22 籠絡されたカルロス

 その後イーサに送られて再び留置場に戻る。

 

 牢は快適には程遠い環境だったが、見張りの兵士がイーサの身内という事で毛布を差し入れてくれたおかげでそれなりに温かく過ごせた。そして翌朝もう来るなよ、と言う声を背にカルロスは紅の鷹団の泊まる宿に戻った。道中で顔を張り直すのを忘れない。

 

「ただいま……」

「お、ドジっこが帰って来たぞ」

「はっはは! カール! お前そんなにしこたま飲んでたのか!」


 案の定と言うべきか。戻ってきたカルロスを迎えたのは冷やかしの言葉だった。うるせーと反論しながら彼らの輪に加わる。

 

「意外と鈍臭いな」

「魔導機士に乗っている時はすげえのにな」

「普通だよ……お前らがタフ過ぎんだよ」


 流石に現役の傭兵程に鍛えてはいない。――むしろカルロスもその現役の傭兵となったのだから、生身ももう少し鍛えるべきかとカルロスは悩む。鍛えると決めても鍛えられるかは別問題だが。

 

「そう言えばマリンカと髭は?」

「二人ならアルバトロス軍の基地だ。朝一で呼び出されてな」


 このタイミングで呼び出しとなると、少々不穏な物を感じずにはいられない。とは言え流石に早すぎる。僅か一晩でアルバトロスの行動が決まるとも思えなかった。

 

 宿で朝食を取りながらカルロスは残った団員と今後の整備計画を相談する。主に経理を担当している禿頭の傭兵と色々と確認し合った。

 

「今回の報酬でこれだけ入ったけど、魔導機士の修理にこれだけ使うんだよな……」

「やっぱたけえな。カール。もっと安くできないのか?」

「もっと安くって言ってもなあ」


 むしろ、アルバトロス軍が提供している部品はほぼ原価だろう。少なくともそこで商売っ気は出していない。それでも今回は改修機のクレイフィッシュの両腕を交換という事もあってかなり費用が嵩んでいた。手元に残る金は余り多くは無い。

 

「多分修理に一週間はかかるからその間は街で過ごすことになるけど……大丈夫か?」


 そこから次の出撃までの滞在費と、ミズハの森調査のための物資分が引かれる。そうなると団員に支給される給与は報酬額に対して割と少ない。次からはもう少し考えて戦闘をしないといけないとカルロスは反省した。果たして次があるのか。その前にアルバトロスの動きがあるのではないかと言う不安。

 

「まあ何とかするきゃねえな……ちとこの街にいる他の連中にも声を掛けてくる。複数の団で纏めて購入すればちったあ割引してくれるだろうよ」

「他にも傭兵団がいるのか? その、鉄の巨人団以外に」

「ああ。ちらほらと見たことのある紋の連中がいたからな。んじゃ行ってくるぜ」


 そう言って禿頭の傭兵は宿を出ていく。ふと見渡せば団員達も各々の休日を過ごすべく既に出かけた後だった。どうせ娼館だろうと当たりを付ける。見渡す限りでは、人はいない。自分の用事を済ませるにはもってこいのタイミングだった。

 

 少し悩んだ後、カルロスの足は昨日も訪れたばかりの場所へ向かう。目的地の扉を控えめにノックすると誰何も無く笑顔の姉が出迎えてくれた。

 

「いらっしゃいカルロス」

「ちょっと不用心じゃないか?」


 この街は治安が良いとは言っても良からぬことを考える人間は一定数いる。今がそんな人間による訪問の可能性はあったのだ。

 

「あら。貴方まだ気付いてないの? カルロスのノックの仕方は特徴的なのよ」

「そう、なのか?」

「そうよ。お姉ちゃんなら一発でわかるくらいにね。にしても凄いわねその変装」


 家の中に入ると一瞬で顔を変えたカルロスに驚いたり、機嫌良さげに笑いながらミネルバは家の中にカルロスを案内した。

 

