38 追跡者の吐息
「失態ですね。ラジン基地司令。我らの到着を待たずに事を起こし、その挙句に取り逃がした……余程無能さをアピールしたいと見える」
「ぐっ……小娘が」
「ええ。確かに小娘です。ただその小娘は殿下に本件に関する全権を委任された小娘ですが」
アルバトロス帝国第二皇子、レグルス・アルバトロスには三つの親衛隊が存在する。
ヘズン・ボーラスが率いる第一親衛隊。
ヤン・クローリーが率いる第二親衛隊。
この二隊は何れ来る東征の主力としても期待されている。古式の魔導機士(マギキャバリィ)を旗機とし、新鋭の新式によって構成される精鋭部隊だ。選抜された操縦者もアルバトロス全軍の中から選りすぐられた腕利き。
それに対して最後の一つ、第三親衛隊は少々毛色が違う。全機が新式で構成された部隊編成。その大半は通常の軍には在籍していた記録も無い。言い換えればいきなり親衛隊に配属された人間という事だ。
端から見れば身元が定かではない人間で構成された第三親衛隊の役割は、国内におけるレグルスへの反逆者の討伐。第二皇子の忠実なる猟犬。
その部隊を率いる者の名は――アリッサ・カルマ。
四年前に新式の魔導機士技術をログニスから奪い取った功績と、一年程前の王都襲撃の際に挙げた功績によって若き身でありながらその座を仕留めた英傑――と言うのが表向きの話だ。実態を知っている人間からすれば失笑物であるが。
その少女は感情の伺えない瞳でロズルカの基地司令を見上げている。身長差があるのでそうならざるを得ないのだ。
「私への侮辱はレグルス殿下への侮辱だと心得なさい。ラジン、元、基地司令」
元を強調してアリッサは告げる。既に彼女がここに到着するまでの時間で基地司令の解任は決まっていた。その後がどうなるのかはアリッサも知らない。別に興味も無かった。
「後任が来るまで暫定ですがその椅子には私が座ります。貴方には反逆の嫌疑がかけられている。尋問室の椅子に座ってもらいましょう」
「な、横暴だ! 一体何の権限が有って……!」
「無論全権が。先ほど言った通りです。連れて行きなさい」
冷たく言い捨てて、部下に元基地司令を運ばせる。暴れているがあの程度でどうにかなる部下はいない。
「……全く。あの無能のせいでとんだ無駄足になりましたね……」
誰もいない部屋でぼやく。口元から溜息の様な声が漏れる。
「先輩に会える筈だったのに……先輩を殺(あい)して、先輩に殺(あい)される筈だったのに……」
浮かんでいる表情を、人は狂気と呼ぶのだろう。表面上は落ち着いているが、アリッサの精神はまともとは言い難い。アリッサにこの地位を与えたレグルスも、カグヤもそこを見誤っていた。
「次に会えるのは一体いつになるんでしょうか……」
首元に下げたペンダントを指先で弄りながら呟く。籠の中に入った鳥の細工が澄んだ音を立てた。この音を聞くとアリッサは落ち着けると思っている。
「アリッサ特務士官。入ります」
ノックに対する返事と同時に入室してきたのは、アリッサと同じ施設で育った男だった。このロズルカの基地に配属されていた諜報員の一人がカグヤからの指令を伝える。
「カグヤ総括からの指令です。第三親衛隊はロズルカ基地にて補給後、カルロス・アルニカの追撃任務に移る様にと……」
「うふ……うふふふ……流石はカグヤ総括。分かっていらっしゃいますね」
この諜報員とは逆に、アリッサはカグヤの事がそれほど嫌いではなかった。レグルスの影としてその道を支える姿勢。その滅私の精神は尊敬していると言っても良い。
「ああ、待っていてください。先輩。今|会い(ころし)に行きますからね」
陶然とした表情を浮かべて頬を染める姿は愛らしいさを覚えるはずなのだが、今アリッサの前に立っている彼にとってそれは狂気の産物でしかない。相変わらず狂していると思いながら退室しようとして――。
「ああ。待ってください」
そう呼び止められて彼は振り向いた。瞬間、アリッサの右腕がぶれた。それを認識した時にはもう何かが自分の頭を擦り抜けて行ったという感触がある。
「な、何を……」
「君の頭に何か魔法がかけられていましたよ。多分融法の類……気付きませんでしたか?」
「……いえ、全く」
「なら相当に高位階ですね……」
その魔法の構造には覚えがあった。四年前。一月ほど毎日の様に見た構造と似た癖が見られる。
「ふ、ふふふ……これは、使えそうですね」
舌なめずりをして。アリッサはその魔法をどう利用するか考え始めた。
◆ ◆ ◆
「……それでこんな地下に連れてきて何をさせるつもりかしら。いう事を聞かないからいよいよ殺す?」
そう強気に言いながらも、クレアは己の足元が震えているのを感じた。本当にそうだったら。どうやって逃げ出そうか。逃げ出せるのか。先ほどから同じ考えが頭の中を周っている。そんな彼女の震えに気付いているのか。レグルスは素っ気なく言った。
「お前に見せたい物がある」
「見せたい物……?」
現状見たい物はカルロスの無事な姿位な物だった。それ以外の物を見せられても喜ばしいとは思えないだろう。事実、クレアが見せられた物は喜ばしい物では無かった。
「何、これ……?」
「神の欠片。我々はそう呼んでいる」
「神……? 神ってあのオルクスが言っている私たちに生きるための神権を与えてくれたっていうあの?」
「その神と同一かは知らん。そんな物はあの国の神学者にでも任せておけばいい。だが少なくとも、それだけの権能を持った何かだと余は見ている」
改めてクレアはそれを見る。まるで貼り付けにされたような串刺しの機体。魔導機士だ。
「魔導機士に見えるんだけど」
「考えても見ろ。神が直接与えたという神権機とて見た目は魔導機士だ。これが神の似姿なのだろうよ」
そう言いながらもレグルスは興味は無さそうだった。
「お前は言ったな。協力することなど天地がひっくり返るような事でもない限り有り得ないと」
「……言ったわね」
「ならば天地を引っ繰り返してやろう」
レグルスの口から語られた言葉。それを聞いてクレアは顔を青ざめさせる。
「さて、改めて聞こうか。我々に協力しろ」
「……答えは変わらないわ。カルロスと一緒じゃないと出来ない」
変わらずの拒否。だがレグルスは満足げに頷いた。やらないでは無く、出来ない。それはクレア自身無自覚ではあるが意識に変化が生じた証だった。
ならば、残る問題はカルロス・アルニカを確保するだけだとレグルスは頷く。あと少しで、目的の為に必要な手段が揃う。
レグルスは笑みを浮かべた。
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