21 甥っ子
気乗りがしない。カルロスの心情はその一言に尽きる。それでも足が動いてしまうのは自分でもそれだけが本心じゃないと自覚しているからだった。
久しぶりに会う家族だ。嬉しくない訳がない。合わせる顔が無いというのが一番適切か。イーサに連れられている今、逃げ出すことも出来ない。一応これは街の衛兵隊同行による仮釈放なのだ。逃げ出したりしたらイーサの面目は丸つぶれとなる。
「ほら、いい加減覚悟を決めろ。大丈夫だ。ミネルバも喜ぶさ」
「だと良いんだけど……」
こんな風に渋っている自分を見たら、クレアはなんと言うだろうかとカルロスは思う。きっと文句を言いながら同行しようとして、いざ対面となると緊張するタイプだろう。そんな事を考えていたら少し気が楽になった。
だがそれもイーサの家の前まで来ると意味の無い物となる。緊張で足が震えてきた。
「ただいま。ミネルバ! 客を連れて来たぞ!」
玄関を開けて良く通る声でイーサが家の中に呼びかける。
軽い足音と、更に軽い足音が近づいてくるのがカルロスにも分かった。
「ぱーぱ?」
「うん。パパだね。お客さんもいるから良い子にしててね?」
四年ぶりに聞く姉の声は、その年数以上にどこか懐かしい。一瞬分からなかったが、すぐに理解した。これはもっと前……カルロスが幼かった頃に自身に向けられていた声音だ。
「おかえりなさい。あな――」
玄関まで来て自分の夫を迎えたミネルバはその横にいる人物に気が付いて言葉を止めた。大きく目を見開いて、そこから涙を零し始める。何も言わずにカルロスを抱きしめて静かに泣いていた。
ミネルバの後を着いてきていた男の子はその母親の姿を見ておろおろしだした。何故だか自分も泣きそうになっている彼をイーサが抱き上げてあやす。
泣いている姉をなだめながら、カルロスは絞り出す様に言った。
「ただいま、姉さん」
「ええ。おかえり。カルロス……」
◆ ◆ ◆
「おじー?」
「……何この生き物可愛い」
姉との再会を果たしたカルロスは、初めて見る甥と言う生き物に心を奪われていた。カルロスは末っ子だ。これまでに年下の身内と言う物が存在しなかったカルロスにとって、甥っ子を前にして父性的な物に目覚めていた。何だか無性に甘やかしたくなる。
「カルロス、だ。ネリン。呼んでみな。カルロス叔父さんって」
「かーるおじー?」
首を傾げるネリンにカルロスは骨抜きにされていた。もう本名もカールでいいやとさえ思いかける。即座にスが入っていないと困ると思いその考えは破棄したが。
「今日は泊まって行けるの?」
「いや、一度詰所に戻らないといけない」
「詰所? カルロスも軍に入っていたの?」
「いや、こいつ収監される側」
義兄の言葉で、姉の視線が冷たくなるのを感じた。空気が完全に説教モードに切り替わっている。
「カルロス……貴方なにしたの」
「お、俺は何もしてない!」
「ああ、素っ転んでただけだな」
「イーサ義兄さんは少し黙ってて!」
「かーるおじーこわい……」
「怒鳴ってごめんなー。こわくないこわくない」
カルロスは大声に怯えたネリンを必死で宥める。忙しかった。
「こいつの所属している傭兵団が別の傭兵団と揉めていてな……で、逃げ遅れてたやつをとりあえず捕まえたらカルロスだった」
「そう、本当に偶然だったのね。喧嘩をした傭兵団には感謝すべきかしら」
ミネルバの言うとおりである。あそこで鉄の巨人団が来なければ普通に飲んで、カルロス達は確保していた宿に戻っていただろう。同じ町にいる以上出会う可能性は零ではないが、ロズルカにいる人間の数を考えれば高い確率とは言えないだろう。
そう考えればあの腹の立つ傭兵団にも少しばかり感謝の気持ちが沸いてこないことも無い。
「せめて夕食くらいは食べていきなさい。良いわね?」
「もちろん、喜んで」
久しぶりの姉の料理だ。喜ばない訳がない。その申し出に快諾してカルロスはネリンとの会話を楽しむ。
「これまま」
「ほう」
「これぱぱ」
「上手だな」
「これがーがー」
「がーがー? あ、ガル・エレヴィオンか」
クレヨンで木片に書かれた絵を見てカルロスは感心する。意外と特徴を捉えている。同時に、ネリンの物であろうクレヨンを手に取って見てみる。質が大分良い物だ。アルバトロス帝国の統治の影響はこんな些細な物にも表れている。元々エーテライト不足だけが原因で窮地に立たされていた国だ。それが解消されれば全体的な水準はむしろ高い。噂に聞こえてきた内乱が無ければどれだけ発展していたのか。
「ネリンは絵が上手だな」
「かーるおじーもかいてあげる」
「お。良いな。かっこよく書いてくれよ」
そんな風にして甥っ子と遊んだりした後、数年ぶりの姉の料理を楽しむ。しばらくするとネリンが目を擦り始めたのでミネルバが寝かしつけに寝室へと引っ込む。
「……それでこれからどうするんだカルロス」
そう問いかけたイーサの視線は真剣な物だった。
「お前は新式の魔導機士の開発者だ。生存が明らかになればアルバトロス帝国は今度こそお前の身柄を確保しようとするだろう」
「そうだな……」
「幸いと言うべきか。お前の顔は然程知られていない。詰所にいるのは俺の部下だけだ。そこからお前の生存は漏れる事は無いだろうから安心してくれていいが……」
イーサはそう楽観しているが、カルロスはそこまで甘く見れない。恐らくはそう遠くない内にカルロスの生存はアルバトロスに露見してしまうだろう。痛恨のミスと言えた。素顔を晒しただけならばまだ誤魔化しが利いた。だがその状態でイーサに見つかってしまったのは運が悪いの一言では片付けられない。
「問題はあのアリッサだな」
「……ああ」
「俺もログニスが落ちた時に会った事があるが、今の彼女は相当に広範囲に活動している。傭兵団に所属していればどこかで顔を合わせるかもしれないぞ」
ここで家族と再会してもやる事は変わらない。クレアを取り戻す。その為だけにこの身は存在するのだから。
近い内に、アルバトロスからの動きがある。カルロスはそんな予感を抱いていた。
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