18 相打ち
ワイヤーアームで拘束された人型の動きは大きく制限された。それだけでもカルロスが立ち上がった意味はあっただろう。
「大丈夫なのかカール!」
「頭クラクラするけどな……援護する!」
両腕を射出して強固な拘束をかける。左腕が首に、右腕が左肩に挟み込んだのを確認したカルロスはワイヤーを巻き上げる。手首の回転は行わなかった。
「多分回したらこっちが壊れる……直接叩いてくれ!」
苦しげに、カルロスはそう叫んだ。その声を聴いたアイゼントルーパーの二人はどこか負傷しているのかと心配になりながらもそれぞれのやる事を行う。
弾き飛ばされた剣を拾った一般機が再度切りかかる。自由に動かない左腕では無く、革でガッチリと固められた右腕を振り回して長剣を弾いている。
「なんつう硬さだ!」
革としては規格外の強度に操縦者が呻く。事実切れ目の一つも入ってはいない。並みの魔獣を遥かに超える強度だった。
「右側から攻撃を続けろ!」
指揮官機に搭乗している傭兵がそう指示を出す。
「カール。そのまま左腕を抑えていてくれ」
「おう。何をするんだ?」
「一発ぶちかましてやるのさ」
軽く左腕を振りながら笑い声が聞こえてきた。
「……あんまり無茶はしないでくれよ」
「任せろって」
不安を覚えながらもカルロスは両腕のワイヤーのテンションを調節して相手の動きを封じる。常に張りつめていると恐らく力任せに引き千切られるだろうという確信がある。相手が力を込めたタイミングで一気にワイヤーを緩めてその力を受け流さないといけない。相手の動きが分かるとはいえ中々神経を使う作業だった。むしろアイゼントルーパーの動きがイレギュラーとなっていた。
その最中、魔力のチャージが終わった指揮官機が『|土の槍(アースランサー)』を構える。命中すればあの人型とて大ダメージを受ける事が分かっていたカルロスはミスらない様に慎重に動きを調整する。
「喰らいやがれ!」
指揮官機が飛び上がりながら左腕を振り下ろす。斜め上からの強襲。避けられる、とカルロスは思った。が、そのタイミングで。
「へ、この下手糞が!」
右側面からのシールドチャージ。機体と盾を一体化させながらのタックルは回避しようとした人型をその場に留めた。
そこへ更に。
「うおりやああああ!」
淑女らしからぬ叫びと共に。マリンカが丸太を投げつける。人間よりも魔導機士に近い膂力で投げつけられた丸太は人型に直撃すると砕け散った。その衝撃で倒れかけた身体を支えようと踏ん張る。完全に動きが止まった。
土の槍。その穂先が人型の頭部を抉る。左半面――複眼が潰された。
「ぐあっ!」
衝撃で抑え込んでいた左ワイヤーアームが砕けた。今の一撃の衝撃のフィードバックでカルロスは激痛に叫んだ。拘束の一つが弾け飛んだ人型は、闇雲に右腕を振るう。そこには土の螺旋が渦巻いている。右手のアイゼントルーパーの盾を砕き、正面にいた指揮官仕様機の左腕を破壊した。
動きの鈍いクレイフィッシュに対して左腕から高水圧の水を噴出する。直撃を食らった右腕が肩口から砕け、ワイヤーアームからの拘束から解放された人型はそれを引き摺りながら交代する。憎々しげに一度三機を睨み付けた後、暗がりに姿を消した。一瞬で影も見えなくなる。
「何て奴だい……」
「手傷は負わせましたが……追いますか?」
比較的傷の浅いアイゼントルーパーの一般機に乗っている傭兵が尋ねたがマリンカは首を横に振る。
「うちらの被害が大きすぎるね。クレイフィッシュ何て実質両腕を失って戦闘能力は皆無だよ」
土の槍に巻き込まれた左腕は肘から先が。人型に破壊された右腕は肩口から損失している。魔導機士の戦闘力は両腕に依存している。特異形状のクレイフィッシュとてそれは同じだ。
「カールは大丈夫かい」
「……あんまり大丈夫じゃない」
左目の辺りを抑えながらカルロスがクレイフィッシュから這い出てきた。苦労しながら機体の背中を上向きにしたらしい。
「怪我したのかい?」
