17 遭遇

 ミズハの森を進む紅の鷹団は順調に奥地へと向かっていた。

 

 カルロスの誘導で、魔獣との接触は最小限に避けながら、更に深い場所へと。

 

「イラ、物資は?」

「これ以上進むなら水が足りないな……」

「魔獣を避けていたら水場も避ける事になるからね……」


 森突入から二週間。紅の鷹団は食料を始めとした大量の物資を馬車で曳いてきていたが、その大半を消費していた。帰り道を考えると、この辺りで引き返す必要がある。

 

「結局、例の新種の魔獣は見つからずか」

「結構色んな魔獣と会ったけど人型、ってのはいなかったな」


 カルロスは手元の魔獣研究ノートに目を落としながらそう呟いた。どれも四足。森に棲んでいそうな動物が魔力を浴びて変質したような物ばかりだった。稀に二足で立ち上がる魔獣もいたが、あれを人型と認識する人間はちょっと目が悪いとカルロスは言わざるを得ない。

 

「まあここまでのミズハの森の調査状況と、森林地帯での戦闘データ。その辺りを渡すだけでも向こうは喜ぶだろうさ」

「……クレイフィッシュの戦闘データはちょっとおかしいと思うぞカール」

「あたしもそう思うね」

「出鱈目と思われても困るからその辺は適当に誤魔化しておこう」


 ワイヤーアームによる空中軌道はアルバトロスには渡したくないデータだった。何れ来る戦いであれは役に立ってくれると確信していた。

 それを抜きにしても、紅の鷹団の面々も魔導機士による戦闘に慣れてきた様だった。特に、魔法など使ったことが無い物が多かったのだが潜在的に融法の才のある者が何人かいた。彼らの動きはやはり他よりも良い。

 

 工房ではトーマスしか適性者がいなかったので、そうした個人的に取ったデータも役立つ。必ず戦う事になるであろう相手、アリッサを名乗っていた少女を打倒す為には必要なデータだった。

 

「よーし野郎ども。引き返すよ!」

「それじゃあカール。操縦交代だ」

「任せろ」


 そうしてカルロスがクレイフィッシュにまた乗り込み、元来た道を戻り始めたところで。団員の一人が鼻をひくつかせた。

 

「何か変な臭いしないか?」

「変な臭い?」


 森の中は様々な臭気に満ちている。変な臭いと言われてもよく分からない物が多かった。

 

「何かこう……血の匂いと言うか……」


 その言葉と同時。日差しも通さぬ深い森の中からそれは血臭を纏って現れた。

 

 だらりと垂れさがった左右アンバランスな両腕。陽の光を飲み込むような漆黒の表面。背中と腰から生えている尾の様な部分。そして感情を一切伺わせない複眼。

 多少目撃情報とは違うが、そこにいたのは間違いなく彼らが探し求めていた物だった。

 

「っ!」


 カルロスが声にならない叫びを上げながら前に出た。手首を高速で回転させながら殴り掛かる――瞬間、漆黒の影が消えた。高速移動ではない。もっと異質な何か。

 全く捉えられないまま、側面に忍び寄られたクレイフィッシュは異形の左腕で殴りつけられて、幾本もの木々を巻き込みへし折りながら転倒した。そのままピクリとも動かない。

 

 その光景を見て影は満足そうに頷いた。

 

「か、カールの野郎が一撃で……」


 カルロスの腕は間違いなく紅の鷹団の中で一番だった。それが一蹴された事に動揺が走る。

 

 漆黒の影が一歩前に出た。僅かに差し込む光で照らされることで全体像がよく分かる。

 

 改めて見ても異形だ。下半身におかしなところは無い。細身ではあるがそれだけだ。問題は上半身。まずは左腕。金色に輝く巨大な爪が目に入る。握り締めればまるで巨大な鉄塊。広げれば並みの剣を凌ぐほどの輝きを見せている。

 そして右腕。ある意味ではここが一番特殊だ。

 何かを巻いている。恐らくは革だろうか。茶色い布状の物を右腕全体に巻きつけている。それ故にその下は見通すことが出来ない。或いはそれは装飾なのかもしれない。いずれにせよ、己に何かを身につけるという知能がある証だった。

 

 背中から生えているのは尾だ。頭部の複眼と合わせて考えるとこれもまたキメラなのかもしれないとマリンカは思った。通常の生物が尾を持つ位置ではない。むしろ触腕と言った方が良いのかもしれない。

 

「あの人型……やばいね」


 二対一だが、どう控えめに見ても手に余る。だが退路となる森への出口はこの人型が塞いでいるのだ。突破しなければ逃げることも出来ない。現状で森の奥へと逃げるのは自殺行為だった。

 

 指揮官仕様機が一歩下がり、通常型のアイゼントルーパーが長剣と盾を構えて前に出た。上段からの振り下ろし。最もシンプルかつ破壊力の大きい一撃。その攻撃に人型は左腕の爪を合わせる。爪と爪の間に入り込んだ長剣はしかし指の間を切り裂くことが出来ず、そこで止まってしまう。予想外の強度だった。

 

 そこで人型は左腕を捻った。爪の動きに巻き込まれてアイゼントルーパーが長剣を取り落とす。武器を失ったアイゼントルーパーは慌てて盾を構える。その上から人型の右腕が叩きつけられる。その周囲に纏うのは土。螺旋状に回転する土が頑丈なはずの盾を冗談の様に削り取った。

 

「下がれ!」


 後方の指揮官機が叫ぶと同時、『|土の槍(アースランサー)』が放たれる。倒れ込むようにして射線を開けたアイゼントルーパーのお陰で、死角からの一撃となった。直前まで機体によって目隠しをされてからの一撃。回避が間に合うタイミングではない。そこに、人型は再び左腕を合わせる。指と指の間から噴き出るのは水。高水圧の水が噴出され。真っ向から土の槍を打ち落とした。

 

「うおおおおお!」


 地面に倒れ伏したアイゼントルーパーの操縦者が雄叫びを上げながら人型の足に抱き着いた。

 

「今だ! 直接叩き込んでやれ!」

「おう!」


 打ち落とされたのには驚いたが、零距離からではそれも出来ないだろう。同僚の献身で身動きを封じた今がチャンスだった。魔力をためながら指揮官機が前に出る。

 

 人型は若干戸惑っている様な動きを見せていた。先ほどまでの機敏な動きとは打って変わって、どこを攻撃すればいいのか悩んでいるかのようだ。

 もしや、あの様に足止めをされた経験が無くどう対処すべきか分からないのではないかと言う予想が操縦者の中に浮かぶ。

 

 理由などはどうでもいい。ここで足を止めている事が重要だ。その胸部目掛けて左腕を突き出し――

 

 肩越しに伸びてきた触腕に左腕を絡め取られ、明後日の方向に強引に向けられた。関節部が悲鳴を上げているのが分かる。枝を突きぬけて土の槍が空へ消えていく。

 

 先ほどまでの戸惑いはどこに行ったのか。脚部を器用に動かして足元のアイゼントルーパーも引きはがす。その背中に足を置いて体重を掛けていく。

 

「お、おい。嘘だろ、待て待て!」


 徐々に歪んでいく装甲。内部に取り残された操縦者が悲鳴を上げた。

 それを止めたのは、倒れ伏していた機体から伸びたワイヤーアーム。

 

「くそ、好き放題やりやがって」


 クレイフィッシュが混沌とした戦場に再参戦した。

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