09 専属契約

 三日目ともなると流石に荒くれ揃いの傭兵も飽きて来たらしい。退屈そうな様子を隠そうともしない。

 

「ったく、いつまであたしらはここにいればいいんだろうね。カールは何か聞いてないのかい」

「さあ……俺も魔獣の情報を渡したくらいでそう言う話は何も」


 などと言う会話をしたり、団員と盤上遊戯をして時間を潰していた日の事である。

 

「マリンカ団長。話がある。来てくれ」

「はいはい。こちとら時間は有り余ってますから呼ばれれば何時でも行きますよっと……」


 そんな風に嫌味を交えながらマリンカが兵士に呼ばれて出て行った。その背を見送ってイラが呟く。

 

「告白かな」

「そのネタは二度目だぞ」

「ちっ、俺としたことが」


 割と本気で悔しそうにしているイラを尻目に、カルロスは手元の盤の上に置かれた駒を動かす。

 

「残念。これで終わりだ」

「うげ……」

「はっははは。これで十七連勝だな!」

「つーかカールよええなお前」

「最弱の髭にこれだけやられるなんて……」

「うるせえよ」


 そんな風に遊戯でもぼこぼこにされていたあたりで、難しい顔をしたマリンカが戻ってきた。

 

「みんな、ちょっと聞いておくれ!」


 その声音から真面目な話だと理解した団員が即座に無駄話を止めて姿勢を正した。

 

「今、アルバトロスからあたしら紅の鷹団に依頼が来た」

「依頼……?」


 少々予想外だった。大半の予想は魔導機士が回収されるがそれの対価をどうするのかで揉めているという物だったのだ。或いはその対価が依頼と言う形になったのだろうか。

 

「依頼内容は新種魔獣の調査と撃退。期間は無期限。その間魔導機士が貸与されて、アルバトロスとの専属契約を結ぶという形になる」


 微かなざわめき。

 

「報酬ははっきり言うとかなり良い物だ。達成時には貸与していた魔導機士が贈与されるともある。専属契約となる以上他の依頼は受けられないが、うちの団員総出でやる価値はあると思う」


 言ってしまえば、紅の鷹団を丸ごと独立部隊として雇い入れてしまうという事だ。魔導機士が貸与されることも考えると、規模的には旧ログニスの大隊に近い。

 

「決を採りたい。この契約に賛成か、反対か」


 態々問いかけるというのはマリンカの中にも迷いがある事の証左だった。美味い話だ。だからこそ不安になる。

 

「姐御の意見は?」

「一応決まっている。それは最後に言うよ」

「……俺は反対だ」


 髭の傭兵が重々しくそう言う。

 

「専属契約ってことはアルバトロスからは簡単に離れられないことになる。無期限ってのも考え物だ。オマケに魔導機士の貸与だと……? どう考えても普通じゃない。取り込む気満々だぞ」

「俺も反対だ。使い捨てにされる気配がする」


 そう言ってイラも反対に一票を投じた。

 二人の言い分は最もだった。はっきりと言えばカルロスも同じ気持ちだ。通常であれば避けたい条件である。だが――。

 

「新参の意見になるが、俺は賛成だ。今後の事を考えると、契約を結んだ方が良い」

「今後の事?」


 禿頭の傭兵が代表して尋ねた。概ね、皆の顔には訳が分からんと書かれている。

 

「少なくともアルバトロス領で、傭兵団として活動するのは難しいと思う。魔獣退治をするにしても、大物はアルバトロスが狩っている。小物だけじゃこの人数の傭兵団を維持させるの厳しいだろう」

「まあ確かにな。でもそれは東側に移動すれば……」

「東側に移動すれば最終的に待っているのはアルバトロスとの戦争に駆り出される未来じゃないか? その時俺たちは生身で魔導機士に立ち向かう事になる」


 その未来予想に傭兵たちは顔を顰める。反対を投じていた髭とイラもだ。それがどれだけ無謀な事か、彼らは良く知っていた。

 

「それだったらアルバトロスの依頼を受けて、コネクションを繋いでおいた方が良い。まあ後、魔導機士を弄れるって触れ込みで入ったのにそれが無くなったら俺仕事無くなるしな」


 冗談めかして最後の言葉を付け加えた。厳しい表情をしていた中に僅かだか笑みが戻る。

 三人の意見を皮切りに、他の団員も口々に賛成と反対を投じる。数的にはやや賛成が多いか。やはり将来魔導機士と戦う事になるというのは避けたいらしい。

 

「皆の意見は分かった。あたしの考えは最初から決まっていた。この依頼を受けようと思う」


 反対に票を投じていた面々が口を閉ざす。

 

「反対する皆の意見も分かるけどね。でもあたしはこれがチャンスだと思う」

「チャンス?」

「紅の鷹団の名を高めるチャンスさ。考えて見な。この依頼をやり遂げればあたしらは魔導機士持ちの傭兵ってことになるんだよ」


 なるほど。確かにそうなればこの上ない名声だろう。国からの専属依頼をこなしたという評価付だ。仕事には恐らく困らない。

 

「もちろん、アルバトロスに近寄りすぎるというリスクも分かるさ。でもあたしらみたいな傭兵家業がリスクを恐れてちゃ何も出来やしないさ」


 そこで言葉を切る。不安そうな顔でマリンカが言葉を続けた。

 

「も、もちろん。着いて行けないっていうなら仕方ないよ。馴染みの傭兵団への推薦状は書くから――」

「何言ってんですか姐御。姐御がそうと決めているなら俺たちはソレに着いて行くだけですって」

「そうそう。それに卑怯だぜ、マリンカの姐御」


 イラがウィンクをしながら――その意味はカルロスには分からない――言う。

 

「そんなしょぼくれた普通の女の子みたいな顔してちゃ男なら逃げるわけには行かないって」

「あ・た・し・は普通の女の子だよ!」


 いや、それは違うだろうと全員で一斉に突っ込む。

 

「ま、そういう訳だ。その依頼、受けさせてもらうよ」

「……よくもまあ、当人を前にしてあれだけ好き放題言えますね。まあはい。分かりました。細かい条件はあちらの部屋で詰ましょう」


 一部始終を聞いていたアルバトロスの兵士が呆れ顔でそう言う。嫌われ役になるのは慣れているのだろう。軽く肩を竦めて彼はマリンカを促した。

 

「俺も行こう。姐御一人じゃ不安だ」


 髭の傭兵がその後に続く。

 

 こうして、大陸初の魔導機士を保有する傭兵団。紅の鷹団の活動は開始されたのだった。

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