04 コーネリアスの述懐

 その日の晩、カルロスはコーネリアスから指定された街門外の倉庫にエフェメロプテラを運び込んでいた。驚くべきことに、魔導機士(マギキャバリィ)が余裕を持って数機格納できるほどの広さの倉庫。一体何の為にこんな物を用意したのかと言う疑問がカルロスに生じる。

 

「ここはフィンデルですからね。アルバトロスの各所へ魔導機士を送っている。一時的な置き場としてこうした格納庫が使われることがあったんですよ」


 今は大半の格納庫は空となっており、こうして大口の商会が品物を収める倉庫として活用しているという。

 

「……この建物すべてがそうなのかよ」


 ざっと見渡すだけでも同様の物が二十はある。その半分が埋まっていたとしたらそれだけでロズルカの基地を超える戦力だ。まだここには軍の基地も街の外れに存在している。総数は五十を超えるだろう。幾ら何でも、エフェメロプテラ一機で相手に出来る戦力では無い。

 

「そんな訳ですから魔導機士の整備をするのに不足は無いかと」

「それはそうなんだが……分からないな」

「何がでしょう」

「そっちがそこまでする理由だ」


 はっきりと言えば、ここまで良くされることでカルロスは警戒心を抱いている。既に一度融法で嘘をついていないか、売る気はないかなどは確認したが、それとて完璧では無い。単純に自分よりも高い位階の人間なら誤魔化せるし、嘘を言わずとも隠し事は出来る。カルロスの融法はどちらかと言うと同調に偏っており、精神干渉系は苦手なのだ。逆にアリッサなどは精神干渉系の方が得意な人間である。

 

 その為、これが何かの罠であるという疑念が再燃していた。金銭だけならばまだ奪われたという言い訳が出来る。だがここまで協力する姿勢を見せるというのはいざという時に言い逃れが出来ない。言い逃れをする必要が無いのではないかと思ってしまうのだ。

 

「……私どもオスカー商会は先代よりウィンバーニ家には御贔屓にしていただいておりました」


 とつとつとコーネリアスが語り始める。

 

「当代のレクター様には南部の開拓に噛ませて頂き、今日の発展があります。勝手ながら……そのご息女であるクレア様を我らの姫の様に思っていたのですよ」


 それには納得の行く話だった。コーネリアスの態度は、単なる一顧客に対する物では無かった。以前はあれが普通なのかと思っていたが、来店の度に店主が出てきて応対するというのは単なる上客では無かったという事だろう。

 

「そのクレア様がエルロンド支店を訪れる際にはいつも楽しそうな顔をしておりました」


 懐かしそうにそう言う言葉に触発されてカルロスもクレアの顔を思い出そうとする。そこである事に気付いてカルロスは己の頭を抑えた。

 

「あの様な表情はそれまで見たことがありませんでした。そんなお嬢様が、アルバトロスへ亡命などするはずもないと。私どもは確信しております」


 彼女はどんな顔をして笑っていただろうか。見た回数は少なくとも、印象深い出来事だったはずだ。だというのに思い出せない。四年と言う時間の空白を今ほど強く感じたことはない。

 クレアに会えば、全て解決する筈と割り切る。その空白を埋めるために今カルロスはここにいるのだから。

 

「カルロス様がこうして警戒しながら、魔導機士を持ち込んで何を成そうとされているのか、私どもは存じません。ただ、微かにクレア様の情報があったこの地での再会が無関係とは思えません」

「っ……! クレアがここにいるのか?」

「確かな情報でありません。そんな様な人を見たという物です。それを聞いて私が直接来たのですよ」


 めぐりあわせかもしれませんね、と言うコーネリアスにカルロスは確かな手ごたえを感じる。これまでで一番、クレアに近づいているという実感があった。

 拳を握りしめるカルロスにコーネリアスが深々と頭を下げる。

 

「どうかクレア様をよろしくお願いいたします」


 コーネリアスはその言葉を証明する様にカルロスに多数の協力をしてくれた。それは例えば商会で拾った噂話のまとめた物だったり、街の有力者――つまりは、クレアに接する可能性の高い相手を教えてくれたり。特に後者は『枝』を付ける相手を絞り込めた。

 

 中でも大きいのは今現在のフィンデルにあるオスカー商会の在庫――この街の工房に売り込む予定だった鉄材などをいくらか融通してくれたことだ。カルロスも無から鉄を作りだす事は出来ない。クレアとて丸一日かけて少量だろう。

 加工器具が無いので、カルロスが創法で破損した箇所に継ぎ足していく形で補修していく。何れどこかで、徹底的な再改修を施す必要があるだろうが、当面はこれで良い。

 装甲も同様に修繕する。一番問題になるのはジャイアントカメレオンの表皮の加工だ。あれは東方に多く生息する魔獣なので、今は素材の手持ちがない。オスカー商会も流石に在庫は無かった。

 仕方ないので全体的に薄く加工して全身を覆う事を優先した。一発でも掠めたら禿げる程度になってしまったため、戦闘中に透過してフェイントに使う様な真似は出来ないだろう。

 

 それでも、一応の機能は確保できた。現状でこれ以上は望むべくもない。

 

「右腕はよろしいので?」


 地竜の革に包まれた右腕を指してコーネリアスがそう尋ねてきた。迷うことなくカルロスは首を横に振る。


「ああ、これはこのままでいい」


 別に壊れている訳では無いのだ。ただ、それを晒す事を躊躇っているだけで。

 

 エフェメロプテラの修復が終わった後、カルロスは余闇に紛れて幾度か魔獣を狩りに機体を外に出した。アイゼントルーパーによって多くの魔獣が駆逐されたとはいえ、まだ根絶されたわけではない。特にフィンデルから離れて人の手が入っていない山脈周辺に行けばまだまだ中型魔獣の姿を見かける。それらを作業的に狩りながら、死霊術で使役していく。それをフィンデル近郊で暴れさせて、作戦決行時の囮にするつもりだった。

 

 そうして準備を進めていく。その傍らで、クレアに関する情報も集めていく。人からの情報はコーネリアスが、それ以外の情報をカルロスが分担する様な形になり、徐々にいないと確定した場所が地図上で塗り潰されていく。

 

 そうして残された空白――フィンデルの外れにある帝国直轄の研究施設。すぐ側には軍の基地も存在する。そこに重点的にカルロスは小動物のリビングデッドを送り込む。水路や、配管、空から探し続けて遂に一匹から目撃情報が入る。

 

「……見つけた」


 直接己の眼で確認した訳ではない。だが、クレアと同じ背格好で赤い髪の女性が魔導機士開発の現場にいたというのはほぼ間違いない。

 更に駄目押しとばかりに『枝』が反応した。

 

 クレアが協力しているというのがカルロスには意外だった。或いは――クレアはアルバトロスで生きていく事を決めたのかもしれない。カルロスの中にある柔らかい部分に刃物を突き立てたかのような錯覚を覚えた。

 

 もしもそうだったらどうすれば良いのだろう。カルロスの中にはクレアを助け出すというのが目的にあった。だがクレアが望んでそこにいた場合、自分はどうするべきなのか……彼女の意思を尊重するべきか。それともそれを無視するべきか。

 

 ここに来てまた迷う。分からない。こればかりは彼女の眼を見ないと答えは出そうにも無かった。

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