04 恐怖心

 日が暮れては作業は続けられない。洞窟に設置されたキャンプに戻ると歓迎会と言う名の酒盛りが始まった。

 

「ほら、新入り! 呑め呑め!」

「飲んでますよ」


 傭兵だろうと、学生だろうと酔っ払いのやる事は大して変わらないらしい。次々と注がれる酒を舐めながらカルロスは周囲を観察する。

 良く言えば友好的。悪く言えば馴れ馴れしい。言葉はどちらでも構わないが兎に角距離が近かった。つい数時間前あったばかりの相手だというのに。

 

 素性の知らない相手――知っていると思い込まされていた相手に痛い目を見させられたカルロスとしてはその距離感が信じられない。

 

 カルロスとしては不具合は無い。早期に信用を得るために最悪融法を使って印象を操作するつもりでさえいた。例えそれが嘗て自分たちを奈落に突き落とした所業だとしても、カルロスは躊躇うつもりは無かった。

 

「あの、みんなは俺に聞かないのか?」

「何を?」

「いや、何をやっていたとか……」

「ああ。そりゃ気になるな。魔導機士の整備なんて出来るんだから元はどっかの工房にでもいたのかとかは考えるけどよ」

「考える、だけ?」


 得体の知れない新入り相手にそこを尋ねない理由はなんだろうかとカルロスは首を捻る。

 

「カール。さっきも言ったが傭兵なんて皆訳ありなんだよ。喋りたくないことがあるのはお互い様。相手の腹探って自分の腹探られるのも簡便だしな」


 髭面の男がしみじみと言いながら酒を呷った。度数の高いアルコールをぐいぐいと飲み干していく。

 

「詮索は無し。それが俺たちの唯一のルールだな」

「そんなもんかね」

「まあ極悪人じゃねえのは何となくわかるからいいんだよ」


 豪快に笑いながら新たに注いだアルコールをまた飲み干す。見ているだけで酔いそうだった。

 そこに禿頭が頭部を真っ赤にしながら千鳥足で歩いてきた。

 

「そうそう。俺たちが詮索するのは姐御の胸のサイズ位さ」

「いい加減にしないと握りつぶすよ!」


 どこを握りつぶすのだろうとカルロスは無意識に股間を守る。だがマリンカの握りつぶすは桁が違った。

 

「あ、姐御……砕ける……頭が砕ける……」


 頭部の話だった。片手で大の男の頭部を掴んで持ち上げるというのは改めて見ても大した怪力だ。心なしか指が食い込んでいる様に見える。本当に潰せるのだろう。

 

「そうだ、新入り。一応言っておくけど姐御に手を出すよ?」


 何だかんだ言っても心配されているんだな、と思ったカルロスだったが次の言葉で絶句した。

 

「前に入った新入りが夜這い掛けてしばらく飯も食えない身体にされた。姐御に」

「怖っ」


 完全な親切心かららしい。

 

「姐御はなあ……こう、ボディタッチとか結構してくるからコロッと騙されちゃう奴多いんだよなあ」


 顎を押さえながら団の中では一番の若手且つ美形がカルロスの元に歩み寄ってきた。

 

「どうも。今ご紹介に預かった飯の食えない身体になった男です」

「はあ……」


 何と言えば良いのかカルロスは迷う。お気の毒にと言うべきなのか。それとも婚前交渉に励もうとしたことを咎めるべきなのか。――男爵家令息としては硬い貞操観念の持ち主だった。

 

「多分俺が一番年近いかな。よろしくカール。俺はイラだ」

「よろしくイラ」


 差し出された手を握り締める。融法は使わなかった。

 

「まあ経験者の話になるけど、ホント勘違いしない様に気を付けた方が良いよ? 抱き着いたりとかしてくるからこいつ俺に気があるなって思って忍び込んだら顔を真っ赤にしながらもう殴る蹴るの嵐。どんな戦争よりもあの時の夜が一番死を近くに感じたね」


