26 下手くそな嘘
それから数回、アルバトロス帝国からの依頼をこなす為にミズハの森に突入した。
紅の鷹団が人型と遭遇することもあったし、鉄の巨人団が遭遇することもあった。そうして複数の目撃情報を突き合わせて分かってきたのは、その姿がわずかではあるが変化しているという事。
「魔獣としての変貌がまだ終わっていないのかもしれないな」
その変化をカルロスはそう結論付けた。過去に類似の事例は無かったが、元々異例だらけの個体だ。今更それが一つ増えたところで大した問題ではない。むしろ問題視されていたのはミズハの森内に生息する魔獣数の減少だ。
鉄の巨人団が碌な情報を拾って来ないので紅の鷹団から見た話しになるが、回を重ねる毎に遭遇する魔獣の数は減って行った。カルロスの見つける痕跡も古い物が増えて行った。
「何だか嫌な感じだね。あたしらの知らない場所で自体が進行している気がするよ」
「多分そうなんでしょうね。姐御」
マリンカの性格上、自分のペースで進められないというのはストレスが溜まるだろうとカルロスは思う。
「例の人型がミズハの森にいる以上このまま探索を進めるしかないんだが……イラ。聞いてんのかい!」
「え? ああ、すまん……何だっけ」
「最近気が抜けてるよアンタ。シャキッとしな!」
「悪い悪い。仲良くなった女の子が寝かせてくれなくてな」
そう笑みを浮かべるイラだったが、明らかに嘘だと分かる笑顔だった。そもそも森突入時以外は宿に籠っているイラが女の子と出会う時間があるはずもない。
その理由が推測できるカルロスはしかし何もしない。何を言えるというのか。
「まあ、機体の整備は終わったけどアルバトロスも何か考えているみたいだね。しばらくは出撃は無いってさ。朝と夜に一度顔を出す以外は自由にしていいよ!」
本当に何を考えているのか。カルロスはアルバトロスの動向を不審に思う。てっきり、何らかのアクションがあると思っていたのだがイーサと再会してから一月近くが経過している。アルバトロスは自分が思っているほど、重要視していないのかもしれないという考えさえ浮かんでくる。
或いは。決して逃れる事の出来ない状況を作り出そうとし、その準備に時間がかかっているのか。
「いやっほう。流石姐御!」
「よっしゃ! 飲みに行くぞお前ら!」
自由行動の許可に団員たちが歓声をあげる。カルロスも笑みを浮かべた。チマチマと作っていたガル・エレヴィオンのミニチュアが完成したのだ。ネリンの喜ぶ顔を想像すれば頬の一つも綻ぶという物だ。
以前訪問した時の話ではイーサも今日は休日だったはずだ。余り会う機会が無かったイーサが態々カルロス達のスケジュールに合わせて休みを調整したのだ。
久しぶりに義兄と会う事を楽しみにしながら、手土産を持ってカルロスはイーサの家を訪れる。何時も通りにミネルバが弟を迎え入れた。
「ごめんねカルロス。うちの人何か急に呼び出されて出掛けちゃったのよ。今日はカルロスが来るって伝えておいたのに」
「まあ仕事じゃしょうがないよ」
折角自慢しようと思ったのだけど、と少しがっかりしながらカルロスはミニチュアをネリンに気付かれない様に袋の中で隠す。イーサと合わせて二人に驚いて貰おうという魂胆だった。何しろ携行型魔導炉を装着して、融法で動かせるのだ。今これを作れるのは自分と、その制作工程を見ていたクレアだけだという自信がある。
ネリンと遊んでいると、カルロスの感覚が家主の帰還を捉えていた。その事にカルロスはふっと笑みを浮かべた。遂に来るべき時が来たのだろう。思った以上に遅かったとさえ言える。だが同時に、待ち望んでいた状況でもあった。
袋の中にあるミニチュアの携行型魔導炉に魔力を発生させる。
「ネリン。おじさんが帰ったらこの袋の中を見てみな。前に約束したガル・エレヴィオンの人形が入っている」
「がーがー?」
「ああ。そうだよ。頑張れば魔法で動かせる。大事にしてくれよ?」
そう言いながらカルロスはネリンを抱きかかえながら玄関へと向かう。そこにいたのはカルロスの予想通り、完全武装のイーサだった。
「やあ義兄さんおかえり」
「カルロス……少し手伝ってほしい事がある。ちょっと外に出て来てくれないか?」
気軽な頼みごと。だがそう告げる時のイーサの表情に笑みは無い。
――嗚呼本当に。
「良いよ。よし、ネリンも手伝うか?」
「てつだうー」
「いや、力仕事だからネリンには……」
「じゃあネリンは応援しててくれるかな? フレーフレーって」
「ふれーふれー?」
「そう。ふれーふれー」
