08 アルバトロスの機体達

 撃ちだされる無数の矢を前に、エフェメロプテラは突破を諦めて後ろに下がらざるを得ない。

 だがその後ろには既に突破して後ろに置き去りにしたはずのエルヴァートの部隊。挟み込まれた形になる。

 

 その背後の集団から、一機が歩み出てきた。

 

「便利ですよね。透明になる何て。こんな風に待ち伏せに使うなら効果は絶大です。そんな便利な物……私達(アルバトロス)が研究してない訳ないと思いませんか?」


 甘く見ていたとカルロスは己の判断の軽率さを悔やむ。

 アルバトロスの最新機。エルヴァート。その性能を過小に見積もっていた。光学偽装と強力な射撃武器。その組み合わせは凶悪な程に相性がいい。アリッサが語る通り、待ち伏せと言う条件下ならば古式を遥かに上回るだろう。

 

 光学偽装の能力は視覚以外の察知方法を持つ魔獣相手には然程役に立たないだろう。更には解法による解析への対抗も取っている。現にカルロスはほぼ無意識で行っている解析でも存在を察知できなかった。つまりこれは完全な対人特化機体。エフェメロプテラとはまた違った魔導機士(マギキャバリィ)殺しの機体だ。

 

 前後から放たれる矢は避けるだけで精いっぱいだった。突破など考える余裕が無い。回避から攻撃に移ればその瞬間に機体の数か所に矢が突き刺さる。砂煙による目晦ましは一度破られている。一瞬しか効果が無いだろう。

 

 不味い、とカルロスは思う。まだ取れる手は残されている。それを使えばここからの離脱は可能だ。しかし、それを見せたら次はどうなるか。ロズルカで見せた機能は対処された。ならばここで手の内を晒せば次――クレアの本当の居場所に辿り着いた時に取れる手が残っているのだろうか。

 

 その躊躇いがカルロスに隙を生む。

 

 アリッサの機体が何かを用意している事に気付くのが遅れた。

 

「エルヴァートはアルバトロスが対魔導機士戦闘の為に作った機体です。そして私のエルヴァリオンはその上位機種……古式を上回る事を目指して作られた野心作です」


 エルヴァリオンとアリッサが呼んだ機体。そのクロスボウに一つのボルトが番えられる。その構成素材は鉄製の矢じりと虹色に輝くエーテライトの複合構造。

 エルヴァリオンがボルトを放つ。

 

 それをエフェメロプテラは他と同じように回避すべく、クロスボウの直線上から機体を動かし――その移動先に合わせる様に軌道を変えるボルトに驚愕した。

 エフェメロプテラの装甲を貫通し、更にはその下のフレームに突き刺さって漸く止まる。そこから更に爆発。大腿部に大きな損傷を負ったエフェメロプテラは目に見えて動きが鈍っていた。

 

「何だ、今のは……!」


 矢が完全にエフェメロプテラの動きに合わせて軌道を変えていた。誘導系の射法と言うのは存在する。だがそれはあくまで、撃った人間が自分の意思で動かす物だ。

 だがクロスボウのボルトはとても人の意思が介在できるほど遅くは無い。文字通り瞬きする間に到達してしまうボルトでは人為的な誘導は現実的ではない。人間離れした思考速度と動体視力があれば或いは可能かもしれないが――アリッサはそこには当てはまらないだろう。

 

 そうなるともっと信じがたい結論になる。即ち自動誘導術式。そんな物は未だ、大陸のどの国も実用化していない技術だ。

 

「相手の動きは鈍りましたが、決して足を止めさせてはいけません。敵機は稼働時間に難があります。動けなくなるまで追い立てなさい」


 もう一発今のを撃たれたら。今度こそ回避できる気がしない。そしてアリッサの言葉通り、既にエフェメロプテラの稼働時間は半分を切っている。状況を打開できる兆しさえ見えなかった。

 

 そんなエルヴァート部隊とエフェメロプテラの交戦を遠くから見ている人間が居た。

 

「……随分と苦労している様ね。少々手伝ってやりなさい」

「はっ」


 ジュリアは部下にそう指示を出す。エフェメロプテラに一蹴されたアイゼントルーパー部隊はカルロスを油断させるための餌に過ぎない。この研究所を守る真の盾は他にある。


 二機の魔導機士が研究所前の地面から姿を現す。この研究所は地上の施設は殆どがダミー。重要な物は地下に存在していた。古代魔法文明の遺跡の施設構造をそのまま使っている例だった。

