05 アルバトロスの量産機

 密林の中での魔導機士の修理。はっきりと言えば中々に得難い、そして二度とはやりたくない経験だった。巨大な羽虫が集ってくるのはカルロスとしても勘弁願いたいものだった。

 

 修理している中で、アルバトロス帝国が量産したアイゼントルーパーは単純な試作二号機のコピーではないというのが分かってくる。

 

「多分これで……そっちの機体と繋がったはずだ」


 転倒の衝撃で機能を停止していた短距離通信の魔法道具を復活させると、もう一機の側にいた傭兵たちから歓声が上がった。

 

「すげえ、向こう側の声が聞こえるぞ」

「これあれば戦闘の時指示出しやすいだろうな」


 カルロスも全面的に同意だった。拡声器だけで済ませようとしていたが、アルバトロス側はこの問題を放置しなかったらしい。部隊単位での連携はより強くなる事だろう。

 

「精が出るな。坊主」

「坊主って言う年でもないけどな」

「そうなのか」

「直に二十歳だよ」

「ほう、思っていたよりも高いな。まだ十五か十六くらいだと思っていたぞ」


 髭面の傭兵が髭に触りながらそう言う。彼か禿頭の傭兵そのどちらかがカルロスの側にいた。――一応、監視なのだろうとカルロスは思っている。いや、思おうとしている。これがただ新入りに気を使って世話を焼いていてくれているのだとしたら、いざという時に決心が鈍る気がしていた。

 

「しかし大したものだね。ちょっと齧っただけじゃない。専門的な教育を受けたんだね」


 イラがカルロスの作業を手伝いながら独り言の様に言った。まさか開発者本人です、等という訳にも行かず曖昧な笑みで誤魔化す。

 

「お、やってるねカール」

「団長。おはよう」

「姐御。今日もご機嫌麗しゅう」


 カルロスの挨拶には笑顔で、イラの挨拶には嫌そうな顔で答えるマリンカ。イラ本人に隔意があるというよりもその気障ったらしい挨拶が嫌いらしい。

 

「何か手伝う事はあるかい」

「いや特には」

「と言うかだね。姐御は不器用なんだから細かい作業は手伝ってくれない方が捗――頭が割れる様に痛い!」


 最後まで言い切る事が出来ずにイラは宙に浮く。まあまあと宥めながらも、カルロスも同感だった。今は部品の交換が終わって調子を見ている所だ。水銀循環式魔導伝達路が機能するかが最大の問題点だ。機体が破損した際に、多量の水銀が漏れ出した。三機分から掻き集めたが一機分に辛うじて届くかどうかだ。

 

 嘗てクレアの作った水銀を生み出す魔法道具はあくまで補助だ。魔法道具を稼働させるにも一度全身で魔力が伝達されないと始まらない。

 

「それじゃあ動かすぞ。……爆発するかもしれないから物陰にいた方が良いかも」


 そう言うと周囲に集っていた面々が一瞬で姿を消す。その切り替えの早さは流石の物だった。戦場で生き残るにはそうでないといけないのだろう。

 

 魔導炉に火を入れる。エーテライトの残量も少ない。最小限の魔力を確保したら速やかに機能確認に移る必要があった。

 

「イラ。それに髭のおっさん。ちょっと足回り見てくれないか?」

「任せたまえ」

「お、おい。カール。髭のおっさんってな……俺にはラ――」

「ほら! ちんたらしてんじゃないよ髭! さっさと動きな!」


 何かを言いかけていた髭の傭兵はマリンカに尻を蹴飛ばされて飛び跳ねながらアイゼントルーパーの足元に行く。カルロスは懐かしさを覚える操縦席――そこは彼が作っていたころとほとんど変わっていなかった。強いて挙げるならシートの座り心地が大分良くなっている程度か。些細な事の様だが操縦者の疲労と言う観点からは無視できない要素だ。

