19 意図せぬ再会

 中継都市ロズルカは今も昔も役割は変わらない。

 むしろ、南部で採掘されたエーテライトを北にあるアルバトロス帝国本土に送る大動脈としての役割が付与された事で以前よりも重要性が増したと言えよう。

 流通が栄えれば人も増える。主流路から外れた旧王都を抜いて、今のロズルカは旧ログニスでは最大の人数を持つ都市となっていた。

 

 そんな街の一角。川魚などの魚介料理を提供する店で、紅の鷹団はグラスを打ち合わせていた。

 

「いやあ、一仕事終えた後の酒は美味いな!」


 今回、完全に空気になっていた髭の傭兵が美味そうにビールを呷りながらそう叫んだ。謎の人型と交戦した殊勲賞の三人は次々と酒を注がれている。二人はあっという間に空にしていくが、カルロスは辟易とした表情を浮かべながらちびちびと舐めていた。

 

「そんなに酒は飲めないんだが」

「おいおい。カール。そんな悲しいこと言うなよ。俺の酒が飲めないって?」

「イラ。零れてる」


 ほぼ満杯の所に注げばそうなるだろう。だがすっかり酔いの回ったイラはそこまで頭が回っていないらしい。

 

 念願――かどうかは微妙だがざりがに料理と対面できたカルロスはそれだけで満足だった。

 

「さあ、今日はじゃんじゃん飲んでおくれ! たっぷりと報奨金を貰ってきたからね!」


 マリンカが満足げに笑みを浮かべながらそう宣言した。歓声をあげながら酒を追加注文する団員達。今回の調査結果はアルバトロス軍としては満足の行くものだったらしい。

 魔導機士一個小隊を蹴散らすだけの戦闘力を持った魔獣。きっと恐らくは次はもっと数を揃えるか、質を高めてくるのだろう。そう予測したカルロスの拳に力が籠る。

 

 質。個の戦闘力を追求した場合、カルロスの探し人に会える可能性がある。即ち――アリッサ。カルロス達を裏切り者に。

 

 今の自分で勝てるだろうかとカルロスは思索する。アルバトロス内でも名の知れた操縦者。アリッサの融法の位階は6だが、カルロスはそれを知らない。少なくとも自分の探査を誤魔化したのだから自分と同じかそれ以上とは判断していた。

 その位階による機体との合一。機体自体も只のアイゼントルーパーではないだろう。難敵である。負ける気はないが、楽に勝てる相手でも無いだろう。

 

 難しい顔をして考え込んでいるカルロスに。

 

「おら、新入り! 飲んでるか!」


 禿頭を真っ赤にした団員が肩を力強く掴んできた。少々痛みを覚えながらもカルロスは返事を返す。ほんの少し批難気な口調になったのは仕方のない事である。痛い物は痛い。

 

「飲んでるよ」

「良い事だ! 飲める時に飲んでおけ!」

「そんな食い溜めみたいな言い方……」


 皆見事に酔っぱらっていて少々羨ましい。そんな風にカルロスが思っていると、新たな客が訪れた。向こうもこちらに負けず劣らずの団体だった。その先頭に居た男が鼻を鳴らして吐き捨ている様に言った。

 

「何だ。雌くさいと思ったらチキン共か」

「あ?」


 その言葉はマリンカと言う女傑が率いる紅の鷹団を中傷した物だった。一瞬で色めき立つ紅の鷹団。付き合いの短いカルロスでさえ苛立ちを浮かべた。

 

 新たに来た一団はその言葉を諌める気も無いらしい。むしろ追従する様に笑い声を響かせていた。

 

「何の用だい。ワズ」


 ワズと呼ばれた男はいやらしい笑みを浮かべる。

 

「いよう。マリンカ。相変わらずデカい胸してるな」

「何の用かって聞いたんだよ。この能無し。今あたしらは気分よく酒を飲んでいるんだ。あんたの小汚い面を見て気分を害したくないんだよ」


 鋭い目をしているイラにそっと囁いた。

 

「誰だ?」

「鉄の巨人団のワズ。まあうちとは同じくらいの規模の傭兵団で、まあ有体に言えば仲の悪いところだ」

「納得」


 確かにどう見ても仲が悪そうだった。

 

「気分よくね……そう言えば聞いたぜ。アルバトロスとの専属契約だってな。どんな汚い手を使ったんだか」

「真っ先にそう言う発想が出てくるあたり相変わらず下衆だね。アンタらと違って実力だよ。実力」

「実力ねえ……ああ、なるほど。股開いてお偉いさん共を咥えこんだ訳か! 確かにアンタの実力だよ!」


 あからさまな挑発。酒に酔っている荒くれ者たちには良く利いた。

 

 引き金はマリンカが手にしていた酒をワズの顔面にぶちまけた事だ。そこからワズの拳が飛び、後はもうなだれ込むように乱闘騒ぎになった。店主の外でやってくれ! と言う叫びが空しい。せめて怪我をしない様に祈る事しかカルロスには出来ない。

 

 日頃から生身で殴りあっている様な人種と、殴り合うつもりの無かったカルロスだが、残念な事に相手は見逃してくれなかった。へなちょこなファイティングフォームで応戦するが、あっと言う間にノックダウンされてしまった。両傭兵団で最速ではないだろうか。

 酒場の床で蹲りながらカルロスは顔を抑える。

 

「……やべ、顔剥がれた」


 死霊術の応用で、別人の顔を張り付けて変装していたカルロスだったが、今しがた殴られた衝撃でそれが剥がれていた。直そうと思うが、魔力が足りない。中途半端に顔を張り付けているよりは一度取り去ってどこかで付け直した方が良い。そう思ったカルロスは這いながらゆっくりと酒場の外へと向かう。

 

 さて、話は変わるがロズルカの治安維持についてである。人が集まれば諍いも増える。そうしたトラブルを収めるために、アルバトロスは衛兵を増員した。騒ぎを見つけ出したらすぐに飛んでくるのだ。

 例えば今回の様に。

 

「やべえ、兄貴! 衛兵隊が来た!」

「チッ! ずらかるぞ! チキン共、決着はまた今度だ!」

「あたしらも逃げるよ!」


 見事な引き振りだった。カルロスも立ち上がってその後をついて行こうと走り出すが、良いのを顎に貰った直後では真っ直ぐ走ることも出来ずに道端で倒れ込んだ。先を走る紅の鷹団はそれに気付かずに先に行ってしまう。

 

「こら、逃げるな!」

「あっ……」


 そうこうしている間に追いつかれて捕まえられてしまった。まあ、犯罪を起こした訳でもない。街の牢にでも一晩入って頭を冷やさせられる位だろうと楽観していたカルロスは、己の見込みの甘さに悔いる事になる。

 

「隊長。逃げ遅れたドジを一人捕まえました」

「珍しいな……とりあえず街の留置場へ……カルロス?」


 名前を――今名乗っているカールでは無く、本来の名前であるカルロスと呼ばれて驚きと恐れの入り混じった表情で顔を上げた。今は本来の顔を晒している。見てしまえば分かってしまうだろう。

 

「やっぱり。カルロス! カルロスじゃないか!」


 喜色を露わにカルロスを抱きしめてくるのは見知った顔だった。会いたいと思っていた人だった。同時に会いたくないと思っていた相手だった。今だ状況に頭が追いつかないまま、カルロスはその男の名前を呼ぶ。

 

「イーサ、義兄さん……」


 イーサ・マカロフ。四年ぶりに会うカルロスの義兄だった。

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