16 再度の因縁

 カルロスはエフェメロプテラを慎重に進ませる。場所は既に帝都ライヘルの外城壁の中。

 

 外の魔獣たちは全て囮。城を落とせるほどの戦力を陽動として、夜闇に紛れたエフェメロプテラは帝城を目指す。既に平民区と呼ばれる区画を超えて、内城壁の側にまで接近していた。魔獣群と合流した際にジャイアントカメレオンの表皮を補充して迷彩能力は取り戻している。

 だが今度こそ打ち止めだ。次に損傷を負ったら修復できるだけの数の素材が無い。このまま無傷で終えられれば逃走時にも使えるが、一度でも交戦したら敵に追われながらの撤退戦となるだろう。

 

「……順調だな」


 今の所誰にも見つかっていない。元より、警備の薄い個所を狙って抜けて来たのだからそうでなくては困る。ジュリアから得た情報も正しい。周囲に魔導機士の影は一切ない。

 

 否。

 

 増設された部品――グレイウルフの嗅覚を再現するために鼻を中心にして作り上げた魔法道具だ。同調させると周囲の匂いで鼻が曲がりそうになるが、贅沢は言っていられない。今現在、これは唯一無二の価値を持つ装備なのだから。

 

 市街地には似つかわしくない鉄と油の匂い。エフェメロプテラを建物の陰に潜り込ませる。エーテライトの残量を確認する。今回は補充手段も用意した。

 この辺りは内城壁――つまりは貴族街に近い。比較的裕福な人間が住むこともあって周囲には背の高い建物が乱立している。解析を重ねたエーテライトアイで見れば強度も十分だ。

 

 相手は身動ぎ一つしない。エフェメロプテラを発見していないのか……或いは確実に誘い込んで落とすつもりなのか。どちらであってもカルロスのやる事は変わらない。

 

 相手が的になってくれているのだ。喜んで打ち抜くべきである。

 

 建物の陰から機体を踊りだす。既に迷彩は解除し、精製魔力を全て戦闘に回している。魔導炉は促進用魔法道具も全力運転で最大出力をキープしている。ここで全て仕留める心づもりだった。

 

 水撃、砂螺旋、ワイヤーテイル。エフェメロプテラの持つ遠隔攻撃が同時に解き放たれる。完全な静止状態で偽装を施していたエルヴァートが三機、成す術も無く機体中心に損傷を負った。内二機は当たり所が悪かったのか、倒れ込んだまま動かない。

 その倒れ込んだ機体に巻き込まれた運の悪い一機を地面から生み出した土の杭で貫きながらエフェメロプテラが跳躍する。建物の壁を蹴って更に高く。

 

 未だ驚愕から抜け出せずに動かずにいるエルヴァートの頭部に宙返りをしながらの踵落とし。頭部を叩き潰す。

 

 そこで漸くエルヴァート部隊が正気を取り戻した。二十三機居た内、既に五機が損傷を負っている。そして最後の一機。

 

「流石ですね、先輩!」

「またお前か、アリッサ!」


 フィンデルで置き去りにしてきたと思っていたが、向こうも帝都にいるとは嫌な偶然だとカルロスは思った。思って即座に自分の考えを否定する。偶然な訳がない。アリッサが親衛隊、レグルスの配下だとしたらここにいるのは何の不思議でもない。

 

 エルヴァリオンが細剣を抜き放って鋭い突きを放ってくる。市街地ではクロスボウは気軽には使えないのだろう。前回の戦闘時とは打って変わって近接用の装備だ。

 

「あれで殺せるはずはないって信じてましたよ先輩! だから、だから早く。私を殺してくださいよ、先輩! 私が殺してあげますから!」

「生憎だが、お前に殺されるつもりは、ないっ!」


 その突きをワイヤーテイルによる機体の牽引で避ける。跳躍を組み合わせる事で通常の倍以上の高さをエフェメロプテラが舞う。

 

 この市街地を戦場に選んだのはカルロスにとっては追い風であり、アリッサに取っては向かい風だっただろう。

 遮蔽物が多く、民家への被害を考えればクロスボウは使えない。帝都の道幅が広いとは言っても魔導機士が隊列を組んで行進できるほどではない。一対一、或いは一対二程度ならば作り出せるが数を頼りには出来ない。

 更には足場となる建物が多い事でエフェメロプテラは本領たる三次元近接格闘を展開できている。

 

 本来ならば前回の様に平地で待ち受けるのがアリッサ達親衛隊にとってはベストだった。だが防衛と言う観点から不本意な戦場での戦闘を余儀なくされていたのだ。

 

 その不利はアリッサも感じているのだろう。徐々に口数が少なくなっていき、それに比例する様にエルヴァートの数も少なくなっていく。

 

 エルヴァートの近接能力はアイゼントルーパーよりも高い。だがそれでもエフェメロプテラと比較するには厳しい物がある。元より偽装からのクロスボウの一撃で仕留める。それがコンセプトにある以上高い格闘能力は不要だったのだろう。その結果、細剣による刺突はエフェメロプテラの右腕の革を貫くことも出来ずに、返す左腕の爪で切り裂かれている。

 地竜の革は確かに頑強な素材であったが、ここまで強度のある物だったかとアリッサは訝しむ。

 

 ワイヤーテイルがここではエフェメロプテラに翼を与えている。クレイフィッシュと違って両手が空いた状態で空を跳べるのだ。水撃と爪による一撃。遠近織り交ぜた多角的な攻撃はエルヴァートをしても防戦一方にする。

 

 七機目が撃墜された時に、エルヴァート部隊は素早く後退を始めた。だがここで逃がす事は出来ない。体勢を立て直されたら後々に不意打ちを受ける可能性がある。ここで削り取るとカルロスは後を追った。そこでカルロスは失策を悟る。

 

「なるほど……帝都はお前たちの庭だったな」


 開けた空間。内城壁の城門前の広場。ここならばクロスボウの流れ矢もそこまで気にしなくても良い。広さがあり数の利が活かせる。そしてエフェメロプテラの縦の動きを制限できる。

 エルヴァート部隊が細剣を投げ捨ててクロスボウを構えた。

 

「撃て」


 号令の元ボルトが飛来する。視界の開けた空間ではその偏差射撃は驚異的だ。避けようにもそのスペースにもすでにボルトが置かれている。下手に動くと回避しなかった場合よりも多くの矢を浴びせられることになるのだ。

 

 右腕を盾にしながらカルロスは前に出る。伏兵はいない。ならば強引にでも近寄って仕留める。

 

 エフェメロプテラの瞬発力は高い。高魔力を活かす複数ストリング式によって高い機体出力も確保している。相手の数も減っており、損傷も多い。初戦の様に正確無比な射撃は望めない。更にはこの場。一見すればアリッサ達第三親衛隊が有利に思えるが、一点平野とは違う点がある。それは当たり前の話……広さだ。

 市街地の中の広場。接近されても後退するスペースは無いし、元々距離も取れていない。多少有利は消えたが、未だここはエフェメロプテラの狩場(フィールド)だった。

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