06 アルバトロスの新型

 カルロスにとって幸いだったのは、彼自身が未だ機体外に居た事だろう。

 初動が遅れるというのはこの状況では痛手だ。だが致命傷では無い。もしも、彼がエフェメロプテラに乗ったままアリッサの機体を目撃していたら怒りに任せて突撃してただろう。

 

 僅かな時間ではあるが、機体に飛び込むまでの間にカルロスは冷静さを取り戻すことが出来た。

 

 ここにクレアはいない。代わりに待ち構えていたアリッサとその部隊。そこから導き出される結論は――。

 

「俺を誘き出す罠……」


 恐らく、ここでは本当にあのジュリア某が魔導機士の研究をしているのだろう。そこでジュリアにクレアとよく似た格好をさせる。そうすればカルロスがクレアと誤認するという予測を元に。

 

 だがそれは、カルロスの手の内を知らなければ出来ない事だ。ジュリアの情報は徹底的に秘匿されていた。だからこそカルロスも真だと思ったのだ。これがばら撒かれていた情報ならばもっと警戒した。秘匿していた情報を得られたのは何故か。死霊術と『枝』の併用だ。死霊術は兎も角、『枝』に関してはカルロスは誰にも喋っていない。コーネリアスに伝えたのも重要なポストの人間を教えて欲しいという所までだ。

 

 その答えは相手から与えられた。

 

「ダメですよ、先輩。あんな風にバレバレの魔法何てかけちゃ。ちゃんと暗号化しておかないと」

「やっぱりお前か、アリッサ!」


 アルバトロスに、カルロスに匹敵する融法の使い手は彼女しかいない。アリッサが『枝』の構造を把握し、カルロスを罠にかける準備をしたのだろう。そして魔法の暗号化、カルロスの知らない技術だった。

 

 改めてカルロスは己の劣勢を自覚する。王立魔法学院では最新の技術について学んできた。だがそれは既に四年前の最新だ。アルバトロスの先端研究は恐らく、カルロスの理解できない領域に至っている。

 カルロスは己が非才であるとは思ってはいない。だが同時に限界がある事も分かっている。一人で万象を理解するなど程遠い。

 

 一人であること。その不利がのしかかる。

 

 兎も角反省は後回しである。アイゼントルーパーを超える魔導機士(マギキャバリィ)の四個小隊――十二機。恐らくはこの機体こそがアルバトロスの余裕の根源。反乱の可能性がある旧ログニスの人間に古式を委ね、裏切るかもしれない傭兵団に新式を貸与できる理由。

 そんな機体を相手にして勝てるかどうか。

 

(厳しい、な)


 カルロスは即座にそう判断した。相手の機体性能が不明だ。最悪、一機一機が古式に匹敵すると考えた場合、勝ち目はない。

 敵軍は扇方に展開して、エフェメロプテラを包囲している。背には研究所が存在する。そこを乗り越える事は不可能ではないが、手間取っている間に狙われるだろう。

 

 カルロスの最大の警戒要因は、この新型が所持している見慣れない武装だ。

 

(あれはなんだ……? 弓、か?)


 弓と言う武装は魔導機士では使われることが少ない。単純な理由として、大概の古式は自身の機法による飛び道具がある。そんな中で矢で嵩張り、接近戦で邪魔になる弓を使う者は酔狂か己の腕に余程の自信があるか……どちらにしても少数派だ。

 他にも魔導機士自身の指先の強度が求められたりと威力を追及すると大型化したりと新式でも採用が見送られがちだった武装だ。

 

 カルロスの所感だが、弓の一種ではあるが彼の知る物とは大きく違っていた。横向きに倒された弓と、それを支える台座。弦を引くための機構。一見しただけでは分からない機構が幾つもある。

 

「構え」


 アリッサの機体が右腕を上げる。

 

「撃て」


 その号令と同時。十一機から一斉に矢が放たれる。カルロスの知る矢とは違う。太く短い矢は唸りを上げながらエフェメロプテラの足元に突き刺さる。深々と地面に食い込んだそれを見てカルロスは戦慄する。生半可な威力では無い。『|土の槍(アースランサー)』に匹敵するのではないだろうか。

 

 だが、とカルロスは向き直る。弓矢であるのならば、次の矢を番えるのに時間がかかるはずだった。その隙を突けば相手が武装を取り換える前に数を減らせるかもしれない。

 エフェメロプテラが地面を蹴る。爆発的な加速を見せて、一機に距離を詰める――瞬間、エフェメロプテラの眼前に矢が出現した。

 

「っ!」


 殆ど倒れ込むようにしながらカルロスは回避に成功する。エフェメロプテラの突進に合わせた見事な射撃を行ったのはやはりと言うべきか。アリッサの駆る機体が放った一矢だった。

 

 その回避をした一瞬。その僅かな時間で敵軍の射撃準備は整っていた。

 

「構え」


 再度の号令。今の一矢は運よく避けられたが、エフェメロプテラのダッシュに合わせての射撃が来た場合、その相対速度によってカルロスの反応速度では追いつけない可能性があった。

 

「撃て」


 それ故に、回避に専念するしかない。試作機と、アイゼントルーパーに乗った経験から左右に機体を振れば照準がぶれるはずだという予測に基づいて機体を動かす。だが、相手の弓、そしてそれを携える腕はブレを見せない。

 

 相手はエフェメロプテラの動きを完全に捉えている。そこに迷いが持ち込まれることも無く、機体がぶれることも無い。そしてあの弓自体もカルロスの予想以上に軽い物らしい。

 

「如何ですか? 先輩。私の部下達のエルヴァートと、それが操るクロスボウは」


 連射の可能な、強力な遠距離武器。近接戦に傾倒しているエフェメロプテラとは相性が悪い。包囲を狭めていく動きを見れば基本性能もアイゼントルーパーから更に向上している様だった。

 

(エルヴァート、か……悔しいが良い機体だ)


 試作機の対人仕様改修機とも言えたアイゼントルーパーと違い、エルヴァートは対魔導機士仕様の発展機だ。これだけの威力と正確さを持つ射撃を前にしては古式と言えども厳しい戦いを強いられるだろう。

 

 だが、それでも。

 

「性能は大体把握した……」


 良い機体だ。それが量産体制にある事。カルロスとしても称賛せざるを得ない。それでもエフェメロプテラで突破が叶わない程の難敵かと問われれば否と答える。

 

 突破に問題は無い。むしろカルロスとして悩みどころなのは――。

 

「……ここで落とせるか?」


 その突破のついでにアリッサの機体を落とすことが出来るかどうか。そこが問題だった。

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