37 新たなる道しるべ

 エフェメロプテラについての考えをカルロスは打ち切る。まだまだ知らない事が多過ぎる。世界を滅ぼす云々についても語っているのは大罪機と敵対していたと思われる側だ。そこに全ての真実が含まれているなどと考えない方が良い。

 

「……起きているんだろう、イーサ義兄さん」

「何だ、気付いていたのか」


 操縦席から這い出てきたイーサは、額に脂汗を滲ませながらそう軽口を叩いた。大儀そうに装甲に背を預けて、肺から空気を絞り出すように言った。

 

「負けたよ」

「ギリギリだった」

「そんなに、会いたいのか」

「言った筈だ義兄さん。姉さんやネリンが同じ目にあって、義兄さんは諦められるのか?」


 再度の問い掛けにイーサは諦めたように溜息を吐いた。

 

「そうだな。その通りだ」

「もう一度聞くぞ。義兄さん。教えてくれ」

「……魔導機士(マギキャバリィ)の化身何て実在したんだな……先々代の妄言だと思ってた。珍しい物を見せてくれた礼だ。アルバトロスの工業都市フィンデル、帝都ライヘル。その二か所で大量の資金と資材が動いている。人もな……各地に作られた量産機の工房から優秀な人材が引き抜かれていっている。俺が知ってるのはそこだけだ」

「ライヘル、フィンデル……」


 どちらもアルバトロス帝国でも有数の大都市だ。ログニス併合に伴い遷都が噂されたが、それを容易く否定する程の歴史を誇る人類最古とも呼ばれる帝都ライヘル。アルバトロスの工業力の根源とも言える技術開発の聖地。今大陸で最も進んだ技術を持っていると噂される地、工業都市フィンデル。

 どちらであっても、魔導機士研究をする場所として不足は無い。だがその分アルバトロスも防諜に気を遣っている。危険度が高いため、直接の調査は行って来なかったが……いる可能性が高い。ならばその危険を犯す価値はある。

 何より、アルバトロスはもうカルロスの生存を知っている。隠れ潜むよりも拙速が求められるタイミングだった。

 

「ありがとう、義兄さん。教えてくれて……これだけ徹底的に破壊されたのを見ればアルバトロスも義兄さんに嫌疑をかける事は無いと思う。……姉さんとネリンによろしく」


 そう告げる。それが別れの――恐らくは今度こそ今生の――言葉だと理解したのだろう。イーサの瞳に涙が溢れる。

 

「すまん……義弟を助ける事も出来ない情けない義兄ですまん……!」

「情けなくなんて無いさ……俺も、姉さんも義兄さんに救われたんだ。俺は、イーサ義兄さんみたいな人が姉さんと一緒になってくれて本当にうれしかったよ……」


 そう言うとイーサは声を憚ることなく涙を流した。悲しいのか、悔しいのか、嬉しいのか。カルロスからは分からない。

 

「さようなら」


 エフェメロプテラに潜り込み小さく息を吐く。

 

 また周囲には誰もいなくなった。賑やかだったしばらくと比べると余りに静か。

 だがカルロスの胸中は熱く滾っている。

 

「ライヘル、フィンデル……」


 二つの都市の名前を刻みこむように呟く。どちらから行くべきか。どちらの方が可能性が高いか。その瞬間、『枝』本来の用途が達成された。カルロスに伝わってくる位置情報。それはとある条件に一致する人物と接触した『枝』の感染者の居場所だ。

 その条件とは赤い髪の二十歳前後の女性。他にも細々とした条件は存在するが、クレアの特徴を備えた女性の居場所だ。その場所は――工業都市フィンデル近郊。

 

「……決まりだな」


 そこにクレアがいる。そう判断したカルロスはエフェメロプテラの足を北に向ける。素直に陸路で向かった場合、山脈で囲まれたフィンデルにはアルバトロスの国土を大きく縦断して大陸の端から折り返す必要があった。グランデを始めとする各都市を通過するのは厳しい。山脈を越えて直接フィンデルへと向かうべきだろう。

 

 用意しておいたエーテライトの補充スポットを頭の中に浮かべながらカルロスは小さく呟く。

 

「待ってろよ。クレア」


 もう何も捨て去りはしない。全て背負ってクレアの元に辿り着く。己の迷いと決別したカルロスは北へ向かう。


 ◆ ◆ ◆

 

 走り去っていくエフェメロプテラを、小鳥が追いかけていた。全力疾走を始めて置いて行かれ始めた小鳥は諦めたように大きく旋回し、ロズルカへと戻る。その中でも一際慌ただしい空気の場所――出撃した機体のほぼ全てが撃破されたアルバトロスの基地。その一角へと舞い降りる。

 そこにいたのは一人の男。周囲の慌ただしい空気から切り離された様にデッキチェアで横になっている。小鳥がその額に上に止まった。瞬間男は目を覚ます。

 

「……閣下に報告せねば」


 レグルスが各地に配置した諜報員。その内の一人だ。彼の優れている所は融法によって小動物と意識を同調させることである程度の動きと視界を己の物と出来る事だ。必然融法も使えるため、軽い尋問の際には引っ張り出される男でもある。――そして、カルロスが『枝』を植えた相手でもある。

 その際に同調先の小動物が死亡したら彼自身も巻き添えとなるがそんな事は些細な問題だった。第一皇子の実験動物となっていた自分を救ってくれた恩は命を以て返すつもりだった。

 

 そして今回の作戦。死亡したと思われていたカルロス・アルニカの捕縛作戦は失敗に終わった。ロズルカの基地司令が功を焦ってレグルスの親衛隊が到着する前に事を起こしたのが敗因の一つだと彼は考えている。総勢四十機の戦力ともなれば確実に取り押さえられただろう。

 

 諜報員に用意された通信用の魔法道具に魔力を流す。

 

「……先走ったロズルカの基地司令のせいで、カルロス・アルニカは取り逃がしました。未確認の古式を保有しています。……はい。はい……。了解しました。親衛隊にはその様に伝えます」


 最低限伝えるべきことは伝えた彼は、そのまま自身の上司――カグヤから次なる指示を受け取った。と言っても今度もメッセンジャーの様な物だ。ただ相手が非常に気難しく、何を考えているのかよく分からない相手だというのが憂鬱だが。

 

「やれやれ……やる気に満ちている彼女にこれを伝えるのは火に油を注ぐような物だ……」


 今回の任務には並々ならぬ気迫を見せていた親衛隊隊長――アリッサにカルロス・アルニカ追撃指令を出す。どう考えてもカグヤ自身が狂乱するであろうアリッサとそこに付随する面倒事を嫌って押し付けたのだろうと彼は思う。レグルスには二心無い忠誠を誓っているが、上司であるカグヤはどうにも好きになれなかった。


「全く……アリッサ特務士官は何を考えているのか」


 同じ大恩がありながら、何故レグルスには忠誠を誓わないのか。――彼もアリッサも、依存先が違うだけの似た者同士である自覚は無かった。

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