「ちょっと危ない作業なんだ。ネリンには見せたくない」
――何て嘘が下手なんだろう。
意外な義兄の一面にカルロスは笑みを浮かべたくなったが、表情筋はピクリとも動かなかった。
「なあ義兄さん……」
「何だカルロス」
「囲むならさ。もっと気配を殺せる奴らで囲んでくれよ。バレバレすぎて……騙されることも、出来やしないっ!」
叫びながらカルロスはネリンをイーサに投げつける。何かの遊びだと思っているのか。歓声をあげるネリンをイーサは慌ててキャッチした。当然だ。受け止められるように投げたのだから。
大きな隙を晒しているイーサの脇を潜り抜けて、カルロスは玄関から飛び出す。ドアを足で閉めたのはイーサの足止めと、これからの光景をネリンに見せないためだ。
イーサが息子に見せたくなかったように。カルロスも甥に見せたくなかったのだ。
分かっている。幾らその息子を守る為だからと言って、叔父を国に売る父親の姿を息子に見せたくはないだろう。
カルロスが捉えていた通り、イーサの家の周囲にはアルバトロスの衛兵が囲んでいた。
「対象が逃げるぞ!」
誰が逃げるか、と吐き捨てる。既に体内に魔力は取り込んだ。携行型魔導炉が無くとも、数発ならば魔法を使える。そしてその数発で十分だ。
地面の砂を巻き上げて、濃密な砂煙を造り出す。一つの魔法で周囲の視界を封じた。手慣れた物だ。
うっすらと影が見えるが、相手はそれでも躊躇う。カルロスにとって周囲は全て敵だが。相手にとってはそうではない。その一瞬の間隙。それこそがカルロスが待ち望んで、生み出した時間。
影に接近する。その胴体に向けて――全力の拳を叩きつけた。
「ぐふっ」
潰れた様な声を出した兵士の一人が人間によって殴られたとは思えない程吹き飛ぶ。有獣種ならば、或いは活法を極めている人間ならばそれだけの膂力を出しても不思議ではない。
続けて別の影が投げ飛ばされた。全身を襲う衝撃に一瞬で意識を刈り取られる。
足払いで百八十度近く回転した。
咄嗟に払った剣を肘と膝で挟み込まれて折られた。
人間の動きでは無かった。常識外の身体能力に伏せていた十数名の兵士は昏倒させられた。イーサがネリンをミネルバに預けて飛び出してきて見た光景がそれだった。
「……アルバトロスに俺の存在がばれたんだな」
「そうだ。ロズルカの部隊にお前の捕縛命令が下った」
「うん。まあそうなるよな……仕方ない」
偽装の自信はあった。だが――やはりイーサ達との接触は余分だったのだろうとカルロスは思う。どれだけ入念な偽装を施してもバレるのは時間の問題だった。アルバトロスはカルロス・アルニカを見逃しはしなかった。それだけの話だ。
少しだけと、家族のぬくもりを求めてしまったカルロスの判断ミス。最初の一回だけならばもしかしたら気付かれなかったかもしれない。そんなもしもに意味は無いが。
何より、イーサには家族がいる。可愛い甥を、姉を路頭に迷わせないためには彼はアルバトロスの命令に従わざるを得ない。ログニスの時とは違う。今の彼に後ろ盾は無い。カルロスは、身近な人たちを不幸にしてまで自分が自由でありたいとは思わない。
だから、だからイーサが悪いわけではない。カルロスはそう言いたかった。言いたかったのに、口を吐いたのは別の言葉だった。
「……あんたも、俺を裏切るんだな。義兄さん」
「っ! カルロス、俺は……!」
その言葉を最後まで聞くことは出来なかった。何故なら、苦悩に満ちたイーサの声を打消す程の大音声が街中に響いたからだ。
「はっ! しゃらくせえ! 叩き潰しちまえばいいだろう!」
「ちっ……馬鹿かアイツ。街中に魔導機士を持ち込むなんて!」
ロズルカは大都市らしく道幅は広い。それでそこに魔導機士を持ち込んで歩行が出来るほどではない。腰の辺りまでしかない建物を削りながら、時に崩しながら鉄の巨人団の魔導機士、アイアンジャイアントが突き進んでくる。
最早こうなっては穏当に逃げ出すという事は出来なくなった。
クレアの手掛かりを無しにアルバトロスへ捕捉される。そしてその追手がただの傭兵であるというのは想定していた中で最悪の展開だった。傭兵からクレアの手掛かりを繋ぐというのは難しい。だからと言って諦めるという選択肢は無い。
忍んでいられないというのならば。相手の視線を全て引きつける。相手が自分から目を逸らせない様にしてやる。そんな決意を込めてカルロスは一言叫ぶ。己が用意した力を。
「エフェメロプテラ!」
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