07 エルヴァート

 射撃が厄介なのならば、カルロスの手は決まっている。

 

 右腕を振り上げる。地竜の革を媒介とした創法。土を操り砂煙を起こす。視界を遮る為の手法としては手慣れた物だ。当然ながら、エフェメロプテラの視界も遮られる。だがここで先ほどカルロスがエフェメロプテラに付与した魔法が利いてくる。

 

 温度察知。例え視界が不十分であっても砂煙越しに相手の温度を見つけられる。

 が、少々カルロスとしては不本意な結果が返ってきた。思った以上に、相手の温度が高くない。アイゼントルーパーと比較すると半分にも満たない温度だ。注視しないといる事が分からない。逆を言えば気を割けば今の状態でも察知できるのだが、その僅かな違いが思わぬ落とし穴にならなければ良いと彼は思った。

 

 砂煙越しに左腕から水撃を飛ばす。瞬間的に砂煙に穴が空くが、右腕の魔法が即座に塞ぐ。余り、相性がいい魔法とは言えないが、右腕での攻撃が出来ない以上、これしか遠隔攻撃の手段が無い。ワイヤーテイルもそこまでは届かない。

 

 熱源の動きを見ると、こちらからの攻撃も回避されたらしい。動きの機敏さがアイゼントルーパーとは違う。機体性能だけでは無い。操縦者も全員が融法の適性の持ち主と言う事だろうかとカルロスは推測する。

 融法の適性は実の所そう少ないわけではない。ただ、大概の場合においてその適性を自覚できる事が少ないのだ。

 

 人間、魔導炉無しでも大気中の魔力で本当に些細な魔法を使う事が出来る。

 創法の適性を自覚させるのは単純だ。念じてみて火花が出れば創法の適性がある。

 射法も似たような物だ。指先から魔力が飛んでいけば射法の適性がある。

 活法は少々厄介だ。傷の治りが早い。それだけなのだ。

 解法もパッと見では分からない。何となく、見ている物の構造が分かるような気がする。勘が良いで片付けられてしまう事が多々ある。

 そして融法である。声が聞こえる。周囲の人間が何かを言っている様な気がするのだ。だが実際には何も言っていない。相手の思考がノイズとなって微かに聞こえてくるような物だ。

 

 はっきりと言うと。精神に異常を来したのかどうかとの区別がつかない。と言うよりも、己に融法の適性がある事に気付かず、誰にも聞こえない声が聞こえる事で本当に精神を病んでしまう事さえある。

 

 その為融法の適性者は見つけにくい……正確にはまともな融法の適性者は見つけにくいのだ。十人単位で見つけるのは容易では無い。そんな背景がカルロスには少しだけ気になった。

 

 砂煙の範囲を広げていく。その中を移動することで、相手に的を絞らせない。

 

 濃くなっていく砂煙にエフェメロプテラの姿を見失ったアリッサはしばし黙考する。

 

 クロスボウでの射撃は今のままだと大した成果は上げられない。微かな影を狙って撃っていたが、それも厳しくなってきた。ここは少々出費を払ってでも状況を変えるべき局面だった。

 

「各機。『|風の膜(ウィンドベール)』用意。複合投射で砂煙を吹き飛ばします」


 『風の膜』はエルヴァートに搭載された新型の魔法道具だ。読んで字の如く、風を発生させる魔法道具だ。主に霧や砂煙によって視界が遮られた時に、それを吹き飛ばすことで視界を確保することが狙いの装備。ただエルヴァートの魔導炉からは独立した装備の為、使用回数に制限があった。その為出し惜しんでいたのだ。

 

 戦場に突風が吹き荒ぶ。一瞬で砂煙を吹き飛ばし、アリッサ達の視界に飛び込んで来たのは――。

 

「……いない?」


 無人の空間だった。エフェメロプテラの姿は影も形も無い。否、とアリッサは思考する。ロズルカの戦闘データは生き残りから回収している。イーサからの情報は少々信憑性に欠け、ガル・エレヴィオンを撃破した機法については少々曖昧だ。だがそれ以外の機能について、カルロスが見せた物は全て把握されていた。

 

 当然、透過能力の事も掴んでいる。

 

「ええ、便利ですものね。透過能力は……。でも先輩? それで隠れているだけでは駄目ですよ?」


 小さく口元に笑みを浮かべ、アリッサは部下に指示する。

 

「特殊矢の使用を許可します。第一小隊、各機担当エリアごとに地面へ向け射撃」


 その号令に合わせてエルヴァートの内三機が、装填していたボルトを外し、腰にマウントされた矢筒から特殊な矢を取り出す。短く太いのがクロスボウのボルトの特徴だが、それは一際太い。矢じりの中に何かを仕込んでいた。

 三機でそれぞれ別々の箇所を狙い、発射。何もない大地に突き刺さり――地面を抉り取るほどの爆発を見せた。吹き飛んだ地面、飛ぶ土塊。その中の一つが、何もない空中で跳ね返ったのをアリッサは見逃さなかった。

 

「そこです。第二、第三斉射!」

「ちっ!」


 己の居場所が看破されたと悟ったカルロスは、エフェメロプテラの偽装を解除する。全力での跳躍。先ほどまでエフェメロプテラの居た場所にボルトが突き刺さり……やはり爆発した。爆風に押されてバランスを崩しかける機体をカルロスは抑え込みながら着地。そのまま疾駆する。

 

「爆発する矢だと……? なんて物を作りやがる!」


 その正体を一目で把握した。何しろある意味ではカルロスも専門家の様な物だった。あのボルトには、内部にカルロスが作った物と同じような爆発の魔法道具が仕込まれている。矢で相手の中に潜り込み、そこから爆発するというえげつない武装だった。

 

 突破は可能だという結論に変わりは無い。だが、とてもアリッサを行き掛けの駄賃に仕留めるという真似は出来ない。

 逃走に全力を尽くさなければこの状況を脱することは不可能だ。

 

 包囲の一番薄い個所。そこを狙って突破する。決断した後のカルロスの行動は早い。水撃と、ワイヤーテイルを駆使してそこにいたエルヴァートの一機を攻め立てる。

 相手の反応も良い。距離を詰めに来たと察した乗り手はクロスボウを腰のラックに戻し、長剣を引き抜く。アイゼントルーパーと違い、盾を持っていない。その理由は直ぐに明らかになる。

 

 滑らかな動きで長剣を振るうエルヴァートの太刀筋は洗練されていた。魔導機士の機体構造を把握した、人間の物とは異なる剣術。機士剣法とでも言うべき動き。

 エフェメロプテラは一瞬制動を掛けて相手のタイミングを外す。突破に時間をかけては意味が無い。一瞬の静止から再加速。その動きに淀みは無い。ただ完璧に運剣のタイミングを逸らされたエルヴァートはしかし、そのまま流れるような動きで剣先を跳ね上げていた。

 

 その一撃も躱し、そのエルヴァートの背後へと抜ける。カルロスは冷や汗が伝うのを感じた。操縦技法一つとっても、アルバトロスの物は発展している。当然と言えば当然だ。カルロスが一人頭を悩ませるよりも、何百、何千と言う人間が考えた方がより良い物が早く浮かぶ事が殆どだろう。

 この差は埋まる事は無い。これからも開き続ける。

 

 そんな雑念があったからか。カルロスはソレに気付くのが遅れた。果たして集中していても気付けたかどうか。

 

 何もいない筈の空間。そこにある微かな歪みと熱源。

 不味いと思った時にはもう遅い。エフェメロプテラの脚部が悲鳴を上げる事を承知しながら、横方向へ跳躍する。そこに突き刺さる正面から飛来した矢。

 

 まさか、と言う思いと共に飛来した方向を見やると――そこには風景の歪みを取り去りながら姿を晒すエルヴァート。その数十二機。

 敢えて薄いところを突破させることで伏兵に包囲させる。再度誘き出されたのだとカルロスは理解した。

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