「かーるおじーだ!」


 そして可愛い甥っ子が駆け寄ってくるのをカルロスも満面の笑みで抱き上げる。それを見たミネルバが呆れた顔をした。

 

「カルロス。貴方私に会った時よりも嬉しそうな顔をしているわよ」

「割と事実だからしょうがないな」


 全く、と言いながらミネルバはキッチンの方に向かう。

 

「ちょっとネリンの面倒見ていてもらえる? 最近あちこちに動けるようになったから目が離せないのよね……」

「いいよ。それからこれ、お土産」

「あら、気が利く様になったわね……燻製肉?」

「姉さん好きだろう?」

「ええ。好きよ。ありがとう。お昼、食べていくでしょ?」

「そう言うつもりじゃなかったけど。うん。食べていく」


 そんな会話の最中にもネリンはあちこち動き回っていた。木片にクレヨンでお絵かきをしていたが、そこからはみ出して床へ進出しようとするのをカルロスは必死で止める。

 それからネリンの宝物を見せてもらう。木彫りの魔導機士の彫刻だった。

 

「ぱーぱにかってもらったの」

「へえ……」


 木彫りの割に良くできているというのがカルロスの感想だった。アイゼントルーパーをモデルにしているのか。実物を見ているカルロスとしては細部の差が気になるが、十分な出来だ。

 それを大事そうに抱えているネリンを見るとカルロスの中に対抗心が沸き上がってくる。

 

「なあネリン。魔導機士は好きか?」

「すきー」

「ならガル・エレヴィオンは?」

「がーがー?」

「そう、がーがー」

「だいすきー!」

「そうかそうか。よし。今度俺がガル・エレヴィオンの人形を持ってきてあげよう。動く奴を」


 以前に作った駆動系動作確認用のミニチュアをガル・エレヴィオンの外装で作ればいいのだ。ガル・エレヴィオンの外装は過去に解析した情報が残っている。作れる。


「ほんと?」

「本当だ」

「やったー!」


 カルロスはその反応を見て勝利を確信する。こんな木彫りの人形になど負けはしない。

 

「……あんまりうちの子を甘やかさないで頂戴。カルロス」

「良いじゃんか。甥っ子にプレゼントさせてくれよ」

「自分の子供にしなさい。そうよカルロス。大体考えたら貴方もいい年なんだからそろそろ結婚とか考えないと」

「『私は一生独身でいるのよ……』とか言ってた姉さんに言われた!?」

「あの時の事は忘れなさい!」


 イーサと出会う直前の話だ。あの頃のミネルバは悲観しきっていた。その頃を考えると今の明るく叱りつけてくれる姉の方がよっぽどカルロスは好きだ。

 本人にとっては忘れたい過去なのだろう。顔を真っ赤にして怒鳴りつけてきた。

 

「はい、ご飯出来たわよ。ミートソースのパスタだけど」

「大好物だよ」

「知ってるわ。ネリンも好きなのよこれ」


 美味しいもんな、おいしいよねーと言いながら二人はミネルバの料理を楽しんだ。

 

 そうして食事を楽しみ、ネリンが昼寝をするというタイミングでカルロスも辞することにした。何かを期待している様な姉の姿に、カルロスは考え、ミネルバが望んでいる言葉を口にする。

 

「また来るよ」

「ええ。何時でも来なさい。でも次はあの人がいる時にも来てね。きっと拗ねるから」

「イーサ義兄さん……」


 本当に、血のつながった弟の様に可愛がってくれるのは嬉しいのだが拗ねるのかとちょっと悲しくなる。尊敬する義兄が子供みたいに拗ねている姿は想像しがたい。

 

 穏やかな一日だった。こんな日が続くのならば、それも悪くないと。過去最大の誘惑が沸き上がるほどに。

 

 そうして宿に戻る途中で、微妙そうな顔をしている団員と合流した。

 

「帰りか?」

「ああ……なあカール」

「うん?」

「人妻に手を出すのは止めておけって。誰にとっても不幸にしかならないぞ」


 妙に実感のこもった言葉だった。そしてカルロスは叫ぶ。

 

「違う。誤解だ!」

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