25 罪を重ねる

「器用だなカール」


 宿の一室で買い込んできた素材から融法で操作できる魔導機士のミニチュアを作成しているカルロスの元に、イラが酒瓶片手に訪れた。


「それは……魔導騎士か?」

「ああ。上手いもんだろう?」

「正直金が取れると思うぞ。うわ、何だこりゃ。内部構造まで再現してんじゃねえか」

「実物どおりに動くぞ」

「……変態だな」


 若干引きながらイラはそう締めくくった。そこでカルロスは前々から気になっていた事を尋ねる事にした。

 

「お前も大概魔導機士に詳しいみたいだな」

「……ああ。まあな」


 断りも無く、イラはどっかりと床に座ると手にした酒瓶を置いた。

 

「実はその事で話したい事がある。聞いてくれるか?」

「団長とかの同席は必要か?」

「いや、まずはお前に話したい」


 一体何がイラにそこまで決意させたのかカルロスには分からなかったが、真剣な表情を見て言葉を飲み込んだ。作業を中断して、工具を宿備え付けのテーブルの上に置く。イラと向かい合うようにカルロスも床に座り込む。

 

「話って何だ?」

「そう急くなよ。まずは一杯行こうぜ」


 一緒に持ってきていたグラスに酒を注いで、イラはそのまま一気に呷った。カルロスはほんの少し口を付けてそのまま再度床に置いた。ちらりと見てイラは呟く。

 

「前から思っていたがお前酒弱いのか?」

「ああ。かっこ悪いと思って言えなかったが殆ど飲めない」

「そうか」

「それが話か?」

「まさか。……カール。お前はログニス出身だな?」

「……どうしてそう思った?」


 微かに、カルロスが身体に力を入れる。表向きの経歴は、ハルス出身となっている。言葉遣いも苦労して矯正し、ログニス訛りは出ない様にしていた。

 

「分かるさ。王都に行ったとき、真っ直ぐにどこかへ向かっただろう? あれは土地勘の無い人間の足取りじゃなかった」

「なるほどな……」


 迂闊だったとカルロスは舌打ちする。その時に後を付けられていた事。そこに気付かなかったのは痛恨だ。

 

「勘違いするな。それで脅そうとかそう言うつもりは一切ない。ただの確認だ」

「……少し待て」


 カルロスはそう断って、荷物の中から一つの魔法道具を取り出す。それを床に置いて会話を再開した。

 

「もう良いぞ」

「何だこれ?」

「盗聴防止だ。これ以上余計な事を知られるわけには行かない」


 一人に気付かれたからと言ってそれを広める気はない。その対策だった。分かる人が見れば密談していると分かってしまう様な雑な作りだが無いよりはマシだ。余計な情報を残して行きたくはない。

 

「何でそんなもん持ってるんだよ」

「用心だよ。それでイラは何が言いたいんだ」

「そうだった。俺が聞きたいのは王立魔法学院の生徒だったんじゃないかって事だ」


 カルロスの中で警戒度がまた一つ上がった。何故その結論に至ったのか。その答えによっては――。

 常日頃から隠し持っているナイフが急に存在を主張し始めた。

 

「何でそう思ったか、って聞かれそうだから先に行っておくけど。大した話じゃない。明らかに専門知識を持っているカール位の年代。閉鎖前の王立魔法学院に在籍していたんじゃないかって思っただけだ。もしもそうなら教えてくれ! 人を探しているんだ!」


 その必死の形相にカルロスも僅かに警戒心を下げた。自分自身がクレアを探しているという境遇に被る物があったのか。微かなシンパシーを覚えた。

 

「……名前は?」

「ライラ」


 殴りつけられるような衝撃。それだけならばまだ誤魔化しようがあった。

 

「ライラ・レギン。俺の妹だ」


 表情を取り繕う事も忘れた。軍の尋問でも動じなかったカルロスが動揺を面に出してしまった。身内の存在にカルロスは取るべき対応に迷った。そしてその感情の動きは相手にも伝わっていた。

 

「何か、何か知っているんだな!? 教えてくれ! アルバトロス侵攻の三年前から行方不明になっているんだ!」


 肩を掴んでくるイラの視線を直視できない。揺すられても、それに反応を返すことが出来ない。

 

 覚悟しているつもりだった。だがいざその時になったら自分はまたも無様を晒している。四年前から何一つ変わってはいない。

 

「ずっと探しているんだ。侵攻前から。でも元は魔導機士の整備兵見習いだから人探し何て全然上手く行かなくて……頼む! どんなことでもいい……生きているか。死んでいるかだけでも……」


 イラの力が緩んでいく。問い詰めるというよりも縋り付く様だった。どんな些細な事でも知りたい。その気持ちはカルロスにもよく分かる。痛い程に。だから、彼は腹の底に力を込めてそれを告げる。

 

「……諦めろ」


 それはイラからすると消極的な一つの事実の肯定だったのだろう。腕から力が抜けた。

 

「そう、か。そうだよな……分かっていたんだ。それでも決定的な証拠が見つからない限りはと思って探し続けて来たけど……そうか。そうだったのか」


 納得したようなイラに、カルロスは何も返さなかった。これはイラの中で結論を出してもらう必要のある事だった。

 

「……すまなかったなカール。お前の出身の事は誰にも言わないから安心してくれ……」

「ああ。そこは信用している」

「ありがとう……その酒、やるよ……とても飲む気分じゃない」


 そう言いながらイラは憔悴した足取りでカルロスの部屋を出ていく。その背を痛ましげに見送りながら小さく息を吐く。これで良かったのだと思う事にした。決して届かない虚像を追いかけるよりはこの方が良い筈だ。分かっていても胸が痛む。

 

「……すまないな」


 本当の事を告げられなかったカルロスは盗聴防止の魔法道具で決して届かないと知りながらもそう謝罪した。

 

 酒にコルクを嵌めこんで、荷物の中に突っ込む。そして再び工具を手に取って土産予定の魔導機士ミニチュアの作成を再開する。だが遅々として進まない作業を切り上げて、カルロスは荷物の中から別の物を取り出した。それは、深紅(・・)の仮面。

 

 それを額に当てて小さく呟く。

 

「すまない。本当に、すまない……」


 誰かへ向けた懺悔。己の我儘に巻き込んでしまった人たちへの謝罪。

 

「許してくれ……」


 予想通りだった。予想通りの事をしてしまった。だけど何を代価にしてでも、カルロスはクレアに会いたかった。その代価が――だったとしても取り戻したかったのだ。

 

 今また一つ罪を重ねた。その事の許しを請いながら――夜は更けていく。

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