09 救いか罠か
時は僅かに巻き戻る。
突然の砂煙だったが、カルロスは然程動じる事は無かった。元々自分の手の内の一つだ。相手が使ってきたとしても対処法も心得ている。問題はその後だ。
突然の足元の崩落――と、カルロスには感じられた。兎に角突如として身に降りかかった浮遊感。そこから自分が今落下している事を察したカルロスは着地の姿勢を取る。微かな視界から底を察知し、両手足を使った着地でどうにか致命的な損害は避けられた。同時に上からの爆風で押し倒される。
「くそっ……何なんだ」
足場が崩落する様な場所では無かったはずだと思いながらカルロスは周囲を見渡す。最初は頭上から光が差し込んでいたが、それも閉ざされて暗闇となった。熱源を探すが周囲には何もない。
「一体何なんだここは?」
何も無い辺りに向けてワイヤーテイルを伸ばす。最大伸長まで達してもまだ壁には触れなかった。
相当に広い、とカルロスは判断する。次の瞬間。光源が空間を満たす。一瞬眩しさにカルロスは目を細めた。
「ここは」
「ようこそ。我が研究所へ」
声はすれど姿は見えず。どこからか魔法道具で声だけを届けているのだろうとカルロスは推測した。或いは透明化した魔導機士が側にいるのかもしれないが……今のエフェメロプテラにそれを見つけ出す方法は無い。
(熱に頼らずに敵を見つけ出す方法……匂いか?)
果たして魔導機士に嗅覚を実装することは出来るのだろうかと思いながらカルロスは声の主の言葉に意識を集中させた。
「その声、ジュリア・クライス・クラリッサだな?」
「一度名乗っただけで覚えて貰えるとは光栄だよ」
「何故俺をここに通した」
上から追撃が来る気配は無い。と言うよりも、今ここでこんな場所に落とされなければカルロスはエルヴァート部隊に撃破されていた可能性が高い。無論、カルロスもそうなる前に温存していた奥の手を見せただろうが。
現状、ジュリアがした事はカルロスの利となっている。その真意が掴めない。
「何、大した話ではない。私は私に与えられた任務をこなそうとしているだけだよ」
「アンタの任務だと?」
「そう。新たな魔導機士(マギキャバリィ)の創造。私の仕事はそれだけだ。それ以外に興味は無い」
「……読めて来たぞ。つまり」
「単に君の機体をあいつらに渡すのが惜しいと思っただけだよ。是非とも解体してその技術を私の物にしたい」
その言葉を聞いた瞬間、カルロスは動き出していた。確実に上には脱出口が――地上へと続いている。天井を突き破って脱出を果たそうとしたところで。
「待て待て。待った! 冗談、冗談だ! あれだけの暴れ振りを見せられて今更君をどうこうする気はない!」
その慌てた口調はとても演技には思えなかったので、カルロスは一先ず天井突破は止めた。
「余り気は長い方じゃないからさっさと要件を言った方が良いぞ」
「そうみたいだね……」
心なしか疲れた様な声でジュリアはそう言う。
「単刀直入に言おう……手を組まないかい?」
その申し出にカルロスは驚きの表情を浮かべた。
「……お前、俺が誰だか分かっているのか?」
「いや? 親衛隊、それも第三が追いかけているくらいだ。反逆者なんだろう? ログニス残党辺りかな?」
「そこまで分かっていながら手を組むだと? 正気とは思えないな」
取り繕う余地も無く、それは反逆予備軍であろう。反逆者と手を組むというのはそうみなされるという事だろう。
「ばれなければ問題ない」
「俺が言い触らしたら?」
「はっははは。面白い冗談だね。反逆者の言葉を信じる者などいないさ。それに、私は国に反逆するつもりはない。ただちょっと、そう政敵の排除に反逆者を利用するだけだね。貴族の嗜みだよ」
そんな嗜みは糞喰らえとカルロスは吐き捨てたくなる。だが――彼には選択肢は有って無い様な物だった。
