17 魔弾の正体

 魔導機士(マギキャバリィ)の作成者としてのカルロスにとって、今の状況は心躍る物である。

 

 エフェメロプテラは新式であり、古式であり、そして大罪機でもあるという特異な機体だ。その内の後ろ二つはカルロスが意図して得た物では無い。彼が望んでいたのは自分の手で魔導機士を作り上げる事で、そう考えると降って沸いた様な幸運で得た能力は自分の実力にカウントしていない。

 

 そしてエルヴァートは完全な新式だ。そこには機法も、大罪機の不明な特質も、対龍魔法(ドラグニティ)も存在しない。エフェメロプテラとの戦いの帰趨を決めるのは純然たる技術の成果だ。

 大国アルバトロス帝国が作り上げた機体に、カルロスが独自に作り上げた機体で挑む。その事に燃えないはずがない。

 

 魔導機士の搭乗者としてのカルロスにとって、今の状況は出来れば避けたかった。ここは敵陣のど真ん中だ。時間をかければかけるほど敵に囲まれる可能性がある。残りの全軍がカルロスの用意したアンデットの軍勢に向かっているとは思えない。向こうとて確勝の布陣という訳ではない。第三十二分隊の面々に補佐を任せたが、彼らとてアルバトロスの古式の相手は厳しいだろう。

 

 だから早く。時間こそが優先される。

 

 カルロスは魔導炉のエーテライト残量を確認する。今の全力運転ならば、一時間程度は耐えられる。機法を使わないで済む分、稼働時間は伸ばせる。あれが一番魔力を食うのだ。

 エフェメロプテラのワイヤーテイルが広場の噴水に突き刺さり飾りを持ち上げる。破壊された噴水から水が噴き出る。

 

 持ち上げた飾りを投げつける。天使を象ったそれはエルヴァートの隊列に突っ込み、相手のリズムを乱した。その間隙に、エフェメロプテラは噴き出る水流に左腕を突き込む。

 

 エフェメロプテラの左腕の基本骨格には、水竜――水を操る竜の骨を芯材として利用している。それ故に水を操る魔法道具として機能していた。普段は何もないところから魔力を消費して水を生み出していたが、これだけ大量の水があるのならば同じ消費でも発現できる規模が違う。

 

 何時もは指先から伸びる細い水流が、エフェメロプテラの機体を覆い隠す程の太さへと変わる。これだけの体積となると、質量だけでも相当な物だ。もはや水害レベルの一撃がエルヴァート軍団に解き放たれる。それに対抗するとしたら同じだけの質量で防ぐか、或いは機法で纏めて吹き飛ばすか。

 エルヴァートにはどちらも不可能。故にこれが決着になりかねない。そんな一発を。

 

「発射(シュート)」


 一本のボルトが突き破る。水流のど真ん中を遡ってきたそれは、鉄とエーテライトの複合ボルト。

 

「ちっ」


 水流を遡ったという事はそこにはエフェメロプテラいる。回避行動を取るべく跳躍したその後を、ボルトは真っ直ぐに追う。

 

 まただ。とカルロスは疑問を覚える。自動追尾のクロスボウ。そんな物を新式で運用可能なレベルで実装したというのはただただ感嘆しかない。今気になるのはそれが一体どんな誘導方式なのかという事だ。相手の追尾が正確過ぎる。どこに動くか分かっているかのようにぴったりとくっついてくるボルトは仕方なしに右腕で叩き落す。

 地竜の革で覆った右腕は頑強だ。だがそれとて無制限ではない。本来の使い方とは違う使った結果、機能に支障が出ては困る。今の回避方法はそう何度も使える物では無い。クロスボウの一射はエフェメロプテラにとっても致命傷となりかねない。魔弾と呼ぶにふさわしい一発だ。

 

 潤沢に水撃を撒き散らしてエルヴァートを牽制していく。更にそこへワイヤーテイルを介した足元への攻撃。水撃への回避に手一杯になっていた一機を足元から釣り上げてボルトの盾にする。その機体へと一本のボルトが突き刺さり爆発した。エルヴァートを盾にしなければ今度こそエフェメロプテラが同じ目に合っていただろう。

 

 意識による誘導では有り得ない。むしろ、自在にコントロールできるのならば今の様な同士討ちは有り得ないだろう。そこからカルロスは相手の誘導原理は半ばか全てが自動だろうと推測する。問題は何を元に追尾しているか。それが分からないと対処のしようがない。

