23 レグルスの狙い

「さて、気は変わったかな。レディ?」

「……何度も同じ事を聞くなんて。ボケが始まっているのかしらね。まだ若いのに可哀想に」

「ふん……相変わらずだ。未だその気にはならないと見える」


 アルバトロス帝国某所。そこで交わされていた会話は一人の地位を考えると卒倒する程に無礼な物だった。

 レグルス第二皇子。第一皇子が内乱で敗れ、皇帝が病に臥せっている今事実上のアルバトロスの国主だ。そんな相手にこんな口を聞ける人間と言うのはそう多くは無い。

 

「天地がひっくり返るような事でもない限り有り得ないわね」


 クレア・ウィンバーニと言う少女は、その数少ない人間の一人だった。

 

「困ったものだ。こちらは最大限の譲歩をしているというのに」

「あら。そうかしら。私も最大限の譲歩をしているのよ? アルバトロスに協力するのは条件次第では構わない。その条件もたった一つだけじゃない。それが満たされない限りは協力する気は無いのだけれども」

「その条件が到底容認出来る物では無い」

「そうかしら。カルロス・アルニカと会わせろと言うのがそれ程に難しい? 私には分からないわね」


 内心で舌打ちする。まさか、クレアがここまでカルロスに執着しているというのはレグルスにとっても予想外だった。そしてここまで強情なのも。公爵家の箱入り娘かと侮っていたらとんだ跳ね返りだった。

 

(いや、魔導機士の開発に手を出す様な奴がただの貴族令嬢な訳がないか)


 どれだけ相手が強硬に主張しようと、その要求は飲めないのだ。何故ならばカルロスは既に死亡している。と言うのがつい先日までの見解だった。それを明かしてしまってクレアの心が折れてくれれば良いのだが……。

 

(そうなったらこの女、余計に頑なになる未来しか見えない)


 クレア・ウィンバーニの技能はレグルスのある計画に必要だった。だが相手に全く協力する気が無いのではどうにもならない。融法でどうにかしようにも、洗脳レベルの融法が使える人間などアルバトロス国内にはいない。


 生存の報はレグルスにとっては良いニュースだった。互いを人質として、魔導機士研究に従事させることが出来れば最高なのだが……。恐らくは難しいだろう。相手にその気があるのならばこうも隠れ潜む必要も無い。東征の準備もあるというのに課題は山積みだった。

 

(しかし、ヘズンが仕留めそこなうとは……珍しい事もある)


 過去にそんな事は一度も無かった。もしかしたらログニス暮らしで腕が鈍っていたのだろうかとレグルスは彼の能力について懸念した。

 

「仕方ない。また来よう。次は色よい返事を期待している」

「ええ、こちらもカルロスに会えることを期待しているわ」


 そんな白々しい会話をしながら、レグルスはクレアを軟禁している部屋を後にする。一人だけになった部屋で、クレアはベッドに倒れ込む。そのまま枕に顔を伏せて呟いた。

 

「早く、助けに来なさい。カス……」


 ◆ ◆ ◆

 

「どんな様子ですか。彼女は」

「あれでは駄目だな。カルロス・アルニカを確保しない事には梃子でも動かんだろう。或いは、先にこれを見せてしまうか」

「……それは、いえ。殿下の判断にお任せします」


 アルバトロスが帝都、ライヘルに存在する帝城。その地下に広がる空洞。そこには、一機の魔導機士が封印されている。

 四肢をそれぞれ剣で地面に張り付けられた機体。操縦席は一際巨大な槍で縫いとめられていた。

 

 何よりも驚くべきは、その機体はそんな惨状であってもまだ、生きている。

 

 皇帝機として城で保管されていたグラン・ラジアスがその地下空洞へとゆっくりと降りてきた。乗り手はレグルス・アルバトロス以外にいない。

 

 無力化された機体を前に、レグルスは最大限の警戒をしながら近寄る。そしてある程度の距離に達したところで大剣を掲げた。

 

「大罪よ。今ここに顕現せよ。世の理を塗り潰す威をここに示したまえ」


 グラン・ラジアスの最大機法発現形態。黒き極光を纏う大剣を振りかぶる。

 大罪機と呼ばれるそれは、ある物を破壊するために存在する機体だ。今のグラン・ラジアスはその目的から外れた運用をしているため、本来の性能を十全に発揮できている訳ではない。それでも対龍魔法(ドラグニティ)を上回る一撃を放つことが可能だ。そんな物を、身動き一つ取れない魔導機士に撃とうとしているのは滑稽な姿ですらある。

 

