12 帝都の備え

 解放祭。十年前から始まったアルバトロス帝国の内乱の終結と奴隷制度の廃止を祝った祭り。その時期はいつも以上に人でにぎわう。

 

 ジュリアから必要な情報を聞き出したカルロスは、その祭りの開催日には着く様に移動を開始した。エフェメロプテラを周辺色と同化させながらの低速移動。その最中に足の速い魔獣のリビングデッドを伝令として、カルロスがこれまでに集めてきた群れへと指令を出す。


 だが帝都ではまだその動きに気付いてはいなかった。


「さて、弁明を聞こうか。アリッサ・カルマ。余は生捕りを命じたはずだが」

「はい、殿下」


 その帝城にて、帰還したアリッサはレグルスからの詰問を受けていた。内容はカルロスの捕縛命令についてだ。可能ならばクレアに対するカードとして、カルロス自身も魔導機士(マギキャバリィ)開発に従事させたかったレグルスとしては満足の行く結果では無かった。

 

「端的に申し上げますと捕縛は困難と判断しました」

「続けろ」

「ありがとうございます。敵の古式は強力な機体でした。特に接近性能に長けており、エルヴァートでは後れを取る可能性が」


 事実である。エフェメロプテラの近接格闘能力は非常に高い。エルヴァートが古式に対抗できる機体であったとしても無傷での勝利は有り得ない。生捕りにするなどと言う余裕を見せたら返り討ちに会う可能性もあった。

 

「ふむ……それ程にか」

「はい」

「古式という報告の確認は出来たのか」

「我々との戦闘では機法を使ってきませんでしたので……土と水を主軸とした魔法は使ってきましたがあれは創法射法の類でしょう」


 それを聞いてレグルスは眉を顰める。

 

「古式魔導機士でわざわざ五法を?」

「はい」

「……となると、奴の機法はやはり撃ちだせる類の物では無いという事か。魔法の無力化だったな」


 嘗て人龍大戦で建造された魔導機士。その殆どが攻めの為の機体だ。龍族と戦う為に作られた以上、まず求められたのが龍族へと傷を付ける方法だった。龍族の攻撃を防ぐという事も考えられたのだが圧倒的過ぎる攻撃力を前にそう言った機体は無駄と分かり建造されたのは極少数。

 どうやってかそれを入手したのかとレグルスは結論付ける。

 

「……殿下は、カルロス・アルニカが生きていると?」

「機体が爆散したとの事だが……その瞬間を見た訳ではないのだろう」

「はい」

「ならばデコイでも使った可能性がある。ジュリアが裏切るとは思えないが……」


 状況だけを見るのならば、研究所所長であるジュリアの助けが必要に思えたがレグルスはそれを否定する。ジュリアに関して言えば魔導機士開発できていれば満足する様な女だ。反逆者の支援などと言う余分をするとは思えない。――レグルスの推測は正しかったが、第三者の介入までは予測していなかった。

 

「奴はヘズンが心臓を貫いても生きていた。ならば首が余の前に晒されない限りは生きているだろうよ。探索を継続しろ。フィンデルが囮だと分かったのならば、次はここに来るかもしれない」

「承知いたしました」


 退室するアリッサを見送ってレグルスは呟く。

 

「この二年。余の手足として働いてくれたが……カルロス・アルニカにはまだ執着がある様だな」


 一時的な気の迷いかと思っていたが、今回の交戦時にも余計な発言が多かったという報告が上がっている。アリッサの中で変わらずカルロスが特別なのは間違いが無かった。

 

 とは言え、レグルスもそこを否定するつもりはない。彼自身、戦場に執着のある相手と言うのは居た。要はそこにどう折り合いをつけるかだ。

 執着の結果、国を滅ぼしたのでは話にならない。

 

「しかしカルロス・アルニカ。一途な男だ」


 たった一人を取り戻すために単身先の見えない戦いを挑む。愚かな行為だと笑う者もいるだろう。だがレグルスには好ましく映る。

 

「そう言った男こそ、余の部下に欲しい物だが……」


 クレアをカルロスの人質とし、カルロスをクレアの人質とする。そんな形にすることでその知識と発想力をアルバトロスの為に使わせることはまだ可能性があるが、完全な手駒とするのは不可能だろうとレグルスは思う。


「余の目的の邪魔となるのならば、今度こそ排除するしかあるまい」


 クレアもカルロスも。レグルスの計画には欲しい人材ではあるが不可欠な人材では無い。噛み付くというのならば必要ない。

 

「カグヤ」

「こちらに」


 無言で控えていた副官を呼びつける。

 

「ヤンを呼び戻せ」

「ヤンを……? それは第二親衛隊を、という事でしょうか」

「そうだ。帝都の守りに着かせる」

「些か……過剰ではないでしょうか。今現在帝都には守護の任に当たっていた第一親衛隊と、報告の為に帰還した第三親衛隊がいます。そこに更に第二親衛隊をと言うのは……」

「念の為だ」


 そう言っているが。レグルスには確信があった。恐らくカルロスはこのタイミングで来ると。

 

「解放祭の期間の間だけで良い。それからあの計画の成果物の起動実験の申請が来ていたな。許可を出しておけ」


 対龍では無く対魔導機士として見た場合にエルヴァートと大差ない性能になってしまった古式の再利用計画。その内の一つが成果を挙げていた。その起動試験を解放祭前に行い、可能ならば対カルロスへの備えとするつもりだった。

 

「……失礼ですが殿下。一個人に対してその備えは過剰ではないでしょうか」

「一人ならばな。だがその動きに王党派が呼応する可能性はある。チリーニ領で粗方は炙り出せた筈だが……まだ僅かな主力が残っている」


 チリーニ侯爵はアルバトロスに下った。その事を最も良く思っていないのは実はアルバトロス側だった。当初の約定通り、チリーニ侯爵領は他のログニス貴族と違い手を出さなかった。その為、旧ログニス領においてチリーニ領の比率が相対的に高まってしまったのだ。

 

 それ故に、レグルスが手を回した。チリーニ領への経済封鎖――名目上は被害の少ない地域だったため、他の被害地域への支援を優先するという名目。同じ理由でチリーニ領の魔導機士の配備を減らした。ほぼ外縁のみに限定し、チリーニ領中央では表向き、アルバトロスの眼が届きにくい状況を作り出したのだ。

 

 旧ログニス領に潜伏していた王党派――ログニス王家にログニスの主権を取り戻そうとしていた一部貴族とその私兵たちは監視の目が緩いチリーニ領へと移る。不満分子が集ったタイミングでチリーニ領に噂を流したのだ。チリーニ侯爵は己の息子にアルバトロスからの報酬としてログニスの第四王女を嫁がせて将来的には旧ログニス領を治めるのだと。

 

 タイミングよく、アルバトロスからその内容が記された書類がチリーニ侯爵領で紛失し、それが王党派の元に渡ってしまう。そう言った筋書きだった。

 

 王党派としては許せる話ではない。爆発した彼らはチリーニ侯爵を排してチリーニ領を取戻そうとした。港町を抑え、そこからログニスの再興を目指そうとしたのだ。

 

 そして、正体不明の支援者の力添えもあってチリーニ侯爵の排除までは成功した。だがそのタイミングでレグルスの第三親衛隊が反乱に介入。王党派の大半はその場で粛清されたのだ。

 

 大がかりなマッチポンプだったが、その甲斐あって旧ログニスの顕在化している反乱勢力はほぼ壊滅状態となった。

 専門の融法による諜報員部隊が存在するアルバトロスにとって、旧ログニス相手の情報戦は圧勝だった。

 

 流石にあそこまで叩き潰して尚、即座に立ち上がる余力があるとは思えなかったが念のための処置である。

 

「ここを抑えればログニスの後始末はほぼ完了だ。……メルエスを落とすぞ」


 最後の龍族と龍の眷属である耳長族が住まう国。領土は狭いが言うまでも無く強大な戦力を持つ国だ。レグルスの眼は既にそこを向いていた。

 

 カルロスの存在は目立ってはいるが脅威とは感じていなかった。結局は個人である。その認識がレグルスにとっての陥穽となった。

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