08 魔獣調査員としての顔

「興味深いお話ですね」


 口元には笑みが浮かんでいたが、目は全く笑っていない。心なしか干渉してくる融法も深度を増してきている気がする。抵抗している事に気付かれない様に、偽の感覚を相手に流す。

 

「何故そのような事を?」

「趣味と実益ですかね。元々魔獣の生態調査は趣味みたいな物でして。食い残しや死骸などからその生態を調べ、国に渡すというのをここ数年やっていました。東の方から旅をしてきていたのですが」


 そこで言葉を切る。

 

「近頃西の方で変化があったと聞きまして」

「ふむ」

「魔獣被害が減る事は望ましい。ですが、十分な調査が行われる前に死滅してしまい、また東の方で同種が出現するようになった場合……被害が拡大するかもしれない。そう思って慌てて西側に入ってきたのです」

「なるほど。元々魔獣調査が生業だったと……証明できる物はありますか?」

「自分の手荷物に、二年分の魔獣の生態調査の記録があります」

「後ほど見させて頂きましょう」


 こういう時のカバーストーリーに魔獣の生態調査員である事を選んだのは正解だったとカルロスは思う。百パーセント嘘ではない。ここ二年程はそれで本当に路銀を稼いでいたのだ。死霊術を扱う上で魔獣の構造把握は必要な物だった。そう言った意味でも実益を兼ねている。

 

「こちらに来たら直ぐに新種の魔獣と言う話を聞いていても立ってもいられず」

「単身森に踏み込んだと。行動力がありますね」

「好奇心を押さえられなくて」

「それで、肝心の新種の魔獣については何か分かったのですか」


 まあ聞きたいだろうな、とカルロスは心の中で笑みを浮かべる。量産型魔導機士が三機やられているのだ。オマケに搭乗者は行方不明。トドメとばかりに損傷機は傭兵が修理してしまった。損傷から能力を推察することも出来ない。とは言えまだ多少は損傷個所も残っている。そこから得られる情報は皆無ではないだろうが……大分少ないだろう。

 

 今、アルバトロス側が入手している新種の魔獣についての情報は殆ど無いに等しい。

 

「ええ。流石に巣を見つけるところまでは行きませんでしたが、戦闘の様子を一部始終は」

「戦闘、つまり……」

「はい。魔導機士が撃破される瞬間も見ていました」

「……そうですか。後ほど担当の者が改めてお話を伺うと思います。搭乗者の情報、遺品等がありましたらそちらの方に。少ないとは思いますが謝礼は支払われます」

「分かりました。協力させていただきます」

「話を戻しましょう。貴方が森に居た経緯はわかりました。そこから紅の鷹団に合流したのは何故ですか?」


 さてここからが本番だとカルロスは気を引き締める。言ってしまえばここまではカルロスの話を信じさせるための下地に過ぎない。最も相手が気にしているであろう点。何故カルロスが魔導機士の整備が行えたのか。そこを上手く誤魔化さないと行けなかった。


「理由はいくつかありますが……紅の鷹団が魔導機士の残骸を入手していた事ですね。私自身が魔導機士の整備技術がありましたので、今ならば高く売り込めるだろうと。後は傭兵団ならば魔獣との戦闘も多い。生態調査時に護衛も頼める……その辺りですかね」

「貴方が魔導機士の修理を行ったという話は幾人から聞いております。率直にお聞きしますが、どこでその技術を?」

「ハルスです。出身がそこで、基礎を仕込まれていたのですが家出して……」


 実際に調べられても問題の無い様に、とある農村には融法で自分を息子だと思い込んでいる老夫婦と、同じく融法で魔導機士工房の人間数名に同僚だったという記憶を植え付けている。徹底的に調べれば穴がある偽装だが、その確証を持てるには相応の手間がかかる程度には工作してある。

 融法にも己が真実だと感じているという印象を流し込めば、わざわざ傭兵団の一人にそんな手間を掛けてまで裏を取ろうとはしないだろう。


「魔獣の生態調査員になったと。分かりました」


 融法による干渉が消えたと察したカルロスは、これで終わりかと肩の力を抜く。

 

「ご協力に感謝します。食堂の方で他の方たちと一緒に身体を休めていてください。アルコールは出せませんが、軽食くらいは用意できますので」

「ありがとうございます。実は腹ペコで」


 そう言って退室しようとドアに手を掛けた瞬間。

 

