13 ミズハの森

 ミズハの森。未開の地ではあるが、それは人間にとっての事。森には森のルールがある。そこに住む生き物たちが定めた暗黙の法則。

 それを破れば危険な事になるのは明白だ。

 

 例えばそれは縄張りと言う言葉で表される。

 

「……この辺りは大型の魔獣の生息域だな。進路を変えよう」

「分かるのかい」


 森に入って約一時間。周囲を観察していたカルロスがそう言った。手信号で針路の変更を魔導機士の搭乗員に指示する。

 

「あの枝を見てくれ」

「枝?」

「右から三番目の木の枝だ」

「まずどこが基準点何だい……」


 マリンカが呆れたように言う。確かに分からないな、と思ったカルロスはマリンカの手を取る。

 

「指を真っ直ぐに伸ばして」

「お、おう」

「あの木だ。見えるか?」

「見える。見えるから……そんなに顔を近づけないでおくれよ」

「ん。すまんな」


 顔を赤くしているマリンカを尻目にカルロスは淡々と説明を続ける。

 

「中型魔獣じゃあの高さの枝には触れない。この辺りは広い獣道だ。広いって事は行き来が多いか通る奴が巨大かに分けられる」

「それなら群れが移動したって線もあるんじゃないかい?」

「群れが移動しているならもう少し排泄物とかがあってもおかしくない。そう考えるとここを通っているのは単独か少数。八割方大型魔獣だと思う」

「なるほどねえ。っていうかカール。あんた本当に詳しいね」

「狙いの魔獣を捜し出すために一月森に籠ったりとかもしてたからな……。あ、そこの草潰すと靴擦れに利くから少し摘んでおこう」

「本当に詳しいねえ……」


 はっきり言ってしまうと、今回のアルバトロスとの専属契約による依頼はカルロス抜きでは立ち行かなかった面が多々ある。こと、魔導機士と魔獣の調査に関しては独壇場だ。

 

「イラ、そろそろ交代しよう」

「もうかよ。まだ行けるぜ」

「体力に余裕のあるうちに交代しておけ。操縦に慣れてないんだから思った以上に体力を消耗しているぞ」


 禿頭の傭兵が年長者らしく逸るイラを抑えた。まだまだ一名を除いて紅の鷹団は魔導機士の操縦に慣れているとは言い難い。十分な練習期間を得られずにぶっつけ本番で戦場に投入することになったのを上手く運用でカバーしていた。

 

「……そう言えばマリンカは乗らないのか?」


 疲労対策と、戦力の平均化を目的としたローテーションだが、団長であるマリンカだけは一度も乗っていない。興味が無いわけではないのはここまでの旅路で分かっている。ならばなぜだろうかとカルロスは疑問に思った。

 

「んー多分あたし乗っても動かせないと思うんだよね」

「いや、そんな事は無いと思うぞ」


 操縦系はカルロスが作った物と大差ない。どんな人間でも乗れば何とかなる出来には仕上がっているという自負があった。

 

「……あたしは混血だからね。魔法道具の大半が反応しないのさ」

「……すまん」


 この大陸には、大きく分けると四つの種族がある。

 

 人間族。大陸の七割を占める種族だ。改めて説明する必要も無いだろう。

 龍族。もはや生き残りは一頭しかいない。人間から攻められることが無くとも滅亡が約束されている種族だ。

 

 残り二つ。

 長耳族。メルエス親龍国のみを生活圏とする龍の眷属。人間族よりも長命で、長い耳が特徴的な種族だ。人間族とは違い、体内に魔力精製器官を持っており、魔導炉無しで魔法を使うことが出来る。

 

 そして有獣族。大陸北東部を支配する大和を構成する民。長耳族とは逆に魔力を一切持たず、代わりに常識外れの膂力と頑強さを持つ種族だ。

 

 最もこれらの呼び方は人間族基準だ。長耳族からすれば人間族は短耳族やら無魔などと呼ばれている。どこも自分基準になるのは仕方がない事であった。

 

