20 帰ることのできる場所
「無事で良かったよカルロス」
カルロスが今いるのはロズルカにある兵舎だ。――アルバトロス帝国の物である。再会していた時から気付いていた。イーサの恰好がログルスの騎士服では無く、アルバトロスの軍服であった事に。
「まさか……もう一度会えるなんて思っていなかった」
何を言えば良いのか分からない。ただ、カルロスはイーサと視線を合わせないようにしながら呟く。
「アルバトロスに、下ったんだな。義兄さん」
「……ああ」
その返答には僅かな間があった。そして苦々しさがあった。
「生きるためだ。ログニス王家には忠義も恩もあった。勝ち目があるのなら命を賭ける事も辞さない……だが、あれはそんな次元の話じゃなかった」
「だろうな……」
カルロスもログニス制圧時の戦いの事は聞いている。大戦力での奇襲。対龍魔法(ドラグニティ)という切り札があったとしても打破することは叶わなかったのだろう。
元々、対龍魔法(ドラグニティ)は連発できるような物では無いし、一発撃てばその後はしばらく魔力不足で戦力が激減する。
そして一番重要なのだが、破壊力が過剰すぎる。魔導機士一機を倒すのにあれだけの威力の攻撃は要らない。複数を巻き込むには散開されては厳しい。
龍族亡き今、最も活躍する場面は城攻めか、超大型魔獣、或いはそれらに匹敵する程の防御力を持っている相手だろう。
「アルバトロスの統治は……こう言ってはなんだが悪くない。侵略者としては紳士的だ。お互いに被害らしい被害も出さずに終わったからだろうな」
その言葉に嘘は感じられなかった。融法を使わずとも分かる。イーサはアルバトロスと言う国に対してそこまでの敵愾心を抱いていない。
実の所カルロスもそれには同感なのだ。自分がされた事を許す気はない。だが公平に考えた場合、アルバトロスのログニス占領政策は破格と言って良い程の厚遇だ。調略されたチリーニ侯爵を除く各領地の貴族は少なくない領土を没収されたが、それでも各々が生活をしていくだけの領地は残った。
本来ならば全員処刑してもおかしくない王家の人間でさえ、軟禁状態にあるが生き延びている。
そして何より、量産型魔導機士アイゼントルーパーによる治安維持。それは再度の反乱防止と言う意味合いも強いが、確実に国土の治安の安定化と、魔獣被害の激減に役立っていた。
民衆からすれば、ただ頭が変わっただけだ。貴族の大半は初手で力を削がれ、奪われた領地にはアルバトロスの貴族が入り込み、圧倒的な軍事力をこれ見よがしに示されている。
全てを奪われるのならば死にもの狂いにもなろう。だが生かさず殺さず。貴族たちが何とか爆発せずに我慢できるギリギリのラインをレグルスは見事に突いていた。
これ以降の反乱は一族郎党の命を以て購わせるという告知も利いたのかもしれない。
「配置こそ変わったが、やる事は変わらない。条件付きだがガル・エレヴィオンにも乗れているしな」
「魔導機士に?」
「ああ。正直信じられない」
カルロスも同感だった。古式の魔導機士と言う強力な戦力を敵対していた国の人間に預けたままとする真意。飴だとしても過剰なように思えた。
正直に言えばカルロスにはその辺りの政はよく分からない。だが、もっとシンプルな真実がある。相手が余程の無能でない限り、反乱の可能性があっても武装を許可する理由は一つだ。
それを使って反乱を起こされても問題が無いと考えている事だ。
紅の鷹団に貸与されたアイゼントルーパー。旧ログニス国民の手に委ねられている古式の魔導機士。その二つの出来事と、カルロスの魔導機士技術者としての見識が告げている。
アルバトロスは、既に古式を相手に出来る魔導機士の開発に成功している。そうとしか考えられなかった。仮に反乱を起こされても。アイゼントルーパーで良からぬことを考えたとしても。容易に制圧が出来る。そんな性能が既に実現している可能性が高い。
「……恐ろしいな」
呟いたカルロスの言葉を、聞き取れなかったのかイーサは怪訝そうな顔をする。
「それよりもカルロス。お前の話を聞かせてくれ。一体今までどこにいたんだ?」
「……あの日、俺は――」
カルロスは語った。第三十二工房の襲撃からの四年間を。――その殆どは嘘で塗り固めた物だったが。
「メルエスに潜伏していたのか」
「正直、誰が敵かも分からなかった。生きていると分かったら今度こそ殺されるんじゃないかと思ったんだ」
「……馬鹿野郎。何で俺の所に来なかった。俺が家族を見捨てるような真似をする訳ないだろうが」
イーサにはそれが本気で悔しいらしい。仮にあの事件の黒幕がログニスだったとしても義弟を守る為ならばイーサはあらゆる手段を使うつもりだった。あの時のイーサにはそれが出来るだけの実力も人脈もあった。
結局の所、巻き込むのが怖かったのだ。だがそれ以上に、あの時のカルロスは身内を信じきれなかったのだ。信じられるのはあの時を共有した仲間だけだった。
「ごめん」
それでもそれが邪推の類であったことは明白だ。素直に頼っていれば或いはまた違った未来があったかもしれない。
「謝るな……いや、謝れ。ミネルバがどれだけ悲しんだと思っている」
「……ごめん」
姉の名前を出されてカルロスの胸は締め付けられた。愛されていた自覚があるからこそ、喪失感を知っているからこそ、罪悪感が高まった。
「まあ良い。こうやって説教できるのもお前が生きていてくれたからこそだからな。今は……何をしているんだ?」
「……分かってるんだろう?」
「まあな。傭兵団同士が乱闘しているって通報があって言った場所にお前が居たんだから」
イーサは複雑そうな顔だ。やはり彼も傭兵と言えば無法者の集まりと言う認識があるのだろう。――今回の件を考えると否定できないのがカルロスの辛いところだ。
「本来なら牢屋で一晩頭を冷やしてもらう所なんだが……お前には別の場所で頭を冷やして貰おう」
「別の場所?」
「俺の家だ。ミネルバに説教されて少しは反省しろ」
「うっ……」
絶対に泣くという確信があった。カルロスの記憶の中の姉は間違いなくそうする。
「ついでに甥からの無邪気な視線を受けて罪悪感に苛まれろ」
既に罪悪感は大量だと思いながらカルロスの耳は聞き逃せない一言を捉えた。
「甥……?」
「お前がいなくなった次の年に生まれた。今年で三歳になる」
「甥……」
それはつまり、姉と義兄の子供という事で。
予想外の事態にカルロスの頭は固まった。
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