 

 広場に来て三発目のエルヴァリオンからの魔弾。今度こそ盾に出来る物はない。再度右腕で叩き落すか。そんなカルロスの思考を見透かしたようにアリッサが笑う。

 

「甘いですよ、先輩」


 三度目は一発では済まなかった。流れるような動きでエルヴァリオンはクロスボウのレバーを操作し、二発目、三発目と立て続けにボルトを放つ。これまであえて隠していた連射性能。その三発全てを叩き落とす事はエフェメロプテラには難しい。

 

 右腕で一発、その尻尾で二発目。それがアリッサの予想だった。そしてそれがエフェメロプテラと言う機体の限界だと予測していた。三発と言うのはエフェメロプテラを仕留めるのに必要な最低の数だと理解していた。

 

 エフェメロプテラはそれでも回避を試みようとする。足先が地面を掴んで――そこが陥没した。魔導機士が飛んだり跳ねたりすることが想定されていない広場の地面の強度がエフェメロプテラの自重を支えきれなかったのだ。躓いたカルロスは引き延ばされた体感時間の中で迫りくるボルトを凝視していた。

 

 負ける。またここで負ける。クレアにまでたどり着くことなく道半ばで敗れる。そんな想いが頭の中に溢れた。

 

 嫌だ。

 

 その三つの音が只管繰り返されて。エフェメロプテラの左腕が、右腕の拘束を解き放とうとし――。

 

 突然軌道を変えたボルトがエフェメロプテラの鼻先を掠めて行き、その先に居たエルヴァートを貫いた。

 

「な、に?」


 何が起きたのか理解できなかった。今のボルトは確実にエフェメロプテラを貫けていた。急に軌道を変えなければ。まさかアリッサが手心を加えたなどと言うのは有り得ないだろう。ならば、今の現象は必然の筈だった。

 

 カルロスは頭をフル回転させる。考えるのだ。今の光景には相手の誘導に関する秘密が隠されている。

 あのボルトは何を元にして、軌道を変えているのか。熱、魔力反応だとしたら今の光景は有り得ない。そのまま倒れ伏したエフェメロプテラを貫いた筈だ。

 だからそれ以外。それ以外で軌道を変えるに足る要因。そして今、軌道を誤らせた理由。もしもあのまま駆け出していたらボルトはエフェメロプテラがいるはずだった場所を貫いていた。そう考えると見えてくるものがある。誘導では無く、予測による針路変更。


 ならば何を元に予測した。更にカルロスの思考は進む。機体の動きを予測する為に必要な物。それは――操縦者の考え。

 

「そうか!」


 エフェメロプテラには、試作一号機で使用していたのと同じ操縦系の魔法道具が使用されている。操縦の補佐として導入した物だが、カルロスはそこへの魔力供給を断った。カルロスへの負荷が増えるが構わずに機体の全制御を掌握する。初陣と同じ体制でエフェメロプテラを操縦する。動きは若干鈍くなる。それでも戦うには十分。そして。

 

「くっ……!」

「やっぱり、こっちの魔法道具から情報を得ていたか!」


 カルロスは快哉を叫ぶ。エルヴァリオンからの魔弾がその誘導性を失っていた。分かってしまえばその種はシンプルな物だ。操縦系の魔法道具には言ってしまえばこれからどう機体を動かすかという情報が存在する。それは通常の操縦でも、カルロス達融法使いの侵食型制御でも変わらない。カルロス達がやっているのは操縦系の情報の受け渡しを自分で行う事で時間短縮を図っているだけなのだから。

 

 エルヴァリオンの魔弾は、その情報を読み取って軌道を変えていた。だから先ほどの三本のボルトはエフェメロプテラを外したのだ。地面が陥没しなかった場合に機体が存在していた場所を目指して軌道を変えてしまった。

 

 そして、今カルロスは操縦系に頼らず、機体を全て自分の意思で動かしている。常人の数倍の処理速度を誇るような天才でない限り、操縦系を介した方が機体の挙動は早いしスムーズだ。それでも今、そのデメリットに目を瞑ってでもカルロスは機体を動かす。

 

 追尾は無い。エルヴァリオンの魔弾は、その魔性を完全に失っていた。

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