「見た目は人間族の血が色濃く出たけど、内面は殆ど有獣族さ」

「ああ、道理で……」


 謎の怪力にも納得だった。刀剣一本で魔導機士と打ち合うという有獣族の達人の話を考えればあれくらいの力が無いと話にならないのだろう。

 

「それに操縦席を壊しても嫌だしね……」

「その心配もあるのか」


 今回のミズハの森進攻に際して、予備部品は最低限だ。元々満足な設備が無ければ整備は難しい。比較的交換の容易な個所を幾つか持ってきているだけだった。そこに操縦席は含まれていない。

 

「団員なら皆知っている事だからそんな深刻な顔しなさんな」

「してたか?」

「してたしてた」


 快活に笑うマリンカの表情に影は無い。――はっきり言えば、人間族以外の種族への差別意識は強い。差別と言うよりも排斥の類か。共にある事を決して認めようとしない。それ故に二つの種族の血を引いているというのは非常に珍しい事だった。カルロス自身書物以外で人間族以外の存在を知ったのは始めてだった。

 

「まあ気になるんだったら今度ゆっくりと話そうじゃないか。それよりも、例の魔獣の位置は分かりそうかい?」

「……微妙だな。少なくとも森が荒れている気配はしない。相当賢そうな奴だったからな。上手く森の中でも立ち回っているのかもしれない」

「それは短時間で縄張りを確保したとかそう言う話かい」

「そんな感じだ。あんまり奥に入るのは危険だ。森の中心部には超大型魔獣がいるって言われてるからな」

「ログニスの建国記に残っている大魔獣ね……実在していたのかね。いや実在していたとしても今も生きているのかね。百年以上も前の話なんだろう?」

「さあな。その物は残っていなくても子が残っているかもしれない」


 魔獣とは基本的に、魔力によって変質した獣の総称だ。だが、生き延びた魔獣は稀に繁殖する。変質した姿のまま代を繋いでいくのだ。それは大概小型――獣としての特性を強く残している魔獣に多いが、大型魔獣とて例が無いわけではない。各地で目撃される竜種などはその代表例だ。

 

「どの道食料の問題もあるから二週間が限度だろうな」

「魔導機士ってのは金食い虫だねえ……アルバトロスが資材とか融通してくれてるから良いけど自前で運用しようなんて考えたら大変だ」

「確かにな」


 潤沢な資金とバックアップが無ければそうそう運用も出来ないのが現状だ。傭兵への機体委託をアルバトロスは推し進めたい様だがそこを解決しない限り難しいだろうな、とカルロスは思う。

 

「っていうかよ、これ持って行って外国に売った方が儲かるんじゃねえ?」

「無理だ。見つからない様に運び出すのが不可能に近い」

「じゃあ逆に来てもらって調べさせるのは?」

「これ、下手に弄ると操縦席周りが超高温で燃焼する様になってる。骨も残さず燃やされたくなかったら下手に弄らない事だぞ」


 操縦席最大の差異がそこだというのだから恐れ入る。操縦席と操縦系魔法道具を保護する様に配置された装甲版にはびっちりと焼却の術式が書き込まれていた。骨さえ残らないだろうし、融法の魔法道具も跡形もないだろう。

 その徹底振りは外部流出を警戒している事が良く分かる。一度漏れてしまえば模倣は可能なのだから。

 

「……あ、不味いな」

「どうしたのさ」

「多分別の魔獣の縄張りに入った。大分気性の荒い奴の」


 カルロスの視線は周囲の木に向いている。かなり高い位置に爪痕が大きく残っている。四足歩行ならば大型魔獣のカテゴリーを超えるサイズだが、残っている足跡から傷を付けた時は二足で立ち上がっていたのだろうと推測できる。

 

 あまり安心できる材料ではない。遠巻きに木が揺れる気配がする。

 

「鼻も悪くないみたいだ……もうすぐ来るぞ」

「野郎ども! 戦闘準備だ!」


 マリンカが号令をかける。ミズハの森で紅の鷹団の魔導機士初陣が始まろうとしていた。

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