24 増える傭兵団
「ったく! 胸糞悪いったらありゃしないよ!」
団員と共に宿に戻るとマリンカが荒れていた。まだ陽も沈み切っていないというのにアルコールを呷っている。既に空いたグラスが彼女の前に三つも置かれていた。
「何があったんだ髭」
「髭は止せって……まあ新しい依頼と言うか任務の確認に行ったんだがそこで鉄の巨人団と鉢合わせてな……」
そう言う髭の言葉も苦々しくトゲがあった。
「あのクソッタレども! なーにが『生憎と俺達には股開いてくれる女がいないんでな。腕っ節の実力だよ』だ。あの禿げ頭! どうせ尻でも差し出したんだろう!」
その罵声の裏側で禿頭の傭兵が静かに涙を流していた。取りあえず大体事情を察したカルロスは溜息を吐いた。
「あいつらも専属契約を?」
「そういう事だ」
髭が肩を竦める。別の傭兵団が紅の鷹団と同様に魔導機士を貸与されて専属契約を結ぶというのはそれほど予想外でもない。アルバトロスとしては他国から傭兵団と言う戦力を削りたいのだろう。
アルバトロスが好条件で雇うと言う噂が流れれば傭兵団はそれだけでアルバトロスへと流れる。それを引き留めるにせよ、見送るにせよ他国は戦力を削られることになる。引き留めるならばより好条件を提示――つまりは報酬の上乗せだ。それは軍費に静かだが確実な負荷を与える。
まあそれがあのいけ好かない連中だというのはカルロスにとっても少々気に入らない事だが。
「次の作戦はあいつらと合同だよ」
その言葉にカルロスは今度こそ顔を顰めた。
それから約二週間後。クレイフィッシュの修理も終わった辺りでアルバトロス軍から作戦が通達される。今回もミズハの森への調査。但し別ルートから紅の鷹団と鉄の巨人団が侵攻するという物だ。
ロズルカの格納庫でカルロスは見慣れない機体を見上げる。恐らくは鉄の巨人団の改修機だろう。軍の機体にしては無駄が多かった。
兎に角装甲が厚い。あれだけの装甲厚ならば魔導機士の攻撃をまともに受けても耐えられるはずだ。無論機法の前には焼け石に水だが、魔獣の魔法もある程度ならば防げる。
その反面燃費は相当に悪い筈だ。あれだけの大質量を支えるためにそれだけで魔力を消費する。運動性も高いとは言えないだろう。機敏な動きは望めない。言ってしまえば重装歩兵の様な物だ。相手よりも固く、相手よりも重い一撃を叩き込む。恐らくはあのハンマーが主兵装なのだろう。
観察しているとわざわざこちらに聞こえるような声で嘲りの言葉が聞こえてきた。
「見ろよあのザリガニみたいな機体」
「弱そうでやんすね!」
「ああ。全くだ。あんなものの何が役に立つんだか」
クレイフィッシュの機能美が分からない輩が何かさえずっているとカルロスは余裕の気持ちで聞き流す。正直名前はどうかと思うが、機体に組み込まれた技術が分からない様では、鉄の巨人団の面々は魔導機士と言う物を理解していないと見えた。
機会があればぼこぼこにしてやろうと誓いながらカルロスは踵を返した。顔見知りとなった整備兵から申し送り事項を確認する。
「全体的に装甲を削って軽量化しています。以前よりも防御力は下がった事を確認してください」
「ああ。分かった」
空中を駆け回るには軽い方が良い。下がった防御力は機動力でカバーだ。それに下がったと言っても、今の装甲を突破できる攻撃が出来るような大型の魔獣ならば、以前の物でも大差がない。相手の攻撃力がありすぎるという意味で。整備兵もその辺りを上手く調整してくれているはずだった。
「ちなみに、お前はあれどう思う?」
「あれ? ああ、アイアンジャイアントですか」
「まんまだな」
「こっちもレッドホークにしますか?」
「遠慮しておく」
「取り敢えずあの機体は……何と言うかシンプルですね。硬ければ強いと言いたげな程の重装甲です」
「拠点防衛なら役に立ちそうだけどな」
防御力が欲しい場面で輝くのは間違いないのだが……ミズハの森調査には向かないのは確実だ。
「それじゃあお気をつけて」
「ああ。ありがとう」
そして再度の森突入。前回と同じルートでの侵入の結果、分かった事があった。
「……例の魔獣はどうも特定の縄張りを持っている訳じゃなさそうだな」
「そうなのか、カール」
クレイフィッシュに乗っているカルロスがそう呟くと、隣のアイゼントルーパーに乗っているイラがそう応じた。興味がありそうなのでカルロスは自分の所見を披露する。
「魔導機士に近い巨体が森を移動すれば痕跡が残る。そんな痕跡があっちこっちにあるんだ」
「……つまり?」
「活動範囲が非常に広い。どう見ても他の魔獣との行動範囲が被っている」
「なるほど?」
余り理解していない様だった。カルロスとしても次の言葉を理解してくれればいい。
「要するに、前と同じ場所を探しても見つからない可能性が高いって事だ」
「……駄目じゃねえか」
「ああ。駄目だな。団長にルートの変更を進言しよう」
そう言ってカルロスは行軍を一度止める。
そうすると遠くから爆発音の様な物が聞こえてくる。
「……派手にやってるみたいだね。あちらさんは」
「みたいだな」
戦闘音がここにまで届くという事は相当激戦となっている様だ。それがただの魔獣なのか……それとも。
「取り敢えず交代しよう……後少し疲れた。馬車で休んでていてもいいか?」
「珍しいね。添い寝しようかカール?」
「黙れイラ」
そんな気持ちの悪い申し出を却下しながらカルロスは馬車の中にある魔導機士の予備部品の上で横になる。寝心地は悪いが一先ず文句は無い。眼を閉じて意識を飛ばす。
結局、今回の突入では紅の鷹団は例の人型に接触することは出来なかった。だがそれで評価が下がる事は無かった。
鉄の巨人団が突入してから三日目に人型と遭遇。三機とも大破。まだ森の浅瀬だったため辛うじて機体を持ち帰る事が出来たが、大損害だった。そして何よりも致命的なのは今回の作戦で何一つデータを得られなかったという事――と言うよりも情報の収集を完全に怠っていたらしい――だ。
同じ傭兵団でもきっちり情報を持ち帰った紅の鷹団と比較されて、むしろこちらの評価が上がる結果となった。
それにより両傭兵団の仲は更に悪くなったがカルロスには関係の無い事である。
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