13 開戦の狼煙

 眼下に広がる夜の帝都。高台から見下ろしたその光景はカルロスが今まで見た景色の中で最も美しかった。

 

 あの灯り一つ一つが人の営みその物である。そう考えれば感想の中に尊さも入ってくる。人口にして四十万弱。大陸内でも有数の大都市だ。

 

 古代魔法文明の遺産でもある内城壁に囲まれた貴族街。そしてその周囲に広がる平民の街とそれを守る外城壁。歩兵のみで攻め落とそうとするのは骨だろう。魔導機士を動員したとしても帝都の配備数はアルバトロス国内での最大の数を誇る。量産可能な新式魔導機士の技術をアルバトロスが独占している以上、過剰な程の防備と言えた。

 

 実際の所、この防備は何に対する物なのか。カルロスとしては不思議に思う。国の首都の守りが厚いのは当然ではある。しかし他国がここに至る時点で相当の戦力が必要だ。例外と言えば唯一空を飛べるメルエスの龍皇イングヴァルドが飛来した時だろう。

 

 やはり過剰に思えた。そのお蔭でカルロスは苦労することになっているのだから無駄とは言えないのだが。

 

「……何だろうな。この感覚は」


 自分の中の何かが共鳴している。大体の感覚で分かる。帝都の中心。皇族の住まう城のある位置だ。そこにある何かとカルロスの中の何かが重なり合うように鼓動を打っている。

 残念な事にその主がクレアでないことは確実だ。どこか悍ましくて、懐かしい。例えるのならば……遠い日の記憶。姉に抱きしめられた時に感じた鼓動に近い。

 

 その感覚が二つ。弱い物と、強い物。弱い方はどちらかと言うと強い方と同調した結果、自分も感じ取れる。そんな間接的な物だった。

 

 分からない物は考えても仕方がない。カルロスはその感覚について考えるのをやめた。

 

「準備は良いか?」


 カルロスは振り返らずに背後へと声を投げかける。

 彼は一人では無かった。影の様に、彼の一部の様に佇む姿は七つ。彼を含めれば八人の姿がここにはあった。

 全員が真っ黒な装束に身を包み、そして顔を深紅の仮面で隠している。

 

「ここにクレアがいる」


 その言葉に小さく頷きを返す七人。振り向かずともその気配を感じたカルロスは言葉を続ける。

 

「四年前の清算をしに行こう。あの日に奪われた何もかもの代償を奴らに支払わせよう」


 言い切って、やはりカルロスは彼らの顔を見ずに呟く。

 

「すまない。お前たちには無茶に付き合わせる」


 これは完全にカルロスの私情だ。大義何てどこにもない。ただただ卑俗な復讐心と反発心でここに来た。そんな事に仲間たちを付き合わせ続けている事に罪悪感を覚えずにいられない。こんな事をしなければ彼らは平穏であったと理解しているが故に。

 

「気にするな。カルロス」


 一人が代表して答える。

 

「俺達七人とも、無関係じゃない。一矢報いてやりたいという思いが無ければ、お前の言葉にも答えなかった」


 その言葉に意味など無い。カルロスにはそれが分かっていたがそれでも慰めに心が僅かだが軽くなった。

 

「みんなでクレアをあそこから助け出そう。それでこんな事は全部を終わりにしよう」


 その為だけに今、彼らはここにいる。それだけを唯一の目的としてここに立っている。

 

「俺たちは九人揃って第三十二分隊だ。最後の一人を迎えに行こう」


 その言葉と同時。彼らの足元。高台の下の地面で無数の影が蠢く。

 

 大陸歴521年10月。未曾有の大規模な魔獣の群れが帝都ライヘルを襲った。

 

 ◆ ◆ ◆

 

 当然の事ではあるが、帝都は大混乱に陥った。これだけの大規模な魔獣の群れとなると何らかの兆候がある物だ。その一切が無く突然に発生した襲撃。帝都近郊に迷宮の発生を指摘した者もいたが、それとて奇妙な話だ。本来迷宮と言う物も、魔力だまりから徐々に成長していくものだ。何の前触れも無く出現する物では無い。

 

 ――実際には、アルバトロスはある程度人為的に迷宮の発生をコントロールできるのだが、今回は当てはまらない。地脈の流れに合わせて過剰な魔力を流し込むことで実現する技術だが、ライヘルに発生させるためにはライヘルの北側……アルバトロスの領地と海しか存在しない土地でそんな大がかりな作業をすることになる。

 

 それ故に、結論としては偶々発見出来なかった群れと言う事になる。

 

 だが何よりも恐ろしいのは数では無かった。

 

「気を付けろ! 頭を潰してもまだ動くぞ!」

「こ、こいつら! 何でこの傷で動いているんだ!」

「足だ! 足を狙え! まず動きを止めるんだ!」


 どの魔獣も傷を物ともせずに突き進んでくる。どころか、最初から生きているのが不思議な程の傷を負っている魔獣もいた。そして一人が気付いた。

 

「まさか、この群れ……全てがアンデットかっ!」


 ここに生きている魔獣は一匹もいない。全てが死霊の類だと。

 アンデット系の魔獣と言うのは滅多に出現する物では無い。これが初めて見るという者の方が多い位だ。それ故に対処を知っている物は少ない。未知との遭遇に総崩れになるかと思われた帝都の守備隊だが、それを押し留めた者もいた。

 

「狼狽えるな」


 その言葉と共に外城壁前の前線にまで出てきたのは筐体を新造し、更なる性能を手にした古式魔導機士ヴィンラード。大鎌を振るって、切り裂くと同時、紫電でその傷口を焼き尽くす。

 

「親衛隊各機。前に出ろ。アンデット系にはコアとなるエーテライトが存在する。大概は心臓の辺りだ。胴体を狙って潰せ。アイゼントルーパー部隊。親衛隊の取りこぼしを潰せ。一匹たりとも城壁を超えさせるな!」


 そう指示を出すと同時。大物が迫る。

 

「む!」


 一匹は完全に骨だけとなった竜種。そしてもう一匹は多数の魔獣の特徴を持ったシルエット。

 

 地竜の骨から生まれたスケルトンドレイクと、リビングデッドと化したキメラがヴィンラードに飛びかかる。

 

「こいつら! 俺が指揮官機だと見抜いたのか!?」


 その動きを契機に、大型魔獣が後方から現れ始める。ある個体は指揮官機を狙って、別の個体は守りの薄い個所を突破して城壁に取りつく。

 己を襲ってくる敵への対処で指示が滞りがちになったアルバトロス軍とは対照的に、アンデット軍団は更に数を増していく。明らかな戦力投入のタイミングを測っていた行動に戦慄した。

 

 この魔獣の群れには指示を出している者がいると。

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