10 姿の見えぬ使い手
地下施設の一角。無機質な応接室の様な空間。携行型魔導炉を取り上げられて、ジュリアの斜め前には護衛を添えての対話が始まった。
「彼女は帝都にいる」
その言葉を聞いてカルロスは長々と溜息を吐いた。知っていた、と口にしなかったのは表向きだけでも良好な関係を築きたかったからだが、余り効果があった様には思えなかった。
「具体的には?」
「まあ帝城だね。より正確には現皇帝の後宮の一角にある空き家ってことになっている場所」
病床にあり、国政の場にも出てこないと言われている皇帝が後宮を利用しているとは思えない。今現在、仮にも皇帝のみが立ち入れる場所に横槍を入れる事が出来るのは一人しかいないだろう。
レグルス・アルバトロス。カルロスの中でその名前がアリッサと並ぶ優先目標になった瞬間だった。
「おお、怖い怖い……。どうもその様子だと暗殺って訳じゃ無さそうだね」
「余計な詮索は無し、と言う話だったはずだが」
「そうだったね。こっちは情報を提供する。君はそれを元にクレア・ウィンバーニを排除する」
しかしこうもスラスラと出てくるという事は、ジュリアは相当前からクレアについて調べ、その排除を検討していたことになる。そうでなければ後宮にいるなどと言う情報を得る事など出来るはずもない。
ある意味では運が良かったのかもしれないとカルロスは思った。仮にここで罠に嵌められず、帝都に行っていたとしてスムーズにクレアの救出が行えたかと言われれば首を傾げるしかない。
後宮ともなれば人の出入りも限られ、情報もほとんど得られない。居場所を探っているうちにジュリアが暗殺を実行に移し成功していたら。そう考えると背筋を冷たい物が伝った。
「帝都にはアイゼントルーパーが一個連隊……45機が常備兵として配備されている。後は第二皇子が滞在中は三親衛隊の内のどれか……第三は今ここにいるから第一か第二だろうね。噂じゃ第二親衛隊はいよいよ東征の主力としてエルロンドに向かうって聞いたけど」
第三親衛隊が24機の魔導機士で構成されていた事を考えると、他親衛隊も同数と見れる。70機近い戦力。その内古式が何機含まれているのか。そして、エルヴァリオンとアリッサが呼んでいた機体は何機あるのか。
「エルヴァートは親衛隊の標準機だね。古式は……二機だけ意識しておけばいい。ヴィンラードとベイルアウターだ」
「ベイルアウター?」
「内乱の撃墜王、ヤン・クローリーの機体さ。知らないのかい?」
「初めて聞くな」
「アルバトロスじゃ有名なんだけどね」
「ログニスには内乱の情報は殆ど流れてこなかったからな……」
今にして思えば。隣国の内乱の情報が僅かしかログニスに残っていないのは不自然だった。内乱状態であっても、防諜能力は高かったという事だろうか。
「他の古式については?」
「悪いがそれは知らない。少なくとも帝都にいない事だけは確かだ。幾つかは各地の守りについているし、ログニスが保有していた機体は可能な限り元の乗り手に戻したみたいだけど」
確かにジュリアの役職、魔導機士の研究所のトップという事を考えると古式の配備状況など知っている方がおかしいだろう。おかしいというのならば、そもそもこんなに気前よく情報をくれる方がおかしい。ジュリアの態度にカルロスは違和感を覚えた。
「それからエルヴァリオンだけど、あれは基本的にアリッサ・カルマの一機だけだ。あれはある意味で、古式へと回帰させている機体だからね」
「古式への回帰? それはつまり量産を度外視していると?」
「そういう事だね。少なくともあれ自体の量産は現実的じゃない。噂じゃブラックボックスの一部にも手を加えているらしい」
「……ブラックボックスっていうのは?」
「クレア・ウィンバーニが作った新式魔導機士のコアユニットの事さ。融法何てドマイナーな魔法道具だから改造できる人間も皆無。それを皮肉って誰かがそう呼び始めたんだよ」
ドマイナーで悪かったな、とカルロスは心の中で舌を出す。兎も角、ジュリアの渡してくる情報は過剰だ。少なくともエルヴァリオンについて、古式への回帰何て情報は不要だった。ブラックボックスについてもだ。単に彼女がお喋りであるという可能性も捨てきれないが、カルロスとしては些か苦しい仮説の様に思えた。
下手をしたら藪蛇になりかねないが、カルロスは確認をするべく一つの提案をした。
「俺の機体についてだが」
「ああ。指一本触れていないとも」
おかしい。今のジュリアの言葉からは嘘が感じられなかった。常識的に考えれば嘘以外有り得ない筈なのだが。
未知の魔導機士。それに興味を持たない魔導機士研究者がいたらそいつは致命的なまでに向いていないとカルロスは断言できる。実際、最初は情報をよこせと言っていたのだ。
そして、半分カルロスの使役している死霊の様な存在であるエフェメロプテラは、外部からの干渉があればすぐに気付く。いざとなれば、ミズハの森でしていた様に遠隔操作も可能だ。その感覚が告げている。本当に何もしていないと。
不可解。不可解である。クレアの排除まではまだ分かるがこの情報の大盤振る舞いとエフェメロプテラへの不干渉。一つ、新たな仮説が立つ。
それを確かめるべくカルロスは魔力を精製した。そしてそっと手を差し出す。
「? 何かしら」
「握手だよ。共犯者同士互いの目的が達せられるまで上手くやって行こう」
「ええ。そうね。互いの目的が達せられるまで」
その言葉の裏に見え隠れする物からは今は目を逸らして。カルロスはジュリアの中を解析する。果たしてそれはあった。
(……何故、こいつに『枝』が)
それもカルロスの物では無い。一見すればカルロスが撒き散らした『枝』と同一だが、その中身は別物と言って良い程にブラッシュアップされている。他にも幾つかの魔法――融法が掛けられていた。その中身はカルロスにも分からない。だが恐らくは思考誘導の類だろう。
融法をドマイナーと言った本人が何よりも深くそれに侵食されているというのは皮肉が利いていて面白いとは思うが、一体誰がこの魔法を仕掛けたのか。
どうやら、クレア・ウィンバーニを排除したいと思っているのはジュリアだけの意思ではないようだとカルロスは警戒を強める。ジュリア本人はその自覚が無いのだから、融法で裏切りの気配を探しても無意味だろう。融法による嘘発見の難点がこれだ。本人が真実だと信じている事は見破れない。
姿の見えぬ高位階の融法の使い手。その相手の真意が見抜けない。或いはこれ自体が大掛かりな罠と言う可能性もあるが……最終的にカルロスは信じる事にした。ジュリアの発言をでは無い。
イーサが最後に託してくれた情報。義兄の最後の贈り物を信じる事にしたのだ。
ジュリアからの情報が確かならば、帝都は相当の戦力を持っている。ならばカルロスも全ての手札を切るべきだろう。幸いと言うべきか。帝都ならばカルロスの手駒が使える。
決戦の時は近い。カルロスはその予感に身を震わせた。
「待ってろよ。クレア……」
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