15 ヘズンの信念
「……古式か? いや。違うな」
ヘズンは眼前に展開した三機の魔導機士(マギキャバリィ)を睨んで一人ごちる。ワンオフの気質が強い古式ではここまで同一の外見にはならない。
複眼型のエーテライトアイは動体検知に長けているだろう。漆黒の装甲は軽量化を目的としているのか、薄く仕上げられている。全体的に長い手足は機体のバランスを崩し――結果として動的移動に長けた重心配置となっている。そんなアイゼントルーパーとは一線を画した外観の魔導機士が三機。
古式の不思議な所である。コアユニットを除いた機体は現在の人間が作り出した物だ。理屈の上では外観が完全に同じになってもおかしくは無い。むしろ生産性などを考えればわざわざ変える必要はない。だというのに古式が多様な形状、色彩を持っているのは何故か。
答えは簡単だ。古式のコアユニット。それ自身が創法で己の機体と認識している形状に無理のない範囲で加工するのだ。
その結果で似通った形状になる事があるが、それはコアユニット自体も同系の形質を持っているに過ぎない。例えば兄弟機だったり、同じ系譜に連なる機体だったりする。
そうした事を踏まえれば、今目の前にいる機体は何なのか。同一形状の古式。三機以上の同じ枠に含まれる古式と言うのは今でも名が残っている様な機体ばかりだ。機体を載せ替えても形状が似通う古式ならば、外観から相手の素性を辿る事も出来る。だが初見だ。そう考えると答えは一つだ。
「他国の新式か……思ったよりも早かったな」
アルバトロスがこの世に新式の魔導機士を晒して約二年。その短時間で他国がその技術を盗み出した。或いは、とカルロス・アルニカの生存を知っているヘズンは別の想像をした。カルロスが他国へと技術を流した。
「東征……やはり急ぐ必要があるな」
残念ながら、ヘズンの想像は外れである。今ここにいる三機の魔導機士はカルロスが最初期のエフェメロプテラの外観を元に作り上げた新式だ。まさか、個人で魔導機士を量産する様な存在がいるはずがないという至極常識的な考えでは予測も出来なかっただろう。
流石に魔導機士の行き交う戦場で生身の人間が殴り掛かっても蹴飛ばされて終いである。何らかの対抗手段が必要だった。
それがテトラとグラムの対魔導機士魔法『スティングレイ』であり、カルラとライラの用意した対新式用のエーテライトアイ破壊の魔法道具だ。
そして、騎士科三人に用意したのはこれである。
カルロスが手掛けた軽量且つ近接格闘機能を強化した対魔導機士戦闘魔導機士。本来のカルロスの理想とは真逆に位置する機体だ。銘は無い。結局カルロスが良い名前を思いつけなかったのだ。単に量産型エフェメロプテラだのプテラだの好きなように呼ばれていた。
「気を付けろよ。カルロスのリビングデッドは俺達を襲わないとは言っても踏みつぶしたり、狙いが逸れて攻撃が来ることはある」
「分かってるって。たいちょ」
「今の俺は隊長ではないのだがな……まあ良い。行くぞ! あの古式をここで足止めする!」
討つ、と言えないのは単純に量産型プテラの性能がそこまで高くないからだ。あくまでカルロスの中の魔導機士ベースは試作一号機と二号機だ。そこからカルロスの思いつく限りの改良を施したが、アルバトロスと言う国の考える力には及ばない。残念ながらアイゼントルーパー以上、エルヴァート未満と言った性能だ。
オリジナルのエフェメロプテラはカルロス有っての欠陥機だ。ケビン、ガラン、トーマスの三人に同じ機体を渡したとしても満足に動かせないし、そもそも渡すことも出来ない。
対するはヴィンラード。強力な古式である。アルバトロスの古式は新式の技術をフィードバックして機体本体も強化されている。この状況で様子見も無いだろう。カルロスがテグス湖のほとりで拮抗できたのはヘズンが試作一号機の性能を見極めようとしてたのも要因の一つだ。
現状では三機掛かりでも油断の出来る状況ではない。
三機それぞれに長剣を構えながらトーマスはぼやく。
「早く来てくれよ、カルロス……」
「来るぞ!」
ヴィンラードが大鎌を振るう。今回は最初から手加減抜きだ。機法による雷撃を纏った一撃を三機は散開して躱す。
「しっ!」
短い気迫と共にヘズンが機体の腕を振るった。そこから伸びるのは細い糸。機体に付着したと思った瞬間にはガラン機に雷撃が奔った。
「がっ!」
「ガラン!」
ケビンがフォローに入る。投擲用の短剣――と言っても人間に換算すれば大剣を遥かに超えるサイズだ――を投擲して付着した糸を断ち切る。電流から解放されたガランは大きく息を吐く。
「助かったぜ」
「気にするな……しかし今のは面倒だ」
目視では見落としそうになるほどの細い糸。それでいながら簡単には切れないだけの強度を持っている様だ。少なくとも機体を捩った程度では解放されなかった。
雷撃の機法は狙いが付けにくいという欠点があった。より流れやすい物体が存在すればそちらに逸れて行ってしまうのだ。それを避けるには直接触れるか導線を用意する必要がある。以前は鎖だった。だが今度は繊維質の強靭な鉄糸だ。
ヴィンラードの動きは止まらない。腰に下げた円状の刃――チャクラムを手に取り、指先で回す。その回転数が高まるほどに、それが徐々に赤く輝いて行く。強制的に帯電させられた結果赤熱化しているのだ。十分な回転と雷が乗ったチャクラムが闇を割いて飛ぶ。
直線状且つ『スティングレイ』よりも遅い速度だ。避ける事はそこまで難しくない。そう思い回避し始めた動きに合わせて、チャクラムが軌道を変える。それ自体が一つの魔法道具。打って変わった弧を描く軌道の先にはトーマス機が存在していた。
「うおおお!?」
やや間抜けな声を上げながら、トーマスは背面宙返りを決めながら片手で機体を立て直す。少しでも躊躇ったら機体のブレで頭から墜落していただろう。トーマスの思いっきりの良さが命を繋いだ瞬間だった。
「おいおいおい! こんなのとカルロスはどうやって戦ったんだよ!」
「大分手を抜かれていたか……あれからの四年間で相当に強化されたのだろうな」
そんな騎士科の会話が聞こえていたのか。ヘズンが拡声機を使って堂々と宣言する。
「当然だ! 我らは常に進歩する! 我が皇の大望の為、どんな手を使ってでもその歩みを止めるつもりはない!」
「……それが学生を襲う様な真似だとしてもか?」
「言うまでもない! その結果がアルバトロスの国民1000万、そして新たな民となったログニスの700万を救うのならば、俺は、我が皇はどんな非道にも手を染めよう!」
ケビンの言葉にも動じずに、ヘズンは言い放った。ガランが気に入らないという様に吐き捨てた。
「少数を切り捨てるってのも物は言い様だな」
「ならば貴様は出来もしない全員を救うという幻想を喚き続けていればいい」
「その少数が自分たちだっとしても同じことが言えんのかよ」
トーマスが答えられる物ならば答えて見ろ、と問いを投げかける。
「無論。例え俺自身であろうと、俺の家族だろうと必要ならば。そして全てが終わった後、妻には俺の首を捧げて許しを請おう」
迷いの無い言葉に三人は絶句した。アルバトロスの全員がそこまでの覚悟を持っている訳ではないだろう。だが中枢に近い一人は文字通り全てを捧げる覚悟でいる。
一体何が彼らをそこまで突き動かしているのか。正体の見えない信念――最早執念にも見えるそれに三人は恐怖した。
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