 侮れない、と敵の強大さを再認識する。

 

「爪先を動かすから変な音がしないかとか水銀がたれてないかとか見ててくれ」


 そう言いながらカルロスは爪先を上下に動かす。足元でイラが両手で大きく丸を作ってオッケーと知らせてくる。髭の傭兵も恥ずかしそうに同じ仕草で問題なしと告げた。おっさんの照れ顔なんて誰が得するんだろうと思ったカルロスである。

 

「よし。立ち上げるから離れてくれ」


 と言っても先ほどの爆発するという脅しで大体離れていたので、カルロスは然程待つことも無くアイゼントルーパーを立ち上げていく。第三十二工房で開発していたとき、この役目はケビン達騎士科メンバーの物だった。当時は自分も乗りたいと思っていた。今だってそうなのだが、その周囲に誰もいない事に寂しさを覚えずにはいられない。

 

「機体チェックと……」


 今日は横着しても良いだろうと解法で一気に全身を確認する。そうして隈なく把握するとカルロスは唸り声を上げた。

 

「アルバトロスの再設計は中々思い切っているな……」


 完全に、対歩兵に能力を偏らせている。まず装甲がバッサリと削られていた。元々、魔導機士は矛の方が強い。装甲で耐えきる、と言うのは難しいのだ。特に古式相手ともなると機法を防ぎ続けるのは厳しい。

 

 ならば、と装甲を薄くして機動力を少しでも確保した上での回避を選択したらしい。実際問題、試作二号機の装甲でも機法に耐えられる回数は大差ないだろう。悪くない着眼点であった。

 

 駆動系面でも腕部よりも脚部による物を主眼に置いている。言ってしまえば踏みつぶす方向だ。試作二号機よりも下半身に存在するアルジェントチェーンの数が多い。対照的に上半身は減らされており、総合的には大差ないという結果だ。これは明確に対魔導機士への攻撃力を落としている。

 歩兵を踏みつぶす、蹴飛ばす。それだけでも歩兵には致命傷だ。

 

 『土の槍』も隊長機らしき一機以外の二機からは取り外されていた。対人には過剰な火力だからだろう。

 

 加えて航続距離の大幅な強化も挙げられる。装甲の軽量化、脚部の駆動系増強によってアイゼントルーパーは試作二号機の1.5倍ほどの航続距離を持つ。速度面でも1.2倍くらいになっているだろう。

 この特性は長距離進攻を――外地への遠征で有利に働く事だろう。

 

 アルバトロス帝国は、ログニスを飲み込んで尚止まるつもりが無い。その事が量産機の設計からも読み取れる。

 

「……止めないと」


 無意識の内にカルロスの口から言葉が漏れる。

 

 アルバトロスは確かにカルロスの理想を叶えてくれた。多少性能が落としたとは言っても中型魔獣を相手にするには十分すぎるし、大型相手でも不足は無いだろう。同時にカルロスの理想、願いを打ち砕いてくれた。対人での使用。今のアルバトロスのトップ、レグルスが何を考えているかカルロスは知らない。だがこれが正しい行いだとはカルロスには思えなかった。

 

 嘗ての決意の通りに、既に種は蒔いた。だがそれが芽吹くまでにどれだけ時間があるか。そして――その蒔いた種は間違いなく大きな戦乱の始まりになるという事をカルロスは痛い程に理解していた。

 

「おーい、カール。後で俺にも乗せてくれよ」


 足元でイラが声を張り上げる。幾人かが同意の声を上げた。そこには戦争で使えるか、と言う殺伐としたものだけでは無かった。ただただ無邪気にそれを楽しむだけの色もあった。

 それを見てカルロスは少しだけ心が晴れる。自分が何時も向けていた眼差しと同じだった。

 

「ダメだ。しばらくは俺が独占させてもらう」


 そう言ってカルロスは笑う。今だけだと誰かに向かって言い訳をしながら。

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