「全てを飲み込め。『|大罪:無二(グラン・ラジアス)』!」


 王都ログニール攻略戦で撃った大機法。否、あの時の数倍に比する威力だ。空間を呑み込み消し去り、単一の存在以外を削り取る闇。魔導機士を一撃で消し去ったそれの直撃を無防備に受けた機体は――しかしレグルスの望んだ結果にはならなかった。

 頭部を半壊させるほどの損傷。だが言ってしまえばそれだけだ。全身の破壊には程遠い。

 

 そしてグラン・ラジアスはこの一撃で完全に沈黙していた。全魔力を注ぎ込んだ結果だ。機体全体に魔力が満ちるまでまともに動けないだろう。

 

「やはり、止めを刺すにはグラン・ラジアス一機では不可能か」


 僅かな損傷と、再生を始めている頭部を見てレグルスは嘆息交じりに溜息を吐く。

 

「度々試すのは止めてください。危険です」

「確かに危険だが、適度にこいつも削っておかないと何時完全に蘇るか分からん。余の怠慢でこいつが目覚めたなどと言ったらあの内乱で死んでいった奴らになんと詫びればいい」


 十年前に起きたアルバトロスの内乱。そしてアルバトロスにおけるエーテライトの枯渇。その原因にはこの存在がある。

 今も徐々に再生を続けており、攻撃は無駄ではない。新たに損傷を与えればその分だけ復活は遅らせられる。とは言え、表面上徒労に終わった今回の攻撃を見てレグルスは考える。

 

「こいつを吹き飛ばすには最低でも五機は必要だな。ログルスの大罪機の居場所は掴めたのか?」

「情報が錯綜しております。国王機が外れでしたので大貴族の持ち物の可能性も」

「ちっ、嫌な予感はしていたんだ。この国だけ大罪機のうわさが無かったからな」

「或いは、どこかのタイミングで破壊されたという可能性も」

「有り得るな」


 大罪機が破壊したい物。それを守る存在もいる。大罪機が本来の用途――即ち破壊の為に動き出せば奴らが黙ってはいない。

 大罪機の狙い――神権の守護者。遥か太古に神から直接力を授けられた神権機達が全力で大罪機を破壊しに来る。人間全てを守る為に。

 

「あるかも分からない物に固執しても仕方がない。チリーニ領の反乱鎮圧が終わり次第、第三親衛隊を呼び戻せ。カルロス・アルニカを確保させる」

「承知いたしました」

「四年前に奴を確保できなかったのは痛恨のミスだ。奴に気付いてたら何を置いても生かして捕えた物を……」


 もしそうなっていれば。どれだけアルバトロスの魔導機士は発展していた事か。もしもの話をしても仕方ないとはいえレグルスは愚痴りたくなる。

 

「アイゼントルーパーから大罪の兆候は出たか?」

「いえ。全くと言って良い程反応がありません」

「やはり依り代としては力不足か……エルヴァートは?」

「そちらも。強いて挙げるのでしたらエルヴァリオンが微かに」


 アルバトロスが量産型魔導機士の技術を得ようとしたのは単純な戦力を欲したのと同時に、別の理由があった。

 

「やはり、新式から大罪機が生まれる可能性は低いか……?」

「元々が何十年に一度と言う現象です。単純に試行回数が足りないか、或いは我々の知らない別の条件があるか……」


 大罪機。それは人が創り出した物では無い。歴史の中で、魔導機士が突如として変貌したのだ。そして大半の大罪機は神権を破壊しようとして――神権機に破壊されてきた。そうはしなかった機体だけが今も残っている。

 グランツ・ウィブルカーンが危惧していたのもこれだ。魔導機士の量産の結果、大罪機の大量出現の可能性が生まれる。もしもそうなればほぼ対等である神権機も只では済まない。彼らが敗北するという事は、太古に神から与えられた神権を失うという事。

 

 六百年前に一つ失った。その結果が人龍大戦なのだ。

 

 そしてアルバトロスが欲しているのはそんな大罪機だった。大陸の統一と言うのはそのための手段に過ぎない。

 

「今判断を下すのは早計か」

「はい」

「この件に関してはこまめに報告を」

「承知いたしました」


 未だに再生を続ける機体を見やる。まるでそれは機械と言うよりも生き物の様。嫌悪感を剥き出しにしてレグルスは吐き捨てる。

 

「必ず、俺達(にんげん)の世界から駆逐してやるぞ。邪神め」


 語る者もいない遠い神話の話である。

 そしてレグルスの描いた絵。それは人間とそれ以外で色分けされた世界だった。

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