 

 この研究所で試作されていたランダートと呼ばれる機体は、エルヴァートをベースに近接戦闘に特化させて作られた機体だった。元々低いわけではないエルヴァートの近接格闘機能を更に向上させたこの機体は、ある意味で対エルヴァートと同系の機体を視野に入れた機体となっていた。

 

 アルバトロスの魔導機士開発。それは何れ来る魔導機士同士の戦闘。その十数年先までアドバンテージを得るべく先を見据えての開発が行われていた。彼らは己の技術が唯一の物であるとは考えてはいなかった。何れ相手が同じ物を用意してきた時に先手を取れるようにしておく。そうした理念の元研究が進められている。

 

 カルロスの予感は正しかった。一人である事。その不利は余りに大きい。

 

 エフェメロプテラが追い詰められている戦場に二機のランダートが乱入する。それに対してアリッサが不機嫌そうな声で叫んだ。

 

「何のつもりだ貴様ら。ここは我々第三親衛隊が受け持つと言った筈だが?」

「申し訳ございませんが、ここは皇帝陛下直轄の研究所です。我らに命令を下せるのは皇帝陛下か、陛下から許可を得たお方のみ。侵入者の早期撃退が出来ない以上、我々も介入させていただきます」


 その言葉にアリッサは露骨に舌打ちする。事実上、今のアルバトロスを動かしているのは第二皇子のレグルスだ。この研究所とて、病床にある皇帝の名でレグルスが設立した物だ。だがそれでも未だ建前としてはここは皇帝直轄。レグルスの権限では動かせない。

 レグルスの部下であるアリッサでは要請は出来ても命令は出来ない。

 

 そんな混沌として来た状況の中、ランダートがエフェメロプテラに切りかかる。両手剣による重い斬撃に、エフェメロプテラは踏ん張る事が出来ず、思わず膝を着いた。

 

 ランダートの機体が陰になってエフェメロプテラを覆い隠す。エルヴァート部隊は射線が遮られた。クロスボウの先端が困惑する様に揺れる。

 

 そんな中、アリッサは動じることなくエルヴァリオンに新たなボルトを番えた。先ほどと同じエーテライトと鉄の複合矢。自動追尾の魔弾である。

 ランダートを迂回して射線を確保し、発射。エフェメロプテラを射抜こうと奔る。

 

 その瞬間、エフェメロプテラの足元から再度の砂煙が巻き上がった。

 そこにいたエフェメロプテラとランダートの機体が覆い隠される。だがアリッサにとって関係は無い。視界が利かない程度で、彼女のエルヴァリオンの自動追尾矢は影響を受けない。砂煙の中へと飛び込み――そして次の瞬間その砂煙を吹き飛ばす程の爆発。

 

 飛び出してきたのは盾にでもしたのかボロボロになった大剣を抱えるランダートと、黒い装甲の破片。

 

「……こちらを巻き込むとはとんだ腕前だ」

「今のは?」


 相手が何を言うかは大体予想が着いていたが、アリッサは敢えてそう尋ねた。

 

「こちらも砂煙で良く見えなかったが……状況から推測するに貴官の矢が敵の魔導炉を直撃。爆発したのだろうな」


 なるほど確かに。飛び散る破片などから魔導機士一機が爆散したのは間違いなさそうだった。それは間違いが無いのだが……違和感がある。

 

「申し訳ないが、こちらは機体を損傷した」

「……それで?」

「機密保持の為、当戦闘領域から我々研究所警備部隊以外の部隊は退去していただきたい。悪いがこれも規則でな」


 再度アリッサは舌打ち。相手は最早事実上意味の無い規則を盾にアリッサ達の介入を防ごうとしていた。そして忌々しい事に、それを拒否するだけの権限は無い。

 

「……了解した。今回の襲撃犯を生存した状態で確保した場合はこちらに引き渡しを」

「了解だ」


 態々魔導機士で敬礼して見せるランダートを軽く睨み付けるとアリッサは部下を率いて軍の基地へ帰投する。その最中、小さく呟く。

 

「私を殺せませんでしたね。先輩」

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