「カルロス・アルニカを知っていますか?」


 不意打ちだった。動揺を表に出さないようにしてカルロスは振り向いて答える。


「何ですか、それ?」

「いえ、知らないのなら良いのです。すみませんね。最後に変な事を聞いて」


 どうぞ、と促されてカルロスは今度こそ部屋を後にする。

 

 危なかったとカルロスは内心で冷や汗を拭う。だが、何故自分の名前が出て来たのか。カルロスとしての死亡の偽装は完璧だと自負している。いや、或いはカルロス自身を探しているのではなく、嘗て親交があったのかどうかを疑っているのかもしれないとカルロスは考える。量産型魔導機士の技術がエルロンドから他へ流出していなかったかを気にしているのだろう。

 

 だがタイミングが嫌らしい。融法の干渉を退けていた事には気付かれていないだろうが、相手は自分よりも高い位階の相手を想定して話をしていたのだ。

 融法の干渉が途絶えて気の抜けたタイミング。分かっている人間にとっては一番無防備になる瞬間だ。そこで一番聞きたかった事を聞いてきた。融法には頼らずに、己の経験で真偽を確かめるために。

 流石に本職ともなると魔法だけに頼っている訳ではないらしい。

 

 そんな技能の無いカルロスは魔法に全面依存だ。彼が『枝』と呼んでいる感染型の融法を仕込んでおいた。クレアを探す上で、多くの情報に触れていそうなあの尋問者は役立ってくれるだろう。

 

「お、新入り。お前も終わったか」

「髭のおっさん。そっちも終わり?」

「ああ。何で森にいたのかとか誰があれを直したのかとか聞かれたな」

「俺も同じ」


 髭の傭兵は既に軽食を頼んでいたらしい。山積みになったサンドイッチを軽食と呼ぶのかは微妙だが。一言断ってカルロスも手に取った。

 

「さて後はイラと姐御か」

「イラ?」

「アイツ俺より先に呼ばれたのにまだ取調べ受けているみたいだな」

「噂をしたら来たぜ」


 溜息を吐きながらイラが食堂に入ってきた。若干憂鬱そうである。

 

「どうしたんだイラ?」

「いや……ちょっと顔見知りがいてな。ねちねちやられた」

「顔見知り……聞いても大丈夫か?」


 カルロスがそう尋ねるとイラは力なく笑った。

 

「いや。後で必ず説明する。だから今はちょっと……」

「分かった」


 イラは山積みのサンドイッチを手に取ると無言で咀嚼する。短い付き合いではあるが、飄々としているこの男が参っているのは新鮮だった。

 

「さて、後は姐御だが……」

「取調べと称してエロい事されていたりしてな」

「あっはははは。イラ。それは官能小説の読みすぎだ」

「イラ……お前懲りない奴だな」

「分かんねえぜ? 『おいお前。胸元に何を隠している。怪しいな……おいお前ら服を剥いで調べろ!』みたいな感じで」


 そりゃお前の願望だろうが、とヤジが飛び、調子に乗ったイラが更に寸劇を披露する。そんな中で野次が途端に止まった。イラは入口に背を向けているので気が付かない。

 

「そんでもって『軍人さん……私の魔導炉を――』」

「一度死ぬか。イラ」


 事前警告なしのアイアンクローだった。イラの断末魔の悲鳴を背景にマリンカが戻ってきた。

 

「おかえりなさい団長」

「あーもう参ったわよ。まさか魔導機士を拾ってこんなあれこれ聞かれるとは思っていなかったわ」

「それで、俺らは何時解放されるんだ?」

「まだしばらくは基地内に居て貰うってさ。兵舎の一部を貸してもらえるってさ」


 その言葉に一部から歓声が上がる。アルバトロスの兵舎には風呂があるという噂があった。その日暮らしの傭兵とて偶には入りたい物である。

 逆に一部……傭兵団の上の方の人間は険しい表情だ。

 

 いきなり消されるような事は無いだろうが、拘束されたままと言うのは不安がある。何より今回は理由が不明瞭だ。

 

 カルロスとしても余り嬉しくない事態だった。アルバトロスの膝元に長期間いるというのは正体露見のリスクを高めるだけで何の得にもならない。アルバトロス中央に近いなら兎も角、グランデにはそこまで重要人物はいないだろう。

 

「……面倒よね」


 マリンカのその呟きはカルロスの心情を代弁していた。

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