 これ、笑う所だろうかとカルロスは隣を見ると髭面や禿頭は爆笑していた。笑う所だったらしい。

 

「玉無しに成りたくなかったら姐御はホント止めといた方が良い。溜まったら相談しな。ログニスの良い娼館は網羅しているぜ」


 良い人、なのだろうと思う事にした。あと語りだした娼館の思い出の中にカルマの村が入っていたのは聞かなかった事にした。

 

「いやー姐御嬉しそうだな」

「姐御の代になってから始めての入団希望者だしな」

「それだけじゃねえだろ。若い男だからだよ」

「アンタら好き放題言ってんじゃないよ! 誰かか弱い乙女のあたしを心配するって奴はいないのかい?」


 か弱いは無いとカルロスは突っ込む。他の連中も容赦なく突っ込む。特にイラが熱烈に突っ込んでいた。

 

「姐御。か弱い女は素手で岩を砕いたりしませんぜ」

「うっさいよ!」

「姐御何だかんだで白馬の王子様に憧れるタイプだよな」

「あー分かる分かる」


 カルロスは首を縦に振りながら同意する。マリンカはそういうタイプだとこの短時間でも分かった。恋に恋しているというか。女の子らしい物に憧れているのだろう。現在の環境は全力で逆を言っているが。

 

「ほっほう。カール。随分と馴染んでるみたいじゃないか。マリンカさんは嬉しいねえ」

「顔が全然嬉しそうじゃない!」


 そんな宴会が終わり、皆が寝静まった中、カルロスは暗闇の中でじっと身を潜めたまま目を開いていた。

 楽しい人たちだと思う。明らかに胡散臭い自分を受け入れてくれた。きっと、今感じている居心地の良さは間違いではない。

 

 だからこそ辛い。

 

 カルロスがこの紅の鷹団に目を付けたのは完全な偶然だ。偶々魔導機士の残骸を入手していて、自分の腕を売り込めるチャンスだった事。アルバトロス以外が魔導機士を持つ事で、軍を釣りだせると思った事。延いては――クレアの居場所を掴む手掛かり、その取っ掛かりを掴めるかもしれないと思った事。

 

 この二年は敵が分からなかった。ログニスが敵に回ったのかもしれないと思った。量産型魔導機士の技術を独占するために手を回されたのかとも。確証がつかめるまでログニスに戻るわけには行かなかった。国外で傷を癒し、力を蓄えながらクレアの情報を集めた。だが大した伝手がある訳でもないカルロスに有意義な情報を入手するのは難しかった。

 

 アルバトロスとログニスの戦争が始まって――漸く敵がアルバトロスであるという確証を得られた。目撃情報からヴィンラードがアルバトロス本陣にいた事。つまりクレアを攫った相手はアルバトロスの中枢に近い人間だという推測も得られた。

 

 だがそこで躓いてしまった。目立たない様に一か所に長居せずに旅を続けての情報収集は限界があった。

 

 せめてログニスが崩壊する前に実家やウィンバーニ家と接触できていればと悔いるが今更である。第一、当時はそこが安全であるという保障を得る事は出来なかった。今となっては存在しているかも怪しい。情報が全く入ってこなかった。

 

 一人で闇雲に探しても見つけ出せない。ならば、人手を増やすか、向こうから来てもらうかだ。

 

 その為に紅の鷹団に接触した。彼らの組織的な情報網でクレアを見つけられればそれでよし。駄目だとしても魔導機士を持っていれば必ず向こうは接触してくる。量産型魔導機士の技術はアルバトロス帝国で独占したいはずだ。見逃されることは有り得ない。そうなればそこからクレアの足取りをたどることが出来る。

 

 どちらにしてもここは仮宿。そう遠くない未来に恩を仇で返すのは確定だ。

 

 だから居心地がいいのかカルロスには不都合だった。いざという時に決断の刃が鈍るかもしれない。それがまた敗北に繋がるかもしれない。

 

 今のカルロスが一番怯えているのは二度とクレアに会えない事だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る