「怪我って程じゃないけどな。最初に転ばされた時にぶつけた」
抑えている手をどけると痣になっている訳でもなかった。カルロスの申告通り、ぶつけただけなのだろうとマリンカは判断した。
「姐御、どうする? クレイフィッシュの修理はここじゃ無理だ」
「そうだねえ……」
「最速で帰るしかないな……指揮官仕様機の左腕はどんな感じだ?」
クレイフィッシュの修理は諦めて、後方を歩いて付いてきてもらうしかないだろう。そうなると戦力として期待できるのはアイゼントルーパーなのだが、それが一機なのか二機なのかで話は大きく変わる
「大分ごっそりとやられたけど、動かすのに問題は無さそうだ。こっちで盾を構えていれば何とか形にはなりそうだ」
「よし、それじゃあそれで」
魔導機士三機の応急処置を終えて元来た道を戻りだす。
交代して貰ったカルロスは手元のノートに今しがたの遭遇で紅の鷹団が得られた人型の情報を書き込んでいく。大丈夫と言ったのだが、マリンカに馬車に押し込まれた。
「……尋常じゃない戦闘力だな」
「量産型魔導機士三機を相手にしても引けを取っていなかったね……量産型じゃない昔からある魔導機士みたいじゃないか」
そのマリンカの呟きに馬車の御者をしていたイラが笑った。
「流石に古式程じゃねえよ。古式だったら対龍魔法(ドラグニティ)とかあるしな」
「ああ、そうだな……」
カルロスとイラの会話にマリンカは疑問符を浮かべていた。対龍魔法(ドラグニティ)の話など、魔導機士に精通していないと出てこない物だ。
それを知っているイラはいったい何者なのか。
アルバトロス軍に知り合いがいたという話だったが、一体どんな関係で知り合ったのか。過去を問わないという条件で選んだ傭兵団だったが、自分以外にも妙な経歴の者がいるらしい。
痛む左目を抑えながらカルロスは溜息を吐いた。
「まあイラの言うとおり、古式の魔導機士だったらもっと手ごわいだろうよ。機法もあるしな……」
「アイツが使ってきたのは魔獣の使う魔法の域を出ていなかったしな……まあ奇妙な点もあるんだが」
イラの言葉に興味を惹かれたのか、マリンカが首を傾げた。
「奇妙な点?」
「通常の魔獣は使える魔法は一つだ。複数使える奴は基本的にキメラ何だが……」
傭兵としての経験則で言っているのだろう。カルロスはそれに頷いて補足した。
「実際、俺の調べた範囲でも複数系統の魔法が使える奴はキメラだ」
「なるほど。生態調査員から教えて貰えると自信が持てるな。なあ、カールの目から見てあれは何のキメラに見えた?」
その問いかけにカルロスはイラが何を気にしているのか理解した。
「素体が分からないって事か」
「キメラなら素体になった生き物の特徴があるはずだろう。だがあの魔獣の生物らしい個所と言えば複眼と蠍めいた尾くらいだ」
「人型何だから人なんじゃないのかい?」
その言葉にカルロスは首を横に振る。
「いや、知恵ある生き物は魔獣にはならない」
「そうなのかい? 何度かあたしは聞いたことがあるんだけど」
「迷信だったり、単なる病気だよ。それは」
もしも人が魔獣化したら大変なことになっているが、今のところその兆候は無い。
「猿ベースだとしても違和感がある……確かに謎だな」
「まあそんな情報を纏めて渡すだけでも向こうは大喜びじゃねえか? 報酬期待しているぜ姐御」
「そうだね。がっぽり取ってくるさ。帰ったら打ち上げだよお前ら!」
歓声が上がる。カルロスも楽しみだった。
是非ともザリガニ料理を食したいと思いながら紅の鷹団は帰路を進む。
行きとは打って変わって一切魔獣と遭遇しなかった。行く先々で血の匂いはしていたので何らかの縄張り争いが連鎖的に起こり、偶々それに巻き込まれなかったのだろうとカルロスは言った。
行きに二週間。帰りは十日。約一月掛けて紅の鷹団は中継都市ロズルカに戻ってきたのだった。
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