36 神権と大罪

 戦場跡には不釣り合いなドレスの女性はエフェメロプテラを見上げて溜息を吐く。

 

「まさか成りかけだったとはのう」


 気付かなんだと諦めたように首を振るその姿にカルロスは苛立つ。

 

「質問がある、|ガル・エレヴィオン(・・・・・・・・・)」

「悲しいのう。無邪気に妾(わらわ)の身体中を弄っていた時とは偉い違いじゃ」

「生憎だが……お前たちをどうやって作るのかはもう分かったからな」

「なんと……用が済んだら興味は無いと来たか。酷い男じゃ」


 ワザとらしく嘆くガル・エレヴィオンの化身(アバター)にカルロスはエフェメロプテラの指先を向ける。その先には深紅のブラッドネスエーテライトがあった。


「お前らは人間の魂を抜き出してエーテライトに変換した。それがこれだ。通常のエーテライトの何倍もの情報を中にある意思が書き込めるブラッドネスエーテライト。コアユニットと呼んでいる存在はこれの事だろう」

「お見事……。妾の世代以外でそこまで至ったのはもしかしたら主が始めてかもしれないのう。どうやってお気付きになった?」

「死霊術師の秘奥、とだけ言っておこうか」

「……主、名は?」

「カルロス・アルニカ」


 そこで初めてガル・エレヴィオンの化身はカルロスと言う人間を認識したのだろう。どこか懐かしそうに目を細める。

 

「妾達をブラッドネスエーテライトに変換してくれた人に似ておるの」

「そんな事はどうでもいい。お前たちは、魔導機士(マギキャバリィ)は一体何と戦う為に作られたんだ!」


 それは、聞く人によっては呆れを見せる言葉と言えた。魔導機士が作られた理由。そんな物は子供だって知っている。嘗てあった人と龍の争い。人龍大戦に於いて人類側の切り札として生み出された存在。対龍兵装。それが今に至るまで残されている、魔導機士の歴史だ。

 そんな当たり前を聞かれた女性――遥か昔は別の名前で呼ばれ、しかしその名を捨てる事でガル・エレヴィオンへと変生した――は、嫣然と微笑んだ。

 

「その問いかけを妾がされたのは百年振りよな」

「答えろ……」

「おお、こわいこわい。龍と戦うため。皆がそう言っているのではないかな?」

「龍皇は俺に言ったぞ。龍も人も手を取り合っていた時代があったと」

「龍皇……? はて。それはもしや……」

「龍皇、イングヴァルドだ。知らないとは言わせない」


 この世に存在する最強の生物の名を上げるとガル・エレヴィオンは呵々大笑した。心底からおかしくて仕方ないという風に。

 

「龍皇! 龍皇とな! あっははははは! あの小龍がそんな風に呼ばれるようになっておったのか!」


 涙が出るほどに笑いこけた後、指で拭いながら彼女は言う。

 

「どれ、久方ぶりに笑わせてくれた礼に応えてやるとするかの……妾達が何故作られたか、じゃと? 決まっている。そなたも分かっているからそんな事を聞いてきたのではないのかの? 共存の神権が唯我の大罪に断たれて、知性ある種族は共に生きる事が出来なくなった。それ故に妾達は決意したのじゃよ。己が身を捧げて、人間族の存続のみを願った」

「神権機に大罪機……実在するのか」

「するとも。数年前にも無二の大罪と会ったぞ。神権共はどうせ大陸中央の神殿で引き籠っておるのだろうよ。あいつらは覚醒した大罪がおらんと動かんからの」


 カルロスは目の前の存在が話す内容を、メルエスで得た情報を照らし合わせていく。今の所矛盾は無い。神権機と大罪機などと言う御伽噺にすら残っていないような話も含めて。

 

「次の質問だ……大罪機は人間を滅ぼすと言った。それは――」

「それはちょっと違うのう」


 事実なのかと問いかけたかったカルロスは先回りした彼女の言葉に僅かに安堵の表情を浮かべる。だが続いたことはその表情を凍りつかせるには十分な物だった。

 

「滅ぼすのは人間だけではない。知性ある者全てじゃよ。龍族も、長耳族も、有獣族も全て遍く生き物を滅ぼすじゃろうよ。神権を失うというのはそういう事じゃ」

「待て。実在するのか。神なんて言う物が!」

「知らんよ。妾は会ったことも無いのでな。ただ神権機共は確信しておった様じゃよ。神と神が授けてくれた神権。まあ連中にとっては親みたいな物なのかの。神権を滅するための大罪と、それを生み出す邪神の存在も同様にな」


 幾つかはメルエスでは聞かなかった話だ。特に神の下りは初耳だった。これらが事実だとしたら、何故それだけの重要情報が断絶していたのか。

 

「何故、それを知っている人間がほとんどいない」

「さあの。まあ予想は出来るがの……大罪機の出現を防ぎたかったのじゃろう。そんな物があると分かれば追い求める人間は相応の人数居るじゃろうからの」

「大罪機の出現……」


 神権機、大罪機。その存在の意味と、それに付随する神の存在についてはこれ以上の情報は得られないだろうとカルロスは思う。こうして喋っているガル・エレヴィオンの化身は一見すれば人間と大差ない様に見える。だが――これはただの再現でしかないという事が良く分かった。あくまで人工物であってこの姿になる前と同一ではない。

 その内の一つが決して嘘を吐けないという制約が課されている事。そして自己の隠蔽と保存が優先事項として存在する事だ。ブラッドネスエーテライトに宿る人工人格。それはカルロスが普段の死霊術で使う人工精霊とよく似たロジックで動いている様だった。だから分かってしまう。嘘は吐いていないと。

 

「む……いかんな。やはり魔力が足りないか」


 うっすらと、化身の姿が透ける。反対側の景色が見えた。彼女の言うとおり、その姿を投影するための魔力が尽きかけているのだろう。先ほど奪ったエーテライトがあればもう少し会話を続けられるのかもしれないが、これを戻すと今度はカルロスが立ち往生することになる。

 慌てて最後の問いを投げかけた。

 

「大罪機はどこから現れるんだ!?」

「我らの中から」


 魔力が不足して、生前の人格を再現することも難しくなったのか。淡々とした無機質且つ無個性な声が返ってくる。

 

「紛い物からもまた同じく」


 その言葉を残して化身は消え去った。人影の見えなくなった戦場跡でカルロスは呟く。

 

「紛い物……新式も大罪機に成りえる……?」


 だとすれば、それは確かに滅びの種と言えるだろう。人間が生きていくために必要な神権。それを滅する大罪。その土壌となる新式の魔導機士。単純な母数の問題だ。大罪機の出現がどんな条件か分からなかったが、試行回数が増えれば確率は増える。そんな話だとしたら……確かに滅びのきっかけになりかねない。

 

 分からないとカルロスは頭を抱える。話の規模が大きくなりすぎだった。ただ魔獣に苦しむ人を救いたくて作った魔導機士が世界を滅ぼすなどと言われてあっさり受け入れられるの程カルロスの頭は柔らかくない。

 ただ、カルロスはそう遠くない未来に向き合う必要があった。新式を生み出した事と――エフェメロプテラに宿った大罪について。

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