14 キメラ
魔獣とは魔力を浴びた獣が変質した姿だ。
必然、元となった生き物が存在する筈なのだが、稀によく分からない魔獣が存在する。それは変質の際に周囲の別の生き物を取り込んだ結果だとか諸説囁かれているが、未だに決定打となる物は無い。変質の瞬間を観測できれば確実なのだろうが、そんな危険を犯す物もいなかった。
ただ、そうした複数種が入り混じった魔獣を人はキメラと呼ぶ。
紅の鷹団を襲ったのもそうしたキメラの一種だった。四足歩行の獣に、猿の頭部。そして翼。少なくとも三種の獣が入り混じった姿だった。
「これが例の新種かい?」
「いや。キメラだろうこれは」
確かに猿は人型だが、頭部だけで人型と誤認する者はいない。そんな会話をしている間にも魔導機士三機は戦闘態勢に入る。だがそれを見てカルロスは悪態を吐いた。
「くそ、あいつら話聞いてなかったのか? 興奮して忘れてんのか」
「何の話だい」
「全員オートバランサー入れっぱなしにしてやがる」
「……あ」
獣道とは言っても、あくまで踏み固められて枝などが取り除かれている程度の道だ。整地されているとは言い難く、自動で機体のバランスを取ってくれるオートバランサーは不慣れな紅の鷹団の助けになっていた。だが、それは戦闘時には邪魔になるだけだ。
大きく手を振って指示を出すが、戦闘に入ってしまった三機の搭乗者の視界には入っていない。むしろ余り近くにいると巻き込まれる可能性すらある。
「一度下がりたいところだけど」
「この森林じゃ信号弾も見えないだろうな」
連絡手段についてもっと検討しておくべきだったとマリンカは悔いる。平地で行えていた事がここでは通用しない。
紅の鷹団にとっても、今回が魔導機士による初の戦闘となる。訓練は受けているが、本番はまた別だ。オマケに訓練時は見晴らしの良い演習場。森林地帯での経験は無い。
案の定と言うべきか。三対一にも関わらず形勢は不利だった。
アイゼントルーパーの二機はそれぞれ長剣の基本的な装備。今回は森林での戦闘だったため、槍等の長物は持ち込まなかった。
低く姿勢を保って、唸り声を上げるキメラを三方向から取り囲む。定石とも言える動きだ。だが、反応が鈍い。動きが硬い。
キメラの突進を避け損ねて、アイゼントルーパーの指揮官仕様機がバランスを崩した。僅かな機体の振動。まるで苛立ちを表そうとして止めたかのような不自然な肩口の振動。カルロスには自分の所にまで操縦者の苛立ちが聞こえてくるようだった。
とは言え、流石に高名な傭兵部隊だ。生身と違う挙動に戸惑いこそすれ、すぐに対応している。次第にアイゼントルーパーの二機は動きが良くなってきていた。盾で弾き、剣で反撃。生身の動きを拡大しているだけだがそれだけでも十分と言える。
問題は最後の一機。クレイフィッシュだ。
はっきりと言ってしまえばクレイフィッシュはアイゼントルーパーとは別物だ。技術的には殆どが既存の物の組み合わせだが、最大の違いがある。それはこの機体は人間の動きを拡張した物では無いという一点だ。
少なくともカルロスは腕を伸ばせる人間はフィクションの中でしか知らない。
その為クレイフィッシュの現在の搭乗者は酷く操作に手間取っている様だった。手の部分が五指では無く鋏なのもその影響が大きいだろう。
それでも頑丈な鉄で作られた鋏は打突武器としても使えるため、それで殴りかかろうとしている様だ。拳闘の構え。背後から殴りかかろうとするクレイフィッシュに対してキメラは――。
「伏せろ!」
その兆候に気付いたカルロスは咄嗟に叫びながら隣のマリンカを押し倒した。
「は!? ちょ……そんな戦闘中にいきなり押し倒すなんて……」
そんな事を口走りながら頭を上げようとしたマリンカを更に強く押さえつける。その瞬間に唸りを上げて魔獣の尾がマリンカの頭部の僅かに上を通り過ぎて行った。カルロスが押さえつけなければ頭部は弾け飛んでいただろう。
事実、団員たちの何人かがそれに巻き込まれて森の大樹に身を叩きつけられ、命を落としていた。
そして、呆然とするマリンカを正気に戻す地面の揺れ。今しがたの尾の一撃で脚部を絡め取られたクレイフィッシュが仰向けに転倒していた。両足が纏めて地面を離れてしまえば如何にオートバランサーが働いているとは言えども意味が無い。
倒れ伏したままピクリとも動かないクレイフィッシュを見てカルロスの下から這い出たマリンカが叫ぶ。
「壊れた!?」
「いや、中で失神しているぞこれは」
その様子を見ていたカルロスは無理も無いと思う。操縦席の位置は約八メートル。そこからの不意を突いた自由落下。そして着地の衝撃。舌を噛み切っていないか心配になる。
そうなったのならば速やかに中の人員を救助し、操縦者の交代を行う必要がある。だが、操縦席のハッチは背中側。
転倒した魔導機士を起こすには魔導機士かそれに準ずる規模の設備が必要だ。
アイゼントルーパーはキメラと戦闘を継続中の為、その余裕は無い。むしろ三対一で拮抗させていた状況を崩され劣勢に陥っている。このままでは撤退どころか全滅の危険性すらあった。
(……仕方ないか)
諦めと同時に一つ切札を切る事を決めたカルロスは全身の力を抜く。紅の鷹団にここで全滅されては困る。丁度いい感じにアルバトロスへと食い込んだ楔になったのだ。逃げる事は出来るだろうが、次に用意できる環境がここよりも良くなるとは思えなかった。完全な個人では余程の成果を挙げないと目に留まらないかもしれない。
脱力し、視線の焦点が合わなくなる。そして、カルロスが己の意識を手放そうとした瞬間に。
「よ、い、しょっと!」
そんな掛け声とともにクレイフィッシュが持ち上げられた。上体の関節を無理やりに曲げて背中側に空間が生じる。
マリンカの中に流れる有獣族の血。それによる怪力が如何なく発揮されていた。まさかここまでとは思わなかったカルロスは一気に意識を引き戻される。
「カール! 早く中の奴引っ張り出しな!」
「すげえよ団長。いや、本当に」
これだけの隙間があれば十分だとカルロスは頷きながら、操縦席のハッチを解放する。予想通り泡を吹いて意識を飛ばしていた操縦者を引っ張り出し、別の団員に渡す。そのままカルロスは操縦席に潜り込んだ。
「カール、乗れるのかい?」
「自分で動かせない物作ったりはしないさ」
とは言え、カルロス自身かつての試作機タイプの魔導機士を操縦するのは久しぶりの事だった。何時かの様に機体と自分を同調――否、侵食させていく。
機体内を流れる水銀。そこに乗る魔力。そうした物を全て己の認識下に置く。拡張された思考領域は、本来の制御系の魔法道具の動きすら書き換えて、カルロスの魔力制御の補助回路として利用する。
そして今回はクレイフィッシュ。人型からは少し外れた存在だ。己を人と認識していたのではその性能を十全に発揮できない。それ故にカルロスはイメージする。己の腕は伸びる。そう言う生き物だと。
クレイフィッシュの機構を持つ一つの個体と化したカルロスは小さく舌なめずりする。
「この機構が使い物になるかどうか……試させてもらうぞ」
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