「断ったら?」
「お互いにとって残念な結果になるだろうね」
隠す気も無い脅迫である。脱出は出来なくもないだろうが、本当に全てを出しきる必要があるだろう。相手の施設の中でそれはよろしくない。慎重に会話を続ける。
「俺の利点が見当たらないな」
「そう来るだろうと思ったよ。君が今一番欲しい情報を与えてやろう」
「はっ、初対面のアンタにそれが用意できるとは思えないけどな」
「そうでもないさ……君が知りたいのはクレア・ウィンバーニの情報だろう?」
まさかの正解にカルロスは驚く。何故、と言う無言の問い掛けにジュリアは得意げに応えた。
「単純な話だよ。私はクレア・ウィンバーニを知っている。容姿もね。そして君が飛び込んで来た時の言葉……そこから推測は容易だ」
良く覚えていやがるとカルロスは舌打ちを一つ。
「そして私の依頼もそれに関わる。私はね」
どこか猫を思わせる笑い声に混じってその言葉が聞こえてきた。
――クレア・ウィンバーニを排除して欲しいんだよ。
「……到底承諾できる話ではないな」
「まあまあ。話は最後まで聞く物さ。排除と言っても殺せとかそう言う話じゃない。まあそうして貰っても構わないけど、もっと単純に彼女を表舞台から退場させてほしいのさ」
無言でカルロスは先を促す。
「君は知っているか分からないけどね……今彼女は第二皇子直属で魔導機士研究を行っているんだよ。まあ本当かどうかは知らないけどね」
付け加えられた一言にカルロスも無言で同意する。クレアが易々と従うとは思えない。例え親兄弟を人質にとられても彼女は首を縦には振らないだろう。
大方亡命した体のクレアがアルバトロスの為に働いているプロパガンダの類だろうと思っていた。もしもそれが真実だった場合――カルロスはどうすればいいのか分からないが。
「私にとって重要なのは、彼女の名の元に魔導機士研究が行われて、そこに予算が流れている事さ。だがそこで計画責任者がいなくなれば、その予算は浮く訳だろう」
「浮いたとして、それがあんたの懐に入り込むわけじゃないだろう」
「そこは私のスポンサーが上手くやるさ」
予算争い。カルロスとしても金銭の重要さ――研究においてそれが研究の寿命を決める事は理解している。それは分かるが果たして裏切りのリスクを負ってまでする事なのだろうか。
「第二皇子があの女に惚れているんだか何だか知らないけどあんな奴に予算を割くなんてカネの無駄遣いさ。それはアルバトロスの国益にならない」
一応、国の為と言う名目はあるらしい。自分こそが最高の物を作りだせるという確信があるのだろう。カルロスとしてはこれが罠の可能性が低いと思っていた。自分を殺す為ならばこんな手の込んだことをせずに上であのまま嬲れば良かったのだから。奥の手の存在に気付いてこんな回りくどい手を打つ……考えにくい事だった。
とは言え、まさか素直にクレアの救出を手助けしてはい、お終いではないだろう。そうなった瞬間に彼女の開発した機体がカルロスを討つ。対抗馬の排除と自分の作品のアピール、更には口封じ。一石三鳥だ。
それ故にカルロスはこの話を受ける気になっていた。アルバトロスの内側からクレアに近づけるのならば成功率は上がる。少なくともクレアとの接触まではそれなりに信用できるだろう。相手もリスクを負っている以上、確率は少しでも上げたいはずだ。
無論、融法で裏は取るつもりだった。どうにかしてジュリアとの接触を持たないといけないだろう。
それはさて置き。
「さあ……俺にはアンタがクレア以上の研究者だとは思えないけどな」
「……まあ君がどう思おうが好きにすればいいさ。それで。返答は如何に?」
その問いに対する答えはもう決まっていた。
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