35 機法

 拮抗状態を崩す為には、多少強引にでも隙を造り出す必要があった。

 

 試作一号機の足が跳ね上がる。鍔迫り合いの状態から鎌の柄を蹴り上げた。

 通常、魔導機士は足技を使えない。単純な答えとして片足立ちが出来ないのだ。古式の操縦系は不明だが、少なくとも新式の魔法道具ではそこまでのバランスを維持できない。

 

 その不可能を可能にしたのはカルロスが試作一号機の全てを己でコントロールしているからだ。

 全く予期していなかったであろう足技を受けて、今ヴィンラードは無防備な胴体を晒している。カルロスはそこに長剣を奔らせる。

 

 胴体。魔導機士の操縦席の存在する場所。どれだけ強力な魔導機士であろうと、操縦者がいなければ動くことは無い。

 操縦者を、殺せば。

 

 剣閃が鈍った。僅かな遅滞。その遅滞でヴィンラードは上体を大きく逸らしながら後方に飛び退くことで回避に成功していた。切っ先が僅かに装甲を掠めて、弾き飛ばす。

 

「はっははは。まさかこんな真似が出来るなんてな。驚いたぞ!」


 今ので決めたかったとカルロスは思う。新式の魔導機士――そこにカルロスの能力を加えた戦闘能力。その底が見透かされる前に勝負を付けたかった。どれだけ相手の意表をついても、一度見られてしまえば対応されてしまう。

 今の一撃は相手の警戒心を沸き起こさせるには十分だったらしい。声音からも油断の色が消えた。

 

 そしてカルロスはそれ以上に致命的な問題に気付いてしまった。

 

 ――殺せない。

 

 人のいる操縦席を潰す。その行為を躊躇ってしまった。そして、躊躇った事が相手にも伝わってしまった。

 致命的である。

 相手が喋っていなければ。相手の名前を知らなければ。魔導機士越しだけの関係だったならば躊躇わなかったかもしれない。だがカルロスはもうあそこにいるのが一人の人間だと知ってしまっている。

 

 それでも、ここで退く選択は取れなかった。

 

「万が一が有り得るな。余興はここまでにしておこう」


 そう言い終えると同時。大鎌の刃に紫電が宿る。

 

「最も多くの龍を焼き殺したヴィンラードの秘技。味わっていくと良い」

「機法か!」

「ご明察」


 拡声の機能がオンのままだった。今更オフにする余裕も無い。


 魔導五法から外れた魔法。魔導機士のみが持ち得る固有魔法――機法。

 むしろ、成り立ちを考えれば魔導五法の方が後発だ。魔導機士の技術、機法を再現しようとしたのが魔導五法とさえ言われている。あらゆる魔法の原点と言う説もある。

 

 そしてヴィンラードの機法は、雷。

 雷光のヴィンラード。それが今に伝わる古き魔導機士の異名だ。

 

 振るわれた大鎌を大仰な程距離を取って避ける。もはや先ほどまでとは状況が違う。カルロス自身、雷撃と言う似た魔法を使うのでその特性は知っている。落雷の際に木が黒こげになる様に、魔導機士とて無傷では済まない。いや、それどころか操縦席にいるカルロスにさえ影響を与えかねない。

 

 掠めた刃が地面に焦げ跡を刻む。

 近寄れなかった。縦横無尽に振り回される大鎌は先ほどまでと同じく分銅でその隙をフォローしている。だが今やその分銅でさえも雷撃を纏っているのだ。

 

 試作二号機なら、とカルロスは歯噛みする。試作一号機に遠距離攻撃の手段は無い。

 

 逃げ続ければ、或いは勝ち目があったかもしれない。機法の魔力消費は大きい。無節操に長時間維持することはできない。だがそれでもクレアの乗っていた馬車の追跡が出来なくなるには十分な時間があるだろう。

 

 だが早い。如何なる理屈か。ヴィンラードの全身にも微かな光が見える。薄暗い今、相手の所在はよく分かる。

 試作一号機の装甲で何か光った気がした。そう思った時にはヴィンラードが大鎌を振りきった姿が見える。

 

 鎌の刃に乗った雷光。それが飛んできたのだと気付くよりも先にカルロスは試作一号機を転倒させていた。通常の回避動作では間に合わないと判断した。盾を地面に押し付ける。その際に縁で多少の土を掬っておいた。

 

 二発目。それを掬ったばかりの土で打ち落とす――と言うよりも勝手に土に吸い込まれてしまった。

 本物の雷程の速度が無いのはカルロスにとっての幸いだった。そうだった場合回避も許されなかっただろう。

 

「飛雷刃を躱すとはな。量産型……最早侮る事は出来んな」

「ネーミングセンスねえんだよ、くそっ」


 カルロスは己のネーミングセンスとどこか近しい物を感じて何とはなしに嫌悪感を覚える。同族嫌悪以外の何者でもなかった。

 

 幾度目かの斬撃を避けたタイミングで、ヴィンラードの腕が柄から離れた。両手持ちの大鎌を片手で振るえる筈もない。一体何が狙いかと思っていると、腋に接続されていた鎖鎌を取り出す。そして投擲。

 不意を突かれた。相手の武器が大鎌一つだと思い込んでしまっていたカルロスは先ほどまでの様に避ける事が出来ずに、左腕に巻きつかれた。

 

「捕まえたぞ」


 雷撃が流される。鎖を通じて、機体を通じて、そしてカルロス自身にも。

 

「ああああああ!」

「はははは!」


 苦悶の声が漏れた。うっかり自分に雷撃を流してしまった時以上にきついとカルロスは思う。だが何時ぞやの決闘でラズルに浴びせた物よりはまだマシだ。そう考えると耐えられる。

 

 左腕に巻き付いた鎖を掴む。そしてそのまま、力任せに引っ張る。

 

「む」


 当然、ヘズンも奪われまいとヴィンラードの腕部出力を上げる。再びの拮抗状態。だが長くは続かない。これで仕留められないと分かったら、ヘズンは次の手を打ってくる。

 

 その前に、カルロスも準備を終える必要があった。

 

「不要魔法道具の機能停止。魔導炉出力、上昇」


 試作一号機の魔導炉の出力を上げる。元々ギリギリの出力だったが、安全圏を超えた更に先へ。クレアの言葉を信じるならば、長時間は兎も角短時間ならば物理的な制御機構が何とか爆発を防いでくれるはずである。更には機体内に存在する多くの魔法道具。その中から機体を直接動かすのに必要なもの以外は全て停止させて必要な出力分を確保する。

 

 カルロスの狙いは何時ぞやと同じ。

 魔導機士で行う魔法剣。『分解』の魔法をヴィンラードにぶつけるという物だ。

 

 もう他に手が無い。本体の性能はややこちらが不利。更に機法分が相手に上乗せされる。このままではクレアを追いかけるどころか生き延びる事も妖しい。おまけに向こうはもう一つ奥の手を残しているのだ。追い詰められたらきっとそれを使ってくる。だから向こうが追い詰められたと感じるよりも早く倒さないといけない。

 

「『分解』最低出力を確保」


 長剣に魔法を宿らせる。最後の切り札。『分解』の魔法剣が発現した。

 

 それで左腕を縛める鎖を断ち切る。一瞬で抵抗も無く消え去った事に驚愕の声が聞こえてくるが無視する。見る見る内に機体内の魔力が減少していくのが分かる。どの道魔導炉の出力も長時間が上げられないのだから短期決戦しかない。

 

「まさか、機法? そんな物まであるというのか!」


 相手が何か勘違いしているがわざわざ訂正などしてやらない。だが相手も流石の物。役立たずになった鎖を投げ捨てて大鎌を素早く振り上げる。


 紫電を纏った刃が試作一号機の脳天目掛けて振るわれる。遠隔攻撃として飛ばして尚十分な威力を持った雷撃を収束させた一撃。まともに受ければ試作一号機は粉々にされるだろう。

 大上段から振り下ろされた『分解』の魔法剣がその刃を迎撃する。

 

 互いに決着の一撃とすべく放たれた攻撃。それらがぶつかり合い生まれた光景は両者にとっても予想外の結果となった。

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