消失だった。その為の手段として量産型魔導機士を求めたのであり、それを考えると今足元にいる存在は間接的ではあるがクレアの敵でもあった。

 

「一度出現しただけで古式魔導機士四十機が撃退されるような相手だ。あの時、対抗できたのは大罪機と呼ばれていた機体だけだった」

「大罪機……」

「そしてその大罪機こそがわざわざ手間をかけてお前を拉致し、協力を求めていた理由でもある」

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