06 微かな手掛かり

「……と言うか今更なんだがカール。お前何であんな森の奥に居たんだ?」

「本当に今更だな……」


 イラの問い掛けにカルロスは若干呆れながら答えた。紅の鷹団に入って既に五日目。そんな事を聞くには今更すぎる話だった。

 

「それはお互い様だろう」

「俺たちは一応、新種の魔獣の調査だ。探せど探せど見つからず……その最中で思いがけない物を見かけたから先に報告の為に数名帰したけどね」

「……俺もそうだよ。新種の魔獣が出たっていう情報と、それをアルバトロスの魔導機士部隊が討伐に行ったっていう情報を得て森に入ったんだ」

「そうか。やっぱりあれはアルバトロスの物か……」

「他に魔導機士を量産している国は無いからな。今の所」


 神が作ったと言われている古式は兎も角、新式は人の手で作り上げた物だ。何れは模倣されて広がっていくものだろうとカルロスは達観している。まして一度姿を見せてしまった以上、各国は血眼になってその秘密を盗み出そうとするだろう。

 

「さて、これだけあれば十分だろう。戻ろうぜイラ」

「……本当に地面掘ってエーテライトが出てくるんだなあ」


 軽快にスコップで土を掘っていたカルロスが満足げに頷くのを見ながらイラが溜息を吐いた。肩を竦めてそれに答える。

 

「この辺りは全然人の手が入ってないからな。質は低いけど短時間動かすには十分だ」


 魔導機士の応急修理が終わり。いざ帰ろうと思った所で問題になったのが燃料――つまりはエーテライトだ。

 大破していたアイゼントルーパーのエーテライト残量は僅か。動作確認等で消費した結果、街まで持たないという結論に達したのだ。未だに稼働状態に持って行けたのは一機。残り二機分の残骸は巨大なソリを加工し、牽引することになった。ソリを作る際はマリンカが嬉々として木を切り倒してくれた。

 

「確かになあ。木とかも他じゃ見ないくらいに太いぜ」


 周囲を見渡して人里離れたことを確認するイラはしきりに頷いている。

 

「世界に十匹だけ居た龍族。その一匹の生血が染み込んだ森だからな。未だに魔力の異常値が検出されている場所だよ」


 カルロスの何気ない言葉にイラが目を瞬かせた。

 

「どこで聞いたんだ。そんな話」

「メルエスだよ。ちょっと前までそこにいた……言わなかったか?」

「初耳だ。しかしそうか。親龍国か。やっぱ龍族関係の物は多いのか?」

「多いっていうか人よりも龍族の物の方が多いな。遠巻きに龍皇を見たけど滅茶苦茶デカかったぞ。あれ倒した魔導機士すげえって思ったわ」


 メルエス親龍国。それは嘗て種としての存亡を賭けて戦った龍族の生き残りが存在する土地だ。その龍族の祖先は人側に立ち、己の同胞と戦ったと言う事実が残っている。戦いが終わった後国を興し、龍族とその眷属たちが唯一生存を許される土地となっている。

 

「龍の眷属は長生きだからな……古い資料も色々と残っていて楽しかったぞ」

「古い資料……歴史家だったのかお前」

「単なる趣味だよ」


 余計な事を口走ったな、と思いカルロスは口を閉ざす。メルエスで過ごした数か月。そこで言われた言葉が脳裏に蘇る。

 

『哀れな事よ……人の子よ。お主は良かれと思って人を滅ぼす種子を植えたのだ』


 小さく首を横に振ってその言葉を追い出す。今気にすることでは無かった。

 

「ほらさっさと戻ろう。森の中はうんざりだ」

「同感だ」


 ◆ ◆ ◆

 

「流石にカールは旅慣れているみたいだね」

「まあそれなりにな」


 森の中を危なげのない足取りで歩くカルロスに、大荷物を背負ったマリンカが声を掛けてきた。傭兵団の人間に操縦を慣れさせたいとの事で、今はイラがやや危なっかしい足取りでアイゼントルーパーを操縦していた。

 

「ここ数日見ていて思ったんだけどカールは魔導機士に詳しいんだね」

「まあな」

「なら率直に聞かせておくれ。あれはあたしらの物になると思うか?」

「……微妙だな」


 しばしの間の後にカルロスは言葉を選びながら答えた。分からないと言えばマリンカからの評価は落ちる。本心から答えれば自分が含意のある事を諭される。それ故の玉虫色の答え。

 

「この魔導機士はアルバトロスがログニスを併合して、そこから更に東を狙う為に必要な力だ。現段階で他者の手に渡るっていうのは一番避けたい展開の筈だ」

「まあそうだよねえ」


 カルロスとしてはむしろマリンカのその言葉の方が意外だった。普段の言動や、並はずれた怪力から勝手に脳筋のイメージを持っていたが、仮にも傭兵団の頭領がそれだけで大所帯の団を回せるはずがない。

 戦争でどこに着くか。そう言った戦略眼も持っているはずだった。

 

「出来ればあたしらの物にしたいんだけどね」

「……噂では聞いていたけど傭兵団の運営は厳しいのか?」

「まあエルロンド以西じゃ商売にならないね。東の方も同業の話じゃあんまり重視されてないってさ。あたしらは歩兵だからね。魔導機士相手じゃ踏みつぶされてお終いさ」


 マリンカならその足を支えられそうだと思ったがわざわざ茶化す必要も無い。黙って彼女の話を聞く。

 

「暗殺者みたいな依頼が来たって所もあるって話さ。この魔導機士の量産を主導した人間。そいつを殺せば少なくともアルバトロスの魔導機士はこれ以上発展しないんじゃないかって期待でもしているのかねえ」

「へえ、傭兵団に暗殺か……形振り構っていないな」


 カルロスは己の声に感情が乗らない様に務めた。思いがけないところから思いがけないタイミングで、中々クリティカルな情報が来た。依頼があったという事は、相手の居場所と素性が分かっているという事だ。何気ない風を装ってカルロスは言葉を続けた。

 

「さぞかし高い報酬だったんだろうな」

「まあ破格だったみたいだけどまず成功しないだろうねえ。重要人物だって話だからがちがちに固められているみたいだし。まあその同業も詳しい話を聞く前に断ったっていうから細かいところは分からないけど……使い捨てにされたら溜まらない」

「ふーん。ちなみにどんな奴なんだ? その主導した奴っていうのは」

「何て言ったかな……くろ、くら、……クラリッサとかそんな感じの名前だった気がするんだけど」


 肝心な事を覚えていない! とカルロスは深く落胆する。クレアっぽい名前ではあるが正直これだけでは何とも言えない。ただ、こうして主導者の事が傭兵団の情報網に乗っている。その線で調べればより深い情報が得られるかもしれなかった。

 

 にしてもログニスから拉致された人間がアルバトロスの魔導機士開発の主導者とは皮肉が聞いていると思わずにはいられなかった。

 

 そうして歩きつめる事数日。ソリによって均されていた道は歩きやすく予定よりも早く街道に出た。十数日振りの人類圏への帰還を喜ぶ間も無く。

 

「そこのアイゼントルーパー。止まれ! 所属と姓名を答えろ!」


 六機のアイゼントルーパーに取り囲まれた。

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