05 赤い髪
実行を妨げる要因は無くなった。
十全とは言えないまでも、カルロスはフィンデルに到着してからの仕込みを解放する。
死霊術の配下となった中型魔獣の群れがフィンデル周囲で姿を晒す。人里近くにまで寄せれば、フィンデルのアルバトロス軍も無視はできない。兎に角今回は数を優先させたため、魔導機士(マギキャバリィ)と戦闘になれば一瞬で蹴散らされるだろう。だがそれで構わない。カルロスの目的はフィンデルを一時的に手薄にすることなのだから。
万が一にも、己の蘇らせた魔獣で無辜の民に被害を出すわけには行かない。それを許容したらカルロスは人ではない物に堕ちるだろう。
小動物のリビングデッドには最初に報告してきた個体の周辺に集まらせている。怪しむかもしれないが、その時にはもう手遅れだ。むしろ逃げ出そうとしてくれた方が確保はし易い。
決行は夜明け直前。相手の集中力が緩みかけた所を狙う。推定される機体数は基地の稼働状態が三十。内二十一はカルロスの陽動によって街の外へ。戻ってくるのに最短でも二時間はかかる。残りは九。その位ならばどうとでもなるとカルロスは勝算を見積もる。
「街の人間には、付近で迷宮が見つかったという噂を流しておきました」
「有難い。基地の連中もまさか人為的に魔獣の群れをおびき出せるなんて思っていないだろうけど、そんな話を聞いたらますます迷宮が出来たと思い込む」
カルロスには自覚の無い事だが――この手段はレグルスが取った物に酷似していた。奇妙な相似。それを知ったら彼は顔を顰めるだろうが。
「それじゃあ行ってくる」
「……またいつか。どこかでお会いできる事を」
「そっちも気を付けてくれ」
とうとう、コーネリアスは裏切る素振りを見せなかった。本当にただカルロスに尽くしたのだ。カルロスはもちろん、クレアにも何の血縁も無い相手だというのに。
これから立ち去り、恐らくは上手く行こうと行くまいと会う事は無い筈だった。だからだろうか。余計にカルロスは彼の無事を祈る気になった。
透過状態でオスカー商会が借り上げている倉庫を後にする。
機体全体の状態を解析。快調だ。エーテライトも鱈腹詰め込んだ。一時間程度の全力戦闘ならば耐えられそうだ。補給用にエーテライトを運ぶ魔獣も用意してあるが、補給のタイミングがあるかどうか。
アルバトロスの研究所は街の外れにある。街の周囲を取り囲む壁の外。そこに接近したところで、カルロスは透過の偽装を解除する。途端に、研究所から慌ただしい空気が発せられる。どう見てもエフェメロプテラはアイゼントルーパーには似ていない。どころか、魔獣と誤認されている可能性さえある。
もしそうならば好都合だ、とカルロスは思う。クレアの誘拐が目的だ、という事が隠せるのならば何でもいい。
研究所の方で暗闇に紛れて影が動いた。
「付与」
咄嗟にエフェメロプテラのエーテライトアイの暗視機能を上書きして強化する。爬虫類型の魔獣を解析した際に熱を察知する構造を理解しておいた甲斐があった。巨大な人型の熱源反応。
研究所の警備をしていた魔導機士だろう。先端研究を物理的に奪われないようにする。流石にアルバトロスは自分たちがやられたら嫌な事を心得ている。
だが、見る限りではそれはただのアイゼントルーパー。ここで遭遇するのは想定外だったが、僅かに三機。その程度では。
「邪魔だ!」
今のカルロスとエフェメロプテラにとっては少し面倒な敵以上の認識にはならない。『|土の槍(アースランサー)』を回避するためにエフェメロプテラが跳躍した。落下の勢いのまま、左腕の鉤爪が一機を脳天から切り裂く。着地を狙ってきた一機はワイヤーテイルの先端に取り付けられた返しの付いた穂先で操縦席を貫かれた。残った最後の一機は無傷だが、それは単にカルロスが順番を付けただけの話だ。
着地と同時に弾かれたように駆け出すエフェメロプテラを、アイゼントルーパーは追い切れていない。機体を上下に沈みこませて相手の視界から消えた後、足払い。姿勢を崩したところに右腕で殴りつけ、がら空きになった胴体に爪を叩き込む。
その間僅かに一分にも満たない。機体を完全に己の一部として扱えるカルロスにとって、融法で同様の操縦をしていないアイゼントルーパーなど数さえいなければ相手にもならない。
「さて」
上書きしたエーテライトアイでカルロスは研究所内の熱源を探る。小動物のリビングデッドは熱源が無いのでそれでは探せないが、人は別だ。明らかに慌ただしく、複数人を連れて移動している人間。動き回る影の中から他よりも厳重そうに人に囲まれている集団を見つけた。
その行く手を遮る様に、カルロスは建物を崩しながら左腕を突っ込む。天井が崩落しない様に少しは気を遣ったがそれ以上の考慮はしない。中の人間が生き埋めにさえならなければ良かった。そうして生じた隙間からワイヤーテイルを突入させて、中の人間を牽制する。もう一本のワイヤーテイルでカルロスは自分自身を建物の中に入り込ませた。
反対方向に逃げようとしていた集団を、先行したワイヤーテイルで足止めする。そうして警備らしき人の中に赤い髪の女性の後ろ姿を見つけてカルロスは叫ぶ。
「クレア!」
「残念だけど、人違いだ」
そう言いながら振り向いたのは――赤い髪に二十歳前後の女性。確かに顔のパーツはクレアに通ずる部分もあるが……別人だった。
「なるほどね……髪を染めろなんて指示があったのは貴様を釣り上げるためか」
「誰、だ」
まさかあの条件でクレア以外が引っかかるとは思っていなかったカルロスは動揺を隠しきれない。どうも彼女の独り言半分の発言を聞く限りでは、誤認する様に仕組まれていた様だった。
「私の名前はジュリア・クライス・クラリッサ。アルバトロスの次期主力魔導機士開発計画の責任者だよ。さて……自己紹介をして早々に何なんだが」
そこで彼女は言葉を切る。
「そのままそこに居たら死ぬぞ?」
次の瞬間、エフェメロプテラを衝撃が襲った。
「何!?」
遠隔操作で――ミズハの森で自作自演で紅の鷹団を襲わせたときの様に――エフェメロプテラを外側に向けて操縦席を建物側に向ける。先ほどまでは何もいなかった空間。そこには――十二の魔導機士が並んでいた。その整然とした並びは練度の高さを伺わせる。
そして何より、その機体群には見覚えが無い。アイゼントルーパーとは完全な別物。
否、中心に立つ一機。他とは違う機体にだけは見覚えがあった。見たのはたったの一度。その時は後ろ姿だけだったが、こと魔導機士に関してカルロスが見間違えるという事は滅多にない。
激情のままに叫ぶ。
「アリッサあああああああ!」
「あっははははは! そんなに大きな声で呼ばないで下さいよ、先輩! 嬉しすぎてどうにかなってしまいそう!」
片や怒声。片や歓声。カルロスにとって最大の